手 4
翌日になっても、
3人は学校帰りに、不思議屋へやって来た。
喫茶テラスに、紅茶の香りが広がっている。
いつも通り、何の事情も説明していない。
それでも不思議屋の老婆は、貼り薬を用意していた。
瓶詰の青葉に膏薬を塗り、手形の痣に貼り付ける。
その上から包帯を巻かれている咲哉に、
「痛い?」
と、
「痛くないよ」
「薬葉は沁みやしないが、痣の痛みは数日残るだろうね」
包帯を巻き終え、薬瓶を片付けながら老婆が言う。
「やっぱ痛いんだろ。言えよ、ちゃんと」
と、
咲哉は手首の包帯を撫でながら、
「あの手は、体と一緒に家へ帰りたかったんだ。一番強い意志が殺された恨みだったら、この痣も、こんなもんじゃ済まなかったんじゃないかな」
と、首を傾げている。頷きながら老婆は、
「ゆっくり茶でも飲んでな。すぐにガレットが焼ける」
そう言って、奥のキッチンへ入って行った。
子どもたちのテーブルに、温かい紅茶が用意されている。
「掴まるのは、景都でも良かったのかも知れないよ」
ティーカップを口へ運びながら、咲哉は手首の包帯を眺めている。
景都も紅茶をひと口飲み、
「目が覚めて知らないお姉さんに腕を掴まれてたら、僕ぜったい大騒ぎしてたよ」
と、答えた。咲哉は景都の頭を撫でて、
「俺は腕だけより、お姉さんが見えた方が良かったな」
などと言っている。
すぐに紅茶を飲み干した流石は、ティーポットからおかわりを注ぎ、
「俺が見えないのはともかく、景都は全身が見えて、咲哉は手しか見えなかったんだよな」
と、言った。頷きながら景都が、
「ナッシーは僕と同じかと思った。でも、お姉さんのお話、聞けたんだよね。僕は全然お話しできなかったんだよ」
と、話す。
焼き菓子の香りが広がり、老婆が大皿を抱えて戻って来た。
山盛りのガレットを子どもたちのテーブルに置き、
「景都が女の姿を見たおかげで、女は
と、言った。
「……?」
3人が揃って首を傾げると、老婆はひっひっと笑った。
「えっと、見える景都がお姉さんの姿をしっかりイメージしていたから、お姉さんもナッシーに姿を見せやすかったってこと?」
咲哉が聞くと、老婆は頷いて見せた。
「遺体は、すぐ見付かるのか?」
「右手だけにされちゃうなんて、可哀そうだよ」
老婆の居るテーブルに、もうひとつカップが用意されている。
そして、水の張られた金属の皿、
「元凶は、無責任な男だね」
と、言った。
「犯人?」
「いや、殺したのは別の女だ。犯人は、殺された女と交際していた男と不倫していたんだ。男は不倫女に離婚するから結婚してほしいと迫られるたび、彼女が分かれてくれないと言って浮気を続けていた。不倫女は男の言葉を鵜呑みにして殺人に及んだんだ」
『……彼が浮気してたって、殺される時に知ったの』
喫茶テラスに、女の声が聞こえた。
「あっ、お姉さん」
景都が目を向けた先に、昨日の女が立っていた。
無表情だった女が、薄く笑みを浮かべている。
『知ってれば分かれたのに』
「お姉さん……」
すぐに、景都が涙ぐんでいる。
老婆は新しいティーカップに紅茶を注ぎながら、
「遺体が発見されたようだね」
と、言った。女は頷きながら、
『埋められた体は地縛霊みたいになってたけど、掘り出してもらえたら全身一緒になれたみたい。やっと自由に話せるし、両手が動くようになった』
そう言って、両腕を曲げ伸ばしして見せる。
「よかった」
頷く咲哉に、女は笑みを向けた。
『ありがとう。祖母の形見の指輪が、体の方の左手に残ってたの。むくんじゃって取れなくなってた左人差し指の指輪、ビンテージの高級品でね。指輪の所有者を調べて私の家がわかったみたい。体はまだ警察の所だけど、色々済んだら家に帰れそう。祖母と同じお墓に入ったら、お礼を言わなくちゃ』
「犯人も直に捕まる。さあ、おあがり」
と、老婆は、女の近くのテーブルにティーカップを置いた。
『いただきます。嬉しい、すごく喉が渇いてた』
ゆっくりと、女は紅茶を飲み干した。
「早く、お家に帰れるといいね」
と、景都が言った。
『うん。あのお寺にもお礼に行ったの。あなたたちは、きっとここに居るって教えてもらったわ。あなたたちに、会えてよかった』
子どもたちは揃って頷いた。
家にも帰れず、困っていた幽霊を助ける事が出来た。
子どもたちは、心霊現象も怖いばかりではないと実感するのだ。
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