手 2


 流石さすが景都けいと咲哉さくやの家の近所にある香梨寺こうりんじ

 田舎町に似合った、とても質素な寺だ。

 3人が小学生の時、住職の息子・山梨栽太やまなし さいたが教育実習に来ていた。

 生徒会メンバーだった3人は、学校案内などを頼まれて親しくしていたのだ。

 その山梨も幽霊が見えるようになり、色々と相談に乗ってもらっている。

 そして悪意ある存在は、香梨寺の敷地に入れないらしい。


 先頭を進む流石と手をつないで歩く景都は、不安げに背後を振り返った。

 すぐ後ろで、咲哉は薄い笑みを見せる。

 咲哉は左手首を、謎の女に掴まれたままだ。

 通学路から寺の敷地へ入れる横門に差し掛かる。

 流石も振り返り、咲哉と視線を交わしてから横門をくぐろうとした時だ。

 咲哉の左手が突然、道路へ引っ張られた。

「わっ」

「咲哉っ!」

 すぐ後ろから、軽トラックが近付いていた。

 咲哉は道路へ倒れ込み、軽トラックが急ブレーキをかける。

「きゃあっ」

 景都が悲鳴を上げた。


 軽トラックを運転していたのは、香梨寺の山梨栽太だった。

 山梨には、女が飛び出して来たように見えていた。

「――嘘だろ、いちまっ……て、ねぇっ! なんだっ?」

 フロントガラスをすり抜け、女の横顔が山梨の目の前に現れていた。

 山梨は慌てて運転席から降りた。

 衝撃は無かった。女は軽トラックに体を半分埋めたまま立っている。

 その女に左手首を掴まれ、咲哉が道路にへたり込んでいた。

「咲哉っ、ぶつかったのかっ?」

 山梨は声を上げて屈み込んだ。

 俯いたまま咲哉は、

「ぶつかってない……急に動かすから、立ちくらみ」

 と、答える。

 山梨は咲哉の背中を支え、軽く抱き上げた。

 女は、まだ咲哉の左手首を掴んだままだ。

「……ナッシー」

 横門の前で流石が、景都の背中を支えてやりながら固まっていた。

 景都も涙を流しながら硬直している。

「なにがあったんだ? どうしてこの人に掴まれてるんだ」

「朝起きた時から掴まれてたんだって。咲哉も俺らも、その人に覚えはねぇよ。とりあえず香梨寺に寄ってみようって、境内に入ろうとしたら急に咲哉が倒れて」

 と、流石が説明する。

 景都も涙を擦りながら、

「女の人が引っ張ったの……咲哉の腕、車の方に」

 と、言った。「咲哉を車に轢かせようとしたの? その手、離してよぉ――」

「……反応ないな。とにかく、駐車場の方に行こう。あっちは寺の敷地内とは別らしいから」

 咲哉を抱えた山梨が歩き出すと、女は咲哉の手首を掴んだままついて来た。



 ベンチで咲哉を休ませ、山梨は軽トラックを駐車場に移動させた。

 3人の話を聞いた山梨は、

「こいつら学校行くんで、俺の方に移りませんか」

 と、言って、女の開いている左手に自分の手首を添えてみた。

「だめだよ、何者だかわかんないのに」

 と、咲哉は肩を落とすが、山梨は、

「咲哉に執着してる訳でもない気がするんだよな。お前らはちゃんと学校行かないと」

 と、咲哉の頭を撫でる。無表情の女を見上げ、

「このままだと保健室行きですよ。養護教諭の先生は幽霊も素手で殴り飛ばすような人で、場合によっては話も聞かないって言うか……俺なら話も聞くし、こいつらより大人だから理解できる事も多いんじゃないかな」

 優しく話しながら、山梨はもう一度、女の左手に自分の手首を近付けてみる。

『……左手は、動かないの』

 女が答えた。

 口は動かしていないが、確かに女からその声は聞こえた。

「動かないのか。じゃあ、これでどう?」

 山梨は自分の左手を、咲哉の手首を掴む女の右手に添えた。

 ゆっくりと女は指を動かし、咲哉の手首を離した。

 開いた手でそのまま、山梨の左手首を掴む。

『ごめんなさい』

 視線も合わない女だが、悲しげな声は咲哉への言葉に聞こえた。

「いいえ」

 と、咲哉は答えた。

 その手首には、くっきりと指痕が残っている。

「本当に大丈夫?」

 と、景都が山梨に聞く。

「あとは俺に任せて。学校に行っておいで」

 笑顔の山梨に、流石は、

「うん。学校の帰りに寄るよ」

 と、答えた。咲哉も、

「何かあったらメール入れて。休み時間に見るから」

 と、言って、ベンチから立ち上がる。

「わかった。行ってらっしゃい」

「行って来ます」

 3人は後ろを振り返りながら、通学路へ戻って行った。

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