辻回し 2


 流石さすが景都けいと咲哉さくやの言う『不思議屋』は、食べ物屋ではない。

 3人の住む地域では、『楓山かえでやまにある不思議屋は何でも願いを叶えてくれる』という都市伝説(村伝説)が有名だった。


 クラス数の多いマンモス中学で、3人が同じクラスになる確率は絶望的なものだ。

 小学校6年生の時に仲良くなった3人は、中学で同じクラスになる事を望んだ。

 子どもたちにとっては重大な望みなのだ。

 そして、ひとり300円ずつ。合計900円で願いは叶えられた。

 それ以来、困り事があると不思議屋を訪ねている。

 店の奥にある不思議な喫茶テラスも、子どもたちの溜まり場となった。

 菓子作りが趣味だと言う不思議屋の老婆は、いつも菓子やら軽食やらをご馳走してくれる。

 何時に行くと伝えている訳でもなく、不思議と子どもたちの空腹度に合わせたものが用意される。

 これがまた絶品なのだ。


 心地よく日差しを遮る木のトンネルが続く。

 景都に腕を引かれていた体力のない咲哉も、山道歩きには慣れてきた。

 楓山の砂利道を登って行くと、空間が開けて不思議屋が現れる。

 瓦屋根の木造店舗に、深緑色の大きな暖簾のれん

 巨大な設樂焼しがらやきのタヌキも、店の前に置かれていた。

 そして暖簾の左側には、食堂の品書きのような板が掛けられている。

 『祈願成就』『占い』『厄除け』『縁切り』『薬種薬酒』『古書』などと書かれた板が、その時に求める内容に掛け代わる。

 本日の板は『人生相談』と書かれていた。



「女の人の声が聞こえる」

 耳の良い咲哉が、不思議屋の暖簾を眺めて言った。

「お客さんかな……幽霊さん?」

 少々怖がりな景都が流石の背後に下がると、暖簾の隙間からチョロリと白い子狐が姿を見せた。

笹雪ささゆき!」

「昼飯が出来てるぞ。客もいるが気にするな」

 言葉を話す白狐しらぎつねの笹雪だ。景都の肩に軽く飛び上がる。

「今日も、いい匂いしてるな」

 と、言う流石を先頭に、子どもたちは不思議屋の暖簾をくぐった。

 薄暗い店内で、ゴチャゴチャに並んだ商品棚へぶつからないように奥へ進む。

 店の奥にある木戸を潜れば、その向こうは明るい世界だ。

 えんじ色の壁紙に、白いカーテン。

 テーブルと椅子が並び、瓦屋根の外観からは想像できない洋風喫茶店のような造りだ。


 お洒落なテーブルクロスのひと席に、青いTシャツの若い女が座っている。

 流石と景都が揃って、

「あっ」

 と、声を上げた。咲哉は小さく咳払いし、

「すいません」

 と、青いTシャツの女性に謝った。

 流石もぺこりと頭を下げ、

「あ、すんません。さっき、似た感じの青いTシャツの人を見かけたから」

 と、話した。

 すぐに近くのテーブルから、くっくっと笑い声が聞こえた。

 この不思議屋の老婆だ。ボロのスカーフを何枚も重ねた姿で、渋茶をすすっている。

「転んだ時に見たのは、どちらもこの子だよ」

 と、老婆は青いTシャツの女性に顔を向けて言った。

「へっ?」

 女性は手にしていたティーカップを置き、

「そうなのよ。転ばせてごめんなさいね」

 と、苦笑している。

 流石と景都が、揃って首を傾げた。

「どちらもって、逆方向にワープしてたぜ?」

「そういう妖怪なの。辻回つじまわしっていうのよ。転んで方向感覚を失って、私を見て進む方向を判断した人が逆方向に進んでるって気付いた時、困惑するでしょ? その困惑を食べる妖怪なの。だから、わざと転ばせてるのよ」

 と、女性が言った。

「こんわく?」

 咲哉はすぐに納得し、

「あぁ、俺がすぐ気づいちゃったから、あんまり困惑しませんでしたね。すいません」

 と、謝った。

「気にしないで。そっちのふたりは十分、不思議がってくれたし」

 そう言って笑う。腰の低い妖怪だ。

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