第11話 秀人の天才崩理(4)
「――これだ」
秀斗は目を開き、ゆっくりと告げる。
それは一手と言うより一つの策、一つの可能性だった。
「召喚――」
秀斗がそう言って召喚したのは、兵士自身の身長よりも長いスナイパーライフルを持った小さな兵士。
そして、ライフルを持った兵士はそそくさと逃げる様に秀斗から離れていく。
彼の役目は今では無い。これからの一手の布石だ。
さて、本題の策はこれから――。意志を強く持つ様に右拳を力強く握った。
「――さて、やりますか」
大きく深呼吸をして、意識を研ぎ澄ませる。
大井田くん。
今から君に証明しよう。
学誉がすべてじゃないことを――。
秀斗は心の中で大井田にそう告げた。
「発動――」
そう呟くと、秀斗の右手に黒い球体が出現する。
野球ボールより小さな真っ黒い球体。右手で力強く握りしめ、秀斗はその黒い球体を勢いよく床へと叩きつけた。
床に衝突した際、紙風船が破裂した様な音が周囲に響き渡る。
叩きつけた衝撃で黒い球体は粉砕され、灰色の煙が立ち込めた。
「な、なんだ?」
その音に大井田は慌てた様な顔で、音が出た方角を見る。
あいつは何をしようとしている――。いったい、何がしたいのだ。
大井田には考えても考えても、秀斗の行動が読めなかった。
充満する灰色の世界。やがて、秀斗すらも包み込む。
「煙幕は成功――かな」
灰色の世界の中、秀斗は呟く様にそう言った。
黒い球体の正体は煙玉。これもまたオプションの一つだった。
秀斗は吹き抜けとは反対の方向の角へとしゃがみ、息を潜めながらも身を寄せる。
この煙幕の効果時間は約五分間。言わば、タイムリミット。
その間で僕は戦況を大きく変えるのだ――。
(武士、頼んだよー)
掠れた様な小さな声で秀斗は武士にそう言った。
煙幕の中、武士は狂乱した様な動きする。位置を特定出来ない様に動き回り、常に刀を振るっていた。
命名するならば、狂乱舞(クレイジー・ダンス)。
敵の存在に気づいた銃撃兵たちは、互いに音が鳴る方へ銃撃を放った。
しかし、武士には当たらない。無論、秀斗にも当たらない。武士はその小さな身体とスピードで銃撃を免れていたのだ。
銃弾が鎧に当たった様な金属音が聞こえ始める。次第にその回数は増えていった。
(よし――っ)
秀斗は心の中でガッツポーズをした。
音の理由。銃撃兵が味方の銃撃兵に銃弾を当ててしまった音だ。
僕はこの時を待っていたのだ――。彼らが互いの銃弾で共倒れすることを。
それにその様子だと、互いの位置情報は把握出来ていない様に見えた。
意識共有や指示指令が出来ていない。つまり、司令官である大井田にも、二体の銃撃兵の位置はわからないと言うことだ。必然的に戦況も理解していないだろう。
スパンっと何かが斬れる音が聞こえ、倒れた様な大きな物音がした。
武士が銃撃兵の足を切断し、銃撃兵がその場に倒れた音だ。
となれば、残るはもう一体――。着々と大井田の戦力は減っている。
(これなら――)
煙幕の中、秀斗は光が見えた様な晴れた顔をする。
ゆっくりと落ち着いて考えれば――勝てる。秀斗はそう考えていた。
その時だった。静止しているはずの黒煙が動いた。
そして、次第に黒煙が風に吹かれた様に飛ばされていく。
(なっ――っ!?)
煙幕の硬化時間が切れたのか――。秀斗は瞬時に推測する。
いや、まだ五分――三分も経っていない。ならば、どういうことだ。
――いったい、何が起きたのだ。
予想していない。五分間、このままじっとしているはずだった。
なのに、どうして黒煙が晴れていくのだ――。焦りながらも秀斗は風の出所へ視線を向けた。
風の出所。そこは吹き抜けの方だった。さらにその先を秀斗は辿る。
吹き抜け部にいたのは、さっきのドローン。四つあるプロペラのうち、対角の二つのプロペラをこちらへ向けていたのだ。
(まさか――)
青ざめた様な顔で秀斗は困惑する。
まさか、プロペラの風で黒煙を吹き飛ばしたのか――。咄嗟に秀斗は理解する。
単純にそのプロペラを送風機代わりにして黒煙を飛ばしたのだ。
気がつかなかった。ドローンと言うものを深く理解していなかった。
今思えば、単純なこと――。どうして僕は気がつかなかったのだ。
失態が棘の様に秀斗の心へ突き刺さった。だが、それに悲観している場合でもない。
今もこうして、時は動いている――。天才崩理は続いているのだ。
やがて、黒煙が消え、世界は晴れる。
「まじか――」
その光景に秀斗はゆっくりとため息をついた。
秀斗の数メートル先に――銃撃兵。それは煙幕が晴れた予想通りの光景だった。
すると、武士は銃撃兵を見るなり、迎撃する様に銃撃兵へ一目散に向かって行った。
銃撃