第15話 秀人の天才崩理(8)


 二年A組 教室。

 

 香織は中継画面に釘付けだった。

 隣でクラスメイトの男子生徒たちは驚いた顔で話し合う。

「あの大井田を追い詰めている奴って、B組の明智か?」

「ああ。そうみたいだな」

「明智って…、一年の頃は特に何も無かったよな?」

「ああ。学誉も5,000くらいしかないからな」

 画面に出ていた互いの学誉をもう一度見る。

「5,000? 大井田の二割も無いじゃないか」

「――と言うより、何で天才崩理は始まったんだ?」

「ああ、それな。噂だとB組の転校生が大井田のいじめを止めて、その代理でやることになったみたいだぞ」

「代理――? なんの?」

「天才崩理――これだよ」

「なるほど……。だが、代わりとはどうして?」

「転校生の学誉が100しかなかったからだそうだ」

「あー、反映されてなかったのか。それじゃあ、出来ないな」

「出来ないことは無いが、その学誉であの大井田が天才崩理を受諾しないだろ」

「あいつは――やらないな。それは道理的じゃない」

「それに公衆を気にするほどの、サービス精神も無いだろうし」

「それな。それで明智が代わりに?」

「ああ。出来なかったその転校生の代わりに明智は自分の学誉をすべて賭けて、大井田に天才崩理を仕掛けたんだ」

「はー、なるほど。そんな経緯か」

「明智の学誉のすべて、5,000ポイントを賭けてな」

「すべて――? あいつの学誉を足すと――藤堂を超えて、大井田が1位か」

「確実に1位だ。しばらく、1位は維持出来るほどの差が二位との間に出来るな」

「あいつが1位になるのか……。えー」

「俺らとしては、それは避けてもらいたいよな」

「でも、勝てるのか? あの大井田に」

「わからん。さすがに無理だろ――あの戦力差は」


 そして、天才崩理が始まり、秀斗が銃撃兵たちを次々と倒していく。


「おいおいおい、まじかよ……」

「えー、戦力差7倍だぞ?」

「あの最高ランクの銃撃兵って制圧出来るのか?」

「さすがに見たことないぞ? 破壊は見たことあるが、あれは――制圧だな」

「そもそも、敵の兵士を制圧するやつなんて見たことないな」

「――そういや、明智の過去の対戦記録はあるのか?」

「いや……。確かあいつは一年の頃、天才崩理をしていない」

「は――? そんなはずはないだろう。あそこまで出来るんだから」

「いやいや」

「嘘だろ――まじで」

「それが本当なんだよ。過去の天才崩理の記録、生徒記録も確認したが、間違いないよ」

「まじか。これで初戦なのかよ――やばいな」

 

 男子生徒たちの会話が自然と香織の耳に入って来る。

「秀斗……」

 画面の向こうにいる秀斗を、香織は心配そうな顔で見つめていた。


 戦わない。考えない。

 高校へ入学する前、かつての秀斗は辛そうな顔でそう決心した。

 

 今でもあの時の秀斗の顔は忘れられない――。

 香織は当時のことを鮮明に覚えていた。

 

 そんな秀斗が――戦っている、考えている。

 自分の思考を最大限に使って、あの大井田くんを倒そうとしていた。

 

 その姿はかつての秀斗。この学園で私しか知らないはずの明智秀斗がここにいた。

「――神童」

 香織は前向きな姿勢でそう呟く。

 

 中学時代、秀斗はその思考と判断力でクラスメイトから恐れられていた。

 自分たちの行動の二歩先くらいの選択をする。

 自分の考えが読まれていると思った彼らは秀斗を忌み嫌った。

 確かに自身の考えが他人に読まれるのは不気味だろう。

 

 そして、クラスメイトから畏敬の念を込め、こう呼んだ。


 ――神童(プロデジード)


 かつて神童と呼ばれた秀斗の表情。

 大井田を追い詰めていく秀斗のその表情。

 

 二つの表情が今――重なる。

 

 気づいた香織は次第に晴れた顔になった。

「帰ってきた――」

 香織は嬉しさのあまり笑みを零す。

 

 私の知る秀斗が。

 私の大好きな明智秀斗が。

 今、ここに――。

 

 香織が思う中、突然教室中に歓声が湧いた。

 慌てて中継画面を確認すると、秀斗が大井田を追い詰めていた。

 兵士も壁も大井田の周りには何も無い。

 まるで、最初から何も無かったかの様な光景。

 秀斗がすべて壊したと言うのか――。

 その瞬間を見ることは出来なかったが、間違いないだろう。

 香織はそう確信していた。

 騎士が持っていたサーベルを持ち、秀斗が大井田にゆっくりと近づいていく。

「嘘だろ……? あの大井田に勝つのか……?」

 その光景に男子生徒は呆然とした顔でそう呟いた。

 私も同じことを思った。

 もう大井田くんには戦力が無い。

 秀斗はあのサーベルで大井田くんに止めを刺そうと言うのだ。

「学誉に構わず、勝つのか――あの明智は」

 現実であることを確かめる様に瞬きを繰り返す男子生徒。


 秀斗は傍から見れば、『異常』。

 

 常人とは異なる――即ち、常人離れ。

 

 彼は異常と思う私たちの感覚――当たり前さえもひっくり返そうとしていた。 

 この天才崩理は、見ている私たちの理すらも変えてしまうのか。


 いや、天才崩理では無い――秀斗だ。

 秀斗が私たちの理を変えようとしているのだ。


「やばい、やばすぎるだろ! 明智! あいつは天才か?」

 大井田に銃撃を仕掛けた秀斗を見て、男子生徒は叫ぶ様に言った。

 確かに秀斗は天才かもしれない。

 世の言う天才だったかもしれない。


 今の秀斗は少し違う。

 

 香織は秀斗の不思議な雰囲気を感じ取っていた――。


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