第2話 手

手 1


 暗闇の中、青白い手が浮いている。

 風に流されるように、白い手は夜道を泳ぐ。

 街灯に照らされても、肘より上は無い。

 細く白い女の右手は、風にあおられて壁をすり抜けた。

 流れ着いたのは、季節の花の咲く庭だ。

 色とりどりのユリの花、南国を思わせるツル性の花。

 緑生い茂る木々も手入れは行き届いている。

 窓には防犯シャッターの下りた、大きな家だった。



 空き地や空き家が並ぶ道の突き当たりに、竹藪たけやぶが広がっている。

 竹藪の手前には、いつ置かれたのかわからない古い土管がひとつ放置されている。

 ひび割れて苔生す土管は、座るにもちょうどいい。

 中学1年生の仲良し3人組、青森流石あおもり さすが富山景都とやま けいと栃木咲哉とちぎ さくやの、朝の待ち合わせ場所だ。


 その日、1番に来ていた咲哉は土管に腰掛け、なにやら考え込んでいた。

 2番目にやって来た流石が、

「どうした?」

 と、声を掛けた。

「これなんだけどさ」

 顔を上げた咲哉はYシャツの袖をめくり、左手首を見せた。

 太い横縞のような、紫色の痕が付けられている。

 流石は目を見張り、

「どうしたんだよ……痣か、これ。ロープ、じゃないな。手で掴んだ痕か?」

 と、聞いた。

「あー、なるほど。流石にはそう見えるのか。痕が残ったら嫌だなぁ」

 左手首を揺すりながら、咲哉は溜め息をついている。

「なにがあったんだよ」

 流石が聞くと、咲哉は右手で宙を指差し、

「肘辺りから先のさ、白っぽい右手が俺の手首を掴んでるんだ。痣は見えないんだよ。掴まれてるから」

 と、話した。

「……今まさに?」

「今まさに」

「誰の手?」

「さぁ。朝、ベッドで起きたら、なんか掴まれててさ」

「なんだそれ……」

 腕を大きく揺すってみながら、

「ぜんぜん放れないんだよ。服はすり抜けたから着替えられたけど。景都にはどう見えちまうのかな」

 と、咲哉が話す内に、元気よく駆けて来る足音が近付いた。

「おはよー」

 のんびり言いながら景都は、宙を見上げている。

 咲哉の手首にも目をやり、

「どうしたの、お姉さん」

 と、聞いた。

「お姉さんか。俺には手しか見えないんだ」

「俺には手形の痣しか見えない」

 咲哉と流石が、それぞれ見えている部分を指差しながら答える。

 目をパチパチさせて、景都は一歩後ずさった。

「オバケ……? どうして咲哉の手首、掴んでるの?」

「わからないんだよ。朝起きたら掴まれててさ。景都が見えるのは、どんな女の人?」

 と、咲哉が聞いた。

 景都は流石の通学リュックにしがみ付きながら、咲哉の手首を掴む女を見詰めた。

「知らない女の人だよ。よく見ると、ちょっと透けてる……ぼんやり宙を見てる感じ。無表情で……えっと、お母さんより若い人だと思う」

「そうか。俺、なんかやったかな」

 と、首を傾げる咲哉に、景都も首を傾げ、

「お姉さん、咲哉のこと見てないよ。ちょっと悲しそうな顔してるけど、怒ってる感じもしないし」

 と、答えた。

「その手、放してくれませんか!」

 流石が宙に言ってみるが、

「反応ないな」

 と、咲哉は手首を眺めている。

 景都は目の前に見えている女を見上げ、

「……全然、聞こえてないみたいだよ」

 と、言った。

「しょうがない。得体の知れないもの連れて行く訳に行かないから、やっぱり今日は学校休むよ」

 そう言って、咲哉は腰掛けていた土管から立ち上がった。

「手が痛いとか、具合悪かったりしないのか?」

「今のところは、なんともないよ」

「不思議屋の、お婆ちゃんの所に行った方が良いんじゃない?」

「あ、その前にさ。行きに香梨寺こうりんじよってかねぇか。寺の敷地に入っても離れなかったら、どうするか考えようぜ」

 と、流石が提案した。

「あっ、それが良いよ。ナッシーなら何とかしてくれるかも」

「そうだな」

 咲哉が歩き出すと、女もスーッと平行移動してついて来る。

 不安げな景都と手を繋いでやりながら、流石は通学路を歩き出した。咲哉も左手首を掴む腕を眺めながら、ふたりに続く。

 3人は通学路の途中にある、近所の寺へ向かった。

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