第16話 秀人の天才崩理(9)


 秀斗が大井田へ向け、サーベルを振りかざす。

 

 この時、誰もが秀斗の勝利、大逆転を想像した。

 

 無論、秀斗自身も。

 自身の勝利を確信していた。


「――下ろせ」

 すると、大井田は呪文の様にそう唱えた。


 突然の命令口調の言葉――。

 一瞬にして、空気が変わった。


「まさか――っ!」

 秀斗は瞬時に理解する。

 今のはまさか――。


 途端に大井田を中心に衝撃波が発生した。


 ホール中に響き渡る轟音。

 まさか、これは――『発言力』。


 振りかざす秀斗の右手に膨大な負荷と圧力が掛かった。


「だとしてもっ!」

 負ける訳にはいかない――。

 秀斗はサーベルを掴む手を離さなかった。

 しかし、人力で耐えられるほど発言力は弱くない。

 そのまま秀斗は身体ごと床へと叩きつけられた。

 叩きつけられた衝撃で、秀斗はサーベルと落としてしまう。

「発言力……かっ」

 片膝をつき、座り込んだ姿勢で秀斗は睨む様に大井田を見つめる。

 ここで発言力が来るとは――。

「そうだ! 初めからこうすれば良かったんだ!」

 大井田はホールの中心で、学園中に伝わる様な大声で叫ぶ。


 俺の学誉は35,000。

 お前の学誉は5,000。


 どうして、俺は気づかなかったんだ。

 こんな当たり前のことに――。


 大井田は自身の思考の甘さを痛感していた。


 発言力。天才崩理。

 やはり、この二つは繋がっていたのだ。


「当然、発言力を用いれば、お前は俺に逆らえない。そうだろう――明智秀斗?」

 今度は大井田がゆっくりと秀斗へ歩み寄る。

 そして、大井田は微笑み、秀斗が落としたサーベルを拾った。

 形勢逆転。大井田の気持ちは落ち着いていた。

 思考が削られる様な感覚はもう無い。

 何故なら、もう自分は勝てるのだ。

 サーベルを構えて、大井田は自身の勝利を確信する。

 

 さっきまで大井田は焦っていた。

 秀斗が繰り出すもの、それは自身の予想を遥かに超えるものばかり。


 大井田が自身の思考を常に全開にして戦うのは久しぶりだった。


「明智、お前もわかっているだろう。俺の言葉は正しいんだ。俺以下の学誉の奴は俺に逆らえない! 初めから勝敗なんて決まっていたんだよ!」

 その言葉を叩きつける様に大井田は怒鳴った。

 自分では制御出来ないほどに感情が溢れ出している。

 自分よりも学誉の低い者に負けそうになった、その事実。

 大井田は純粋に悔しかったのだ。

 ここまで自身が苦戦したことに。

「じゃあな、明智秀斗。お前との天才崩理――楽しかったぞ」

 そう言って秀斗へ一閃、大井田はサーベルを振りかざす。


 ありがとう。

 僕の予想通りで――。


 刹那。

 秀斗は笑みを浮かべた。


「――っ!?」

 その不敵な笑みに僅かながら大井田は驚く。

 しかし、振りかざしたサーベルを止めることは無かった。


 俺の勝利は揺るがない――。

 止める理由など、到底無かったのだ。


 大井田がそう思っていた時、秀斗の後ろで人影を見かける。

 

 ――自軍の兵士はもういない。

 なら、あの人影はいったい何なのか。


 目を凝らすと、そこにいたのはライフルを持った兵士だった。


 関係無い兵士のはずは無い。

 あれは間違いなく天才崩理の兵士だ。


「まさか――」

 あれはまさか、明智の兵士か――。

 大井田は全身の鳥肌が立った様に目を見開く。


 何故、ここに。どうして――。

 様々な疑問が大井田の脳裏を駆け巡る。


 そして、ライフルを持った兵士のその後を推測した。


 自身の敗北。

 大井田は必然的にそれを確信した。


「終わりだよ――大井田くん」

 秀斗がそう呟くと、ライフルを持った兵士は引き金を引いた。


 一撃。

 放たれた銃弾は大井田の校章へと当たり、校章は真っ赤に染まる。


 敗北。

 赤い校章はポイントが0になったと言う証拠。


 つまり――大井田の敗北。


 終焉を告げるブザー音。

 スピーカーから、試合終了の合図が学園中に響き渡った。


 ―――


『二年B組 明智 秀斗』

    対

『二年A組 大井田 健司』


 天才崩理。

 勝者 明智 秀斗――。


 ―――


 そのアナウンスは秀斗の勝利を学園中に伝えた。


 次第に聞こえる歓声。

 ホールにいてもわかる。

 学園中が歓喜の声を上げていることに。


 大井田健司と言う一人の天才が持つ理は崩壊した。

 学誉を持つ者が正しい――その理が。


≪前代未聞の天才崩理≫

 

≪退学を賭けた天才崩理≫

 

≪不可能と言われた天才崩理≫

 

≪圧倒的な学誉差の天才崩理≫


 そのすべてを備えたこの天才崩理に秀斗は勝利したのだ――。


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