第14話 秀人の天才崩理(7)

 

 何が起きているのか――。

 大井田は信じられなかった。


 白銀の外壁が破壊された。

 大破ではないが、間違いなくこれは破壊の一つだ。

 手榴弾での攻撃を想定していなかった。

 まさか、あそこまでの威力があるとは。

 

 困惑の中、大井田はその場から動けずにいた。

「どうするか――」

 大井田は小さく息を吐き、考える。

 気がつけば、自軍の兵士は横にいる銃撃兵一体のみとなっていた。

 秀斗がいったい何をしたのか。どうやって、残る兵士を倒したのか。

 考えてもその光景が大井田には想像出来なかった。

 

 考えられない。予想がつかない。こんなことを初めてだ。


「さて……」

 先ほどの銃撃で明智の位置は把握した。

 しかし、把握したから今の自分に何が出来る。

 ここで銃撃兵を明智へ向かわせれば、自身を守る兵士は必然的にいなくなる。

 咄嗟の判断も一度、冷静に考えるべき。大井田は行き詰っていた。

「それよりも――」

 どうして、あいつはここまで出来るんだ。大井田は深刻な顔でそう呟いた。

 

 明智秀斗の学誉は5,000。

 それに比べ自身の学誉はその7倍の35,000。


 差は歴然――のはず。

 誰もがそう思っているはずだ。

 それなのに、どうして追い込まれているのか――。


 可笑しい。

 道理的じゃない。


 大井田は理解出来なかった。

 自身が最高と思える布陣。それがこの白銀シリーズ。

 これで負けるはずがない、そう思っていたはずなのに。



 ―――



 学園に入学した時、俺は通用すると思った。

 学誉と言うポイントが与えられ、それはこの学園で最も偉大な権力とされている。


 ある日、試しに自分よりも学誉が低い者に『命令』した。


 彼は俺の指示通りに動いた――動いてしまった。その光景に驚き、絶句する。

 

 生まれて初めてだった。他人が自分の思い通りに動いたのは。

 気持ち良い。爽快と言う感覚がこの身体を埋め尽くしていた。

 

 強い者が弱い者を支配する。

 これが社会の仕組みなんだと理解した。

 

 確信する。この学園で学誉を持つ自分は――強者なのだ。



 ―――



 大井田は不思議と思い出した。

 学誉と言う権力に気づいたあの日のことを。

 どうして、こんな時に思い出すのか。

 これは勝てと言う暗示なのか。


《強者が弱者に負けることは決して無い》


 脳裏に浮かぶその言葉。

 そうだ、その通りだ。大井田は確信した。

 

 その時だった。

 秀斗が吹き抜け部から顔を出し、サブマシンガンを大井田に放った。


「くそっ!」

 慌てた顔で銃撃兵に迎撃の指示を出しながらも、大井田は白銀の壁の割れていない部分の裏側へ隠れる。

 銀色の銃撃士の銃弾威力よりも、白銀の壁の強度の方が上だ。

 しかし、同じ場所を何度も攻撃されれば、強度は低下し破壊される。

 むしろ、破壊されるよりも前に勝敗がつくはずだ。

 

 いや――つかなければならない。


 大井田が隠れる中、秀斗の銃撃は突然ピタリと止んだ。

「な、なんだ……?」

 騒音から無音の世界へ。急にどうしたと言うのだ。

 不思議に思った大井田は、壁からゆっくりと覗き込む様に顔を出す。

「っ!?」

 どうなっている――。その光景に大井田は絶句する。

 

 秀斗がロープを用いて、三階から勢いよく一階へと降りていくではないか。

 

 降りていく秀斗に大井田は信じられない様に口を大きく開けていた。

 

 いったい、あいつは何をやっているんだ――。

 推測しようとするが、わからない。

 大井田は秀斗の行動に理解出来ずにいた。


 降りていく中、銃撃兵の銃撃が秀斗の持つサブマシンガンに当たり消滅する。

 これで秀斗の武器はサーベルのみとなった。

 

 秀斗が一階ホール部へ着地する寸前、

 一つの小さな影が大井田の手前に現れる。


「ん? なんだ――?」

 いったい何の影か。大井田は不思議そうな顔で見上げた。

 

 そこにあったのは――手榴弾。

 大井田はそれを瞬時に理解した。


 何故、それが今ここにあるのか。

 一つの疑問。しかし、それよりも優先すべきことは他にある。


 なりふり構わず、大井田はその場から一目散に逃げた。

 しかし、銃撃兵はその場から逃げず、降りる秀斗への銃撃を行っている。

 咄嗟のあまり、大井田は銃撃兵に退避の指示を出していなかったのだ。

 そして、手榴弾は白銀の壁の上部へ接触すると爆発する。

「うわあああっ」

 爆破地点から約五メートル。

 大井田は小さな破片と爆風に襲われていた。

 

