第17話 秀人の天才崩理(10)

 天才崩理は、

 秀人の勝利に終わった――。


「まさか、お前はわかっていたのか?」

 立ち上がる秀斗に大井田は信じられない顔をする。

 敗北したわりに、あまり悔しそうな顔をしていなかった。

「わかっていたって?」

 ゆっくりと深呼吸をして、秀斗は不思議そうな顔をする。


 さっきの発言力の感覚が未だに残っていた。

 確かにこれは――辛い。


「俺が発言力を使うってことだよ」

「うん……。――まあ」

 少し曖昧な返事をする。

 無論、君が発言力を使うのはわかっていた。

「大井田くん、君なら気づくと思っていたよ。発言力はこの天才崩理でも当然、使用出来るってことにね」

「なっ――。お前はそれをわかっていて、俺を挑発したのか?」

 何食わぬ顔で言った秀斗に大井田は眉間にしわを寄せた。


 だとするならば、俺は明智の掌の上にいたことになる。

 途端に悔しさが込み上げた。


「んー、ちょっと違うかな?」

 少し語弊がある。わかっていたのは確かだけど。

「違う――だと?」

 想定外だったのか、大井田は解せない顔をする。

「うん。本来、あの兵士を最後に使う気は無かったんだ」

 念のために召喚したライフルを持った兵士。


 当初、秀斗は大井田を挑発するつもりは無かったのだ。


「は? 使う気が無かっただと――?」

 明らかな出し惜しみ。

 大井田は悔しさのあまり怒りを覚えた。

「うん。召喚していたあのライフルの兵士は、僕がドローンを落とせなかった場合、狙撃でドローンを落とすための保険だよ」

 秀斗は何食わぬ顔で大井田に言う。


 結果。

 運良く秀斗のサブマシンガンでドローンは沈んだ。

 

 そして、当初の用途が無くなったライフルの兵士は、

 ホール部を確実に狙撃出来る様、一階部分へと移動していた。


 それに大井田は過去の対戦からも、ホールの中心にいることが多かった。

 おそらく、この天才崩理を見ている人、自身の存在を見せるためだろう。


 それ故、秀斗は念のために狙撃兵をホール付近に配置していたのだ。


「それに俺は撃たれたのか……」

 現状が飲み込めない顔で大井田は俯く。

 どうして、自身が負けたのか。

 大井田は未だ理解出来ずにいた。


「そう。君は発言力を使い、勝利を確信した。警戒を解いた君をあの距離で仕留めるのは――容易い」

 サーベルを振りかざしたあの瞬間が最高のタイミングだった。


 ライフルの兵士の存在に気づけても、

 ライフルの銃弾を咄嗟に避ける瞬発力は、

 あの時の君には無かっただろう――。


 それほど君は自身の勝利を確信していた。

 だから、勝てたのだ。


「つまり、俺はまんまとお前の挑発に乗り、目先の勝利に酔い潰れていたということか――」

 状況を理解した大井田は、自身に呆れた様に大きくため息をついた。

 

 ――完敗だ。

 言い訳など無い。

 実に道理的な理由だ。


 明智秀斗の思考が俺の思考を勝っていた。

 簡潔に言えば、それだけのこと。


 そう――学誉では無い。

 学誉では無いのだ。


 俺自身、大井田健司と言う一人の人間が、明智秀斗に負けたのだ。


 学誉など関係無い。

 学誉の威力とは、直接的なものではなく、間接的なものだったのだ。

 学誉が出来ることは、あくまでもより良い条件の手札を作ることだけ。


 そうなのだ。

 問題はその手札を使う自分自身だったのだ。


 どうして、俺は今の今まで気づかなかったんだ。

 こんなにも大事な事実に――。


 大きく息を吸い、大井田は悔しさのあまり目を強く閉じ俯いた。


 そして、大井田は力尽きた様に仰向けに倒れ、大の字で寝転がった。


「でも――心が軽い」

 不思議な感覚だった。

 微笑み、大井田は息を吐く様にそう言う。


 俺は負けたはずだ。

 それなのにどうしてか、足枷が無くなったかの様に心が軽い。


「じゃあね、大井田くん――――また、やろう」

 そう言って秀斗は背を向け、ホールを後にした。



『明智 秀斗

 学誉 10,000ポイント』


『大井田 健司

 学誉 30,000ポイント』



 互いの学誉に天才崩理の結果が反映される。

 


 僕の天才崩理は終わったのだ――。

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