第19話 秀人の天才崩理 その後(2)


 楓音と話す中、教室側の廊下から、

 一直線に誰かが秀斗向け走って来る。


「秀斗―!」

 そう言って秀斗に飛びつく様に抱きついたのは香織だった。

「えっ、香織? どうしたの?」

 秀斗は落ち着いた顔で不思議そうに言う。


 何がどうして、僕は香織に抱きつかれているのか――。


 懐かしい感覚。

 香織に抱きつかれるのなんて、小学生ぶりだろうか。


 秀斗は冷静に過去のことを思い出していた。

「その――良かった」

 秀斗の胸の中で香織は泣いている様な顔を上げる。

「え? えーと……? どうしたの?」

 どうして、香織が泣いているのか。

 秀斗には身に覚えが無かった。

「本当に退学だと思ったんだよー」

 感触を確かめる様に香織は再度、秀斗に抱きつく。

 抱きつかれる度に当たる香織の胸。

 昔より大きく育っている。

「あー、それか」

 何食わぬ顔で上を見上げ、秀斗は思い出す。


 何だ、大井田くんとの天才崩理のことか。

 何度か負けると確信したこともあったけど、無事に勝つことが出来た。


「――もう馬鹿! 秀斗の馬鹿馬鹿馬鹿っ!」

 そう言って両拳を握りしめ、香織は何度も何度も秀斗の胸を交互に叩く。

「あー、ごめんって。ごめんって、香織」

 ぶんぶんとがむしゃらに両手を振り回す香織に、秀斗は的を作る様に両掌を開いた。


 こんな動きをする香織は珍しい。

 いつもは落ち着きがあって、しっかりしている雰囲気があるのに。

 まるで、子供の様だった。


 困惑するほど、香織を心配させてしまったのか――僕は。

 申し訳ない様な顔で秀斗は小さくため息をついた。


「やっぱり、女子を泣かせるなんて、秀斗は変態ね」

 すると、香織の秀斗に対する行動を見てか、楓音はため息をつく。

「ええ? 韮崎さん、どうしてそうなるの?」

 どうして、いったいそうなるのか――。

 口を半開きに秀斗は驚く。


 香織の顔がどんどん泣いている顔になっていたけど、

 それは僕のせいじゃないはず。

 いや、心配させたのは僕か。なら、僕のせいか。


「――楓音」

 秀斗の問いに楓音は鋭い眼差しを返す。

 むすっとして、どこか怒っている雰囲気が漂っていた。

「あ、はい。それで楓音」

 慌てて言い直す。

 女子を下の名前で呼ばないからか、中々言い慣れない。


 香織は――幼馴染だから別扱いとしよう。

 と言うより、香織以外の女子を下の名前で呼んだことが無かった。


「何、秀斗?」

 機嫌を直した様に楓音は笑みを向ける。

「この状態のどこか僕が変態なのさ?」

「え? 秀斗のどこが変態か――ですって?」

 目を細め、解せない顔をする。

「う、うん」

 何度も変態と言われると、心に何かがぐさぐさと刺さっていた。

 本当に僕が変態なのかと思ってしまうほど。

 嘘だ、そんな訳無いだろう。

「……そんな中でも、あなたが彼女の胸の感触を感じていること――かしら?」

 楓音は呆れた顔でそう言うと、秀斗の胸元に潰れる香織の胸を見つめた。

 確かに、僕は香織の胸の柔らかさを感じている。楓音の言うことは正しい。

「っ!? ――秀斗の変態……っ」

 気づいていなかったのか。

 香織は自身の胸元を見て、慌てて秀斗から距離を取った。


 ――あれ、わかっていないでやっていたの、香織。


 相変わらずのおっとりというか、天然と言うか。

 本当に愛らしい幼馴染だ。


「いやいや、ちょっと二人とも」

 納得がいかない様に秀斗は二人に声を掛ける。


 そうだ、そうだ。

 僕の変態のレッテルがまだ貼られたままだった。


「「何(よ)?」」

 二人同時に不思議そうな顔で僕を見る。


 ――可愛い。


 美少女が僕を見て、純粋な顔で首を傾げている。

 しかも、二人。


 小柄で強気な美少女と、包容力のあるおっとりとした美少女。

 似ているところが一つも無い。


 何という贅沢か。


 ふと、秀斗は大井田が天才崩理の前、

 楓音に言った「俺の女にならないか」を思い出していた。


 この顔が見られなくて残念だったね、大井田くん。

 心の中で勝利の笑みを浮かべた。


「どうして、変態なのさ? まるで、僕が好きで胸を触っている様な言い方じゃないか」

 何食わぬ顔で秀斗は冷静に彼女たちに問う。

 少なくとも僕からは香織に触っていない――はずだけど。

「――え? そう見えたけど?」

 何を言っているの。そう言いたげな顔で楓音は言った。

 どうしてそんな当たり前の様な顔をするのだろう――楓音は。

「へ? そうなの秀斗?」

 自分の胸元を両手で隠し、不思議そうな顔で香織は首を傾げる。

 胸元を隠す動作をする香織を見るのは、初めてだった。


 香織でも自分の胸を気にするんだ――。