 校章からの振動を何度も感じる。

 このダメージの数では――負けてしまう。


 全速力。胸の痛みを堪え、必死で爆破地点から距離を取った。

 慌てて走ったせいか、大井田は廊下で大きく転んでしまう。


「なっ…、一体何が――」

 状況が理解出来ない。大井田は息を荒くして、目を見開いていた。

 転んだままのうつ伏せの姿勢で顔だけ上げ、ホール部の状況を確認する。


 半壊した白銀の壁は全壊し、銃撃兵も破壊されていた。

 数秒後、白銀の壁の残骸と銃撃兵は耐久値を超えたのか消滅する。


「何だと…っ」

 大井田の戦力はすべて無くなった。その事実を大井田は理解する。

 それにしても、いつの間に手榴弾が頭上にあったのか。

 大井田は自身の思考をフル回転させ、考えた。


 ――降りる寸前か。

 明智は降りる寸前にホール上部へ投げ、そのまま勢いよくロープで降りたのだ。


 何故、自分は気づかなかったのか――。

 いや、気づけなかったのか。

 自身も銃撃兵も突然降りて来る明智に釘付けだったのだ。


 人の注意を利用した一つの技――。


 大井田は理解すると、素直に感心した。

「――さてと」

 パンパンと両手平を叩き、埃を取る様な仕草をして、秀斗は大井田の前に現れる。

 何食わぬ顔で向かってくるその雰囲気。大井田は恐怖を覚えた。

 

 この男の心の内がわからない――。

 いったい、何を考えているのだ。


「その様子だと、ぎりぎりポイントが残ったみたいだね。――まあ、僕もだけど」

 大井田の元へゆっくりと歩き、秀斗は互いの校章のポイントを確認する。


『明智 秀斗 15ポイント』

『大井田 健司 8ポイント』


 残念ながら大井田に止めを刺すことは出来なかった。

 大井田の咄嗟な判断が勝敗を大きく分けた。

 どうやら、爆発間際に一目散で爆破地点から逃げ、小さな破片のダメージを減らしたのが大きかった様だ。

「8ポイントか――――なら、あの一撃でいけそうだね」

 安心した様に秀斗は、左腰に差していたサーベルを構えた。


 あの一撃――。

 そのサーベルでの攻撃だろうか。大井田はそう理解した。


「まさか――お前が止めを刺すのか…?」

 大井田はゆっくりと立ち上がり、睨みつける様に秀斗を見つめる。

「ああ。そうだよ。この場所だと、君に止めを刺せるのは僕しかいないからね」

 どこか仕方ない様な顔で秀斗は言う。


 軍師である我らが直接、敵の校章を狙うなんて――。

 前代未聞だ。こんなこと、誰も考えつかなかっただろう。

 それをこの男は考えつき、やってみせた。


 大井田は秀斗の持つ多彩な視野に純粋に驚く。

「何故だ……?」

「何故? 何がだい?」

「何故、お前のレベルでここまで――」


 理解出来ない。

 摂理に相反する。

 道理的では無い。

 

 大井田はこの現実を受け止められなかった。

 学誉の低い秀斗に、学誉の高い自分が追い詰められていることに。


「僕のレベル――ああ、学誉のことか」

 驚く大井田を前に秀斗は何食わぬ顔をする。

「そうだ。この学園では学誉がすべてだ。良否も優劣も学誉で決まる!」

 右手を強く振り、訴える様に大井田は叫んだ。

 その通り。今までもそうであり、これからもそうであるはずだ。

「ああ、そうだね」

 大井田の言うことは正しかった。秀斗はゆっくりと頷く。

 この創成学園では、学誉ですべてが決まる。それは間違いない。


 だが、それも今日で変わる。

 この天才崩理で僕が大井田に勝てば、必然的に学誉がすべては無いことがわかる。


 論より証拠。

 僕の勝利でそれを示すことが出来るのだ。


「だが、何故お前は俺をここまで追い詰めることが出来た!? どうして、ここまでのことが出来たんだ!」

 理由を推測出来ず、大井田は答えを直接問う。

 どうして、僕がここまで君を追い詰めることが出来た――か。

「――さあ」

 秀斗はさっぱりとした顔で首を振った。

 説明すると話は長くなる。

 それに僕が話しても、君は納得してくれないかもしれない。


 君は自身で理解しないと聞く耳を持たないだろうに――。


 秀斗は大井田の性格を良く理解していた。 

 思考は道理的。しかし、権力、支配力には弱かった。むしろ権力は道理的なのか。


「何故だ!?」

「なら、学誉がすべてじゃない――と言うことだよ」

 ホール天井部を見上げ、秀斗は何食わぬ顔でそう言う。

 秀斗は大井田にその事実を叩きつけた。

「学誉がすべてしゃない――だと?」

 眉間にしわを寄せ、大井田は解せない顔をする。

 そうだ。やはり、君は理解出来ないだろう。

 何せ、学誉の低い僕の言葉だ。


 君が納得するのは証拠――要は結果だ。

 彼には結果が必要なのだ。


「じゃあね、大井田健司――」

 秀斗はそう言って笑みを浮かべる。


 さあ、君の理を崩すのだ――。


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