第20話 秀人の天才崩理 その後(3)


 香織と楓音の会話。


 と言うより――。

 ふと、秀斗は二人の連携の良さに気づく。


「そう言えば……、いつの間に二人は仲良くなったの?」

 気がつけば、初対面とは思えないほどの仲である。

「いえ、今が初めてだわ――。初めまして、香織さん。私、B組の韮崎楓音と申します。先日、この学園に転校してきました。何卒、よろしくお願いします」

 突然、礼儀正しい素振りで楓音は香織に挨拶する。

 

 本当に楓音、第一印象は良いんだよな。

 ――第一印象は。


「私は白井香織と申します。秀斗とは幼馴染です。よろしくお願いします」

 楓音の自己紹介に香織も礼儀正しい口調で頭を下げた。

「……あら、幼馴染? つまり、毎日パンツを見ていた?」

 同意を求める様に楓音は秀斗を見つめる。

「ねえ、楓音。なんで信じられない顔するの?」

「いつの間に……。気がつかなかった」

 ぽかーんと口を半開きにする香織。

 無邪気な様な顔が何とも可愛らしい。

「そりゃ気がつかないよ――見て無いもの」

 ゆっくりと首を左右に振り、秀斗は何食わぬ顔で言う。

 無論、香織のパンツを見たいなんて思っていないよ――毎日は。

「あっ、そっか……そうなんだ……」

 自身を納得させる様に香織は何度も頷いていた。

「なんで残念そうなの…?」

 その様子だと、見て欲しかった、そんな風に見える。

  香織が見ても良いと言うなら、僕は喜んで見るんだけど。


  いや、拝ませて頂く――か。


「――それで秀斗。これからどうするの?」

 すると、楓音は眉間にしわを寄せ、困った様な顔で秀斗に聞いた。

「どうするのって?」

 僕のパンツ好きと言う誤解をどう解消するかの話だろうか。

 おそらく、彼女の話は当然そんな話じゃない。目つきが違うもの。

「天才崩理で勝ったことよ」

「ああ。それのことか」


 やっぱり、その話だよね――楓音。


 そう。今だから言えるが、勝ってしまったのだ――僕は。


「あなたは言葉の通り、天才の理を崩壊させた」


『天才の理を崩す』 そう書いて 『天才崩理』


 言葉の由来を思い出す。まさにその通りだ。

「そうだね」

 間違いなく僕は大井田くんの理を崩壊させた。

「これからも、戦うの……?」

 どこか心配そうな眼差しを楓音は秀斗に向ける。


 戦うと言うと、天才崩理をするのか――。

 積極的には考えていない。

 極力、戦わない道を選びたい。


「戦うつもりはないんだけどね――」

 自分の中では。しかし、世間はそうと思っていなかった。

 それは大井田くんに天才崩理を挑む前からわかっている。

 

 かつての自分は、その先の未来に自分一人では敵わないと諦めた。


 進んでしまったこの道。

 その行く末に待つ未来を。


 だけど、もう僕は一人では無かった。

 秀斗はかつての自分と違う点に気づく。


 少なくとも、似た志を持つ楓音と幼馴染の香織がいた。


「そうよ。この学園の現実を覆したあなたが、このまま戦わずに済む訳ないじゃない」

 楓音は戦意を示す様にシャドーボクシングをしている。

 どうやら、彼女は戦う準備は出来ている様だ。不思議と安心する。


 別に君が直接戦う訳じゃないと思うんだけど――。

 僕と違って。


 かつて諦めたこと。

 もしかしたら、今なら出来るかもしれない。


 僕が――いや、違う。

 僕らが――だ。


 秀斗は不思議と心が穏やかになった。

「それも――そうだね」

 大井田に勝ったと言う事実は、一週間も経たずに全校生徒に知れ渡るだろう。


 二年生のランク10位入りしている彼が、

 圧倒的に学誉の少ない者に負けたと言う事実。


 天才崩理において、学誉の高い大井田より学誉の低い秀斗の方が優れていた。


 大井田を倒そうとしていた者たちは今後、大井田ではなく秀斗へ向かうだろう。

 客観的に秀斗は大井田よりも強い。

 その事実が公になっただけ。


 楓音の言いたいことはそう言うことだ。秀斗は理解する。


 すると、楓音の校章が突然ピピッと鳴った。

「――あら、何かしら?」

 不思議そうな顔をして、楓音は自身の校章に触れる。

 その様子だと、校章に彼女の本来の学誉が反映された様だ。


 そして、近くの壁に彼女の学誉が投影される。


『韮崎 楓音

 学誉 30,000ポイント』


「「「……」」」

 その場にいる全員が凍り付いた様に動きを止める。


 桁を間違えていないか。

 再度、数えるが間違いない。


「30,000……?」

 秀斗は呆然と彼女のポイントを読み上げる。


 何が――。

 いったい、彼女の校章に何があった。

 校章のエラーだろうか。


「30,000ね……」

 映し出される数字に楓音は少し困った顔で言った。

「桁間違えてない?」

 失礼だとわかっていても、聞いてしまう。

「間違えている――のかしら?」

 前の学校ではそこまで成績は悪くなかった。むしろ良かった記憶がある。

 それ故、一桁減った3,000ポイントでは、それはそれで可笑しい。

「どうやら、前の学校での成績や表彰が影響みたい……ね」

 事前に反映後のポイントは教師に言われていた気がする。

 しかし、大井田に天才崩理を挑んだ時に楓音はすっかり忘れていた。

 