 普段は意識していない様に見えるから、何と言うか新鮮な光景。


「嘘だよ。別に胸が好きなわけじゃないんだけど――」

 秀斗は楓音を見つめて、訴える様に言った。


 別に胸が好きな訳ではない。

 強いて言えば、胸が好きなのだ。


「っ――だから、私のパンツを見ていたの?」

 導き出された答え。楓音は後ずさり、信じられない顔をする。


 胸が好きじゃないから、楓音のパンツを見ていた――。

 整理をすると、彼女が言いたいことはそう言うことだ。


 ふむふむふむ……。

 なるほどー、なるほど――って。


「ああああああああ! だから、違うからっ!」

 発狂する様に叫び、秀斗は両手をぶんぶん振るう。

 どうして、彼女の中で僕は胸かパンツが好きなこと前提になっているんだ。

「え――。秀斗はおっぱいよりパンツが好きなの?」

 純粋ながっかりとした顔を向ける香織。

 その顔はがっかりと言うより、ショックに近い。

「いやいやいや! どうして、香織もそうなるの!? ねえ、いつ僕が好きそうだった?」

 思い返してみてくれ、香織。そんな記憶は無いはずだ。

「んー……。んー?」

 思い返して見つからないのか、香織は複雑な顔で首を傾げていた。

「ね! 思い返してもないでしょ!」

「あれ……? でも、嫌いだった記憶も無いよ?」

 香織は首を傾げ、頭の上に疑問符が浮かぶ様な顔をする。

 そんな純粋な顔で言葉を返さないでくれ――。

「あー、それなら好きね。秀斗は」

 右手で秀斗を指差し、楓音はまるで確定と言いたげな仕草をする。

 彼女の中では、嫌いではないと言うことは好きになるらしい。

「どうして、君らの中には好きか嫌いかの中間の『普通』が無いの……?」

「そりゃ――男は皆、女子のパンツが好きでしょ?」

 何故かドヤ顔を楓音は僕に向ける。

 まるで、基本ルールを述べる様に楓音はそう言った。

「凄い偏見! 全国の男に謝れ!」

 興味があると言うことならば、全国の男は当てはまるかもしれないが、今回は違う。

「出ないと、あんなにガン見しない――よね?」

 何で僕を見つめて、同意を求めるんだ――楓音。

「えー。そんなにパンツをガン見していたの――秀斗?」

 楓音の言葉に香織は、ガーンと言いそうな悲しそうな顔になる。

「もう――これでもかと言うくらいによ。しかも、わかっていて私に言わないんだもの」

 唖然とした顔で首を左右に振り、楓音は香織に説明する。

 多少は盛っているが事実は事実。

 認めなければならない。だがしかし、解せん。

「ああああああ! 根に持ち方が極端! それに僕だけの話! 全国の男は関係ないよね!?」

 根に持っている。やはり、言わなかったことに怒っているのだろうか。

「ねえ、香織さん。この人、全国の男は関係ないから、今は僕が女子のパンツが好きな話だろって怒っているわよ」

 ショックを受けている香織に楓音はそう言った。

「やっぱり、秀斗はパンツが好きだったんだ……ごめんね」

 今にも泣き出しそうな顔で香織は小さく頭を下げた。

「事実を改変するなああ! ――って香織、ごめんって何!?」

「その…見せなくて?」

 呆然とした顔で香織は不思議と首を傾げる。

 首を傾げた彼女は何とも愛らしい――って、今は彼女たちの愛らしさを感じている場合では無かった。

 すると、香織は恥ずかしそうに両手で自分のスカートの裾を掴み始める。

「いやいや、見せなくて良い! ――って香織! 自分のスカートを掴むな!」

 慌てて両手を前に出し、抑えて、と言う動作をする。

 何でだろうか。スカートを掴む香織を見ると背徳感を覚えた。

「あっ、ほんとだ……。秀斗、私のパンツも気になるの?」

 秀斗の視線に香織は晴れた顔で秀斗を見つめる。

「ほら、気になっているじゃない。顔は逸らしても、目は逸らしてないわよ」

 動かない視線に楓音は、証拠を付きつける様に指を指した。

 

 そんな――。

 顔だけじゃなくて、目も見られているなんて。


「卑怯だ! これは姑息な手だぞ、二人とも!」

 確かに気になったのは間違いない。

 普段見られない香織の仕草にグッと来てしまった。


 ついでに香織のパンツも見たかっ――いや、違う。

 見たくなかったぞ――僕。


「あら? どんな手であっても、事実は事実――でしょ?」

 楓音は腕を組み、魔性の笑みを秀斗に向けた。


 あれ、何か色っぽい。

 笑い方でこうも雰囲気は変わるのか。


 秀斗は素直に感心した。

「私のパンツも興味があって――良かった」

 香織はホッとした様な顔でゆっくりと頷く。

「いやいやいや! 良くないよ!」

 秀斗はそう叫んで、二人と距離を取ると大きくため息をついた。

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