手 3


 周囲に広がる竹藪の笹が、風にサラサラと優しい音を鳴らしている。

 香梨寺こうりんじの駐車場では、赤いライトがチラついていた。

 初めに気付いたのは流石さすがだ。

「あれ?」

 続いて気付いた景都けいとが、何も言わずに駆け出した。


 駐車場にパトカーが一台。

 3人が慌てて境内に駆け込むと、山梨やまなしが男性警官に事情聴取を受けているところだった。

「あれ、君たちは」

 男性警官も、駆けて来る3人に気付いた。

 ダッシュしたままの勢いで、景都は山梨に飛びついた。

「おわっ」

 小学校での教育実習経験のある山梨は、子どもたちのタックルにも慣れている。

 山梨に抱き止められた景都は、

「パトカー来てるから、ナッシーに何かあったのかと思ったぁ――」

 と、泣き出した。

「そっか。ビックリさせちゃったな」

 子どもたちは以前、山梨の兄、果絲かいとの遺体を発見している。その時にも事情を聴かれた若い男性警官だった。

 流石も景都の頭を撫でてやりながら、

「パトカー、怖い事が起きてる場所にある車になっちゃったな」

 と、肩を落とす。

「何があったの」

 少々遅れて追い付いた咲哉さくやも、蒼い顔で聞いた。

「俺に何かあった訳じゃないよ」

 と、山梨は優しく答えた。

「あ、それでは。何かわかったら連絡させてもらいます」

「よろしくお願いします」

 会釈し合い、男性警官は書き込んでいたクリップボードを小脇に挟んで帰って行った。

 パトカーが、静かに遠ざかる。


 泣きべそをかきながらパトカーを見送っていた景都は、

「お巡りさん、なんだったの?」

 と、山梨に聞いた。

「あの女の人は、山に埋められてる遺体を見つけて欲しかったんだ。警察が探し始めてくれてる。犯人らしき人物から匿名で罪の告白の電話が、寺にかかってきた事にして通報してさ。その電話の相手はどんな様子でしたかとか、さっきのお巡りさんに詳しく聞かれてたんだよ」

「なるほど」

「遺体の場所、わかったの」

 と、涙を擦りながら、景都が聞く。

「女の人はわかってた。そちらの方角に向かってお経を上げるから、場所を教えてくれって聞き出したことにしてさ」

「ナイス」

 と、流石と咲哉も頷いた。



 夕方が近付き、風が強くなっている。

 香梨寺の境内では大きなスズカケノキが、賑やかに枝葉を鳴らしている。

 3人は住職たちの住む母屋の軒下で、温かい麦茶を入れてもらっていた。

 流石は、ポケットからピンポン玉サイズの水晶玉を取り出した。

 目の前にかざして周囲を見てみながら、

「今朝は、これの事すっかり忘れてたよ」

 と、言った。

 景都や咲哉と違って、流石は幽霊を見る事が出来ない。

 そのため、霊感は無くても霊の姿が見え、覗き込むだけで霊の声まで聞こえてしまう不思議道具を、不思議屋の老婆にもらったのだ。

「今はもう、居ないのか?」

 周囲に、今朝の女の姿は無かった。

「うん。体の方に戻るって。咲哉、手首は?」

 山梨に聞かれ、咲哉は、

「手形の痣が目立つから、保健室で包帯巻いてもらった。なんか、じんわりしてる感じ」

 そう言って、包帯を巻かれた左手首を見せた。

「あの女の人に、咲哉に謝っといてくれって言われたよ。転ばせたり車にかせるつもりはなかったってさ。寺の敷地に入ったら追い払われると思って、必死だったって」

「うん。それは、なんとなくわかった」

「どうして咲哉に掴まってたんだ?」

 流石と、景都が並んで首を傾げた。

「あの人の意識は右腕に残っていたんだ。腕だけじゃ歩けないし話せないし。右腕の霊体が風に乗って、なんとか意志を伝えられそうな霊力の高い咲哉を見付けて、必死に掴んだみたいだ」

「どうして右腕だけだったの?」

「バラバラ殺人の被害者なんだよ」

 と、山梨が言った。

「えっ」

「でも、切断なんて簡単じゃない。右腕だけで諦めた犯人は体を山に埋めた。その時、右腕だけ忘れて可燃ゴミに出されちゃったんだ」

「……」

 子どもたちがショックを受けない表現にしたつもりだが、景都はまた大泣きしてしまった。

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