 まさか、こんなに高いとは――。

 現時点の大井田と同じポイントだ。


「あー、なるほど。やっぱり、君は頭が良かったんだね」

 その数値は、上位ランキングに入るか入らないかの学誉だ。

「――やっぱり?」

 その言葉が引っかかるのか、楓音は首を傾げる。

 彼が確信する場面はどこにあったのだろうか。


「だって、見方が違うもの」

 秀斗はゆっくりと笑みを楓音に向ける。


 見方――物事に対する視点が他の生徒は違う様に見えた。


「っ――」

 楓音は恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする。

 

 他人とは違う見方。

 楓音自身も自覚していた。


 それ故、わかること。

 この人は自分を理解していると言うことに――。


 不思議と嬉しさが込み上げた。

「それは……」

「ん?」

「それはあなたもじゃない……」

 楓音はもじもじとした仕草をして、小言の様に言う。


 秀斗も他人とは違う視野を持っていた。

 それは出会った時から感じていた雰囲気。


 現に彼はそれを天才崩理で披露した。


 天才すらも翻弄する多彩な視野を――。


「僕も?」

「あなたも見方が他人とは違った。次第にこの人は頭が良いのかな――って思ったわ。それなのに学誉を見たら、低くてびっくりした。――どうして?」

 解せない顔で楓音は秀斗に歩み寄る。

「どうして――?」

 楓音の問いに秀斗は戸惑う。


 僕の学誉が低い理由――か。

 特段、明白な理由がある訳では無い。


 強いて言うなら――。

 しかし、それは自分の口から言いたくは無かった。


「あそこまで出来るのに、どうしてあの学誉なの?」

 彼の能力、学誉は本当なら私よりも評価されるべき。

 何らかの理由があって、彼は今の学誉なのだろうか。楓音は推測する。

「あー。あー、それか……」

 秀斗は途端に都合が悪そうな顔をする。

 しばらく無言の秀斗を楓音はただただ見つめていた。


 さて、どうしよう。

 何て言おうか。

 秀斗は次の言葉に戸惑う。


「それは秀斗が授業中以外、勉強しないからだよ」

 戸惑う秀斗の後ろで香織は何食わぬ顔でそう言った。

 その言葉は、紛れも無く秀斗が言いたくなかった言葉。

「えー。香織、言わないでよー」

 振り向き、笑いながらも困った様に秀斗は言った。


 その言い方だと、僕は単にやる気の無い人である。

 ――否定しないけど。


「勉強しないの?」

「んー、しないというか、する気が起きなくて……」

 考えることは好きだけれど、それと勉強は少し違う。

「あら、意外にめんどくさがり屋なのね」

「うーん、まあ」

「でも――それもあなたらしいわね」

 ホッとした様な温かい笑みを秀斗に向ける。

「ん?」

「何でもないわよ。さあ、行きましょう」

 そう言って楓音は秀斗の左手を自身の右手で掴み、歩いて行った。

「え、あーうん」

 秀斗は困惑しているのか曖昧な返事をする。

 どうして、僕は彼女と手を繋いでいるのか。

 わからないが、まあ悪い気はしない。

 

 僕は今、美少女と手を繋いでいる。

 ――幸せな気持ちだ。


「あー、私もー」

 秀斗の後を追う様に香織は歩き出し、自身の左手で秀斗の右手を掴んだ。


 両側から美少女に手を繋がれる秀斗。

 不思議な感覚だった。


 こうして、三人で廊下を歩いていく。


「これから始まるのよ」

 すると、左横にいる楓音は意気込む様にそう言った。

「ん? 何が?」

 いったい、何が始まるのだろうか。

 歩きながら、秀斗は問う。

「――天才崩理よ」

 鋭い視線を楓音は隣にいる秀斗に向けた。


 身構えるとまではいかないが、

 意識はしておかなければならない。


 今後、あなたに待ち受ける戦い――天才崩理を。


「ああ。そうか。――そうだね」

 ハッとした顔で頷き、秀斗は改めて実感する。

 

 気持ちを切り替える様に、秀斗は大きく息を吐いた。




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