第12話 秀人の天才崩理(5)


 二年B組 教室。

 楓音はクラスメイトたちと、中継画面で天才崩理を見ていた。

「明智は勝てるのか?」

 クラスメイトの男子生徒は楓音に不思議そうに聞く。

「――わからない。どうして、私に聞くの?」

 男子生徒の問いに楓音は不機嫌そうな顔で返した。

 何故、私に聞くのか。この男子生徒の動機がわからない。

「いや、韮崎さんがあいつと一緒にいたから、何かわかるかなーって」

 楓音の睨む様な視線に、男子生徒は慌てた顔で頭を下げる。

 別に睨んでなどいないし、怒ってもいない。ただ、こうなってしまうのだ。感情の鋭さが表に出てしまう。楓音の長所であり、短所であった。

「わからないわ」

 わからないのだ。今の彼の考えていることが何一つ。

「どうして、彼が私に代わって天才崩理を挑んだのかも――」

 本来は楓音が大井田に挑む――はずだった。

 しかし、挑んだまでは良かったが、楓音には大井田が望む条件を提供出来ないことがわかった。何せ、自身の持つ学誉、賭ける学誉が少なすぎたのだ。

 どうしてか、気がつけば秀斗が大井田に天才崩理を挑んでいた。

 本当にどうしてか――。楓音は昨日の事の流れを思い出していた。

「明智が何を考えて挑んだのか――か。確かにな」

 言葉の意味を噛み締める様に男子生徒はそう言って頷く。

 その男性生徒は一年生の頃も秀斗と同じクラスだった。

「そうよ。全く――」

 全く呆れた男だ。楓音はそう言おうとしたが、不思議とその言葉を言い切る気持ちにはなれない。楓音は自分でも驚いた。その発言を言い切れない自分に。

「それに負けたら、明智は退学だもんなー」

 男子生徒も不思議そうな顔をして、寂しそうにため息をついた。

 クラスメイトが学園を退学するのは非常に悲しいことだ。だが、現状を踏まえて、そうなってしまってもしょうがない。男子生徒は何の抵抗無く納得していた。

「――そうよ。自分が退学になるかもしれないのよ。何を考えているの、あの人は」

 本当にわからない。楓音は首を左右に振り、信じられない顔で言う。

 果たして彼、明智秀斗にとって自身の退学を賭けるまでする価値が、この天才崩理にあったのか――。楓音は未だに理解出来ずにいた。

 しかし、どこか嬉しい気持ちがある。――何故か。この不思議な気持ち。楓音にとって、初めての気持ちだった。

「これが天才崩理――」

 秀斗と大井田の戦いを見て、楓音はしみじみと考える。

 この学園制度の一つ。それがこの天才崩理。

 秀斗からは天才崩理の勝敗はほとんど学誉の差で決まると聞いていた。

 つまり、秀斗は負けるのか。一瞬、頭に過るが――違う。彼はその事実を承知の上でこの天才崩理を挑んだのだ。


 誰もが見ても差は歴然。

 自分より7倍の戦力を持つ者に。

 彼は自身の戦略、思考を用いて勝利しようとしている。

 楓音は純粋に、その行く末が見たい、そう思っていた。


 秀斗が手榴弾を用いて、大井田に攻撃を仕掛ける。


「は――? 手榴弾? よくあんなの使うよな」

「さすがに俺は考えて無かったわ」

「しかも、鳥の召喚獣を使ってだぜ?」

「見たぜ、あんな使い方もあるんだな」

「そうだよな。まさに完璧な時間差攻撃じゃん」

「あれは俺なら避けられないわー。うわー、怖いな、あれは」

「俺もだわ。あれは――無理だ」

「んー、これは勝てるか――? あの大井田に」

「もしかしたらあるか?」

「あるかもしれないなー。うわー、まじか」

「その流れ、ぜひ見てみたいわー」

 クラスメイトたちが興奮した様な顔でそんな会話をしていた。

 

 確かに。あの手榴弾が大井田に当たれば、秀斗の勝ちはほぼ確定するだろう。

 楓音はまじまじと秀斗の動きを見て考えていた。

 彼はこの天才崩理が始まる前に、多くの推測をしていたはずだ。だが、必ずと言っていいほど、現状では更なる推測が必要となる。その推測、判断力は特に一分一秒現状が変わる状況なら尚更だ。

 しかし、彼はこの天才崩理でそれをやってみせた。その事実が指す意味とは――。

「もしかして――」

 楓音は一つの仮説を立てた。

 本当の彼は、大井田と同じ『天才』側であったのではないか――と。

 かつて、天才であった者。何かしらの理由で彼はその才を捨てる――手放すこととなった。

 奪還。この戦いで彼はその手放した才を再び取り戻そうとしているのではないか。

 かつての自分を取り戻すために。それ故、彼はこの戦い――天才崩理を挑んだ。

 どちらにせよ、彼は私が出来なかったことをやり遂げようとしている。


 私にはこの天才崩理を見届ける義務がある。

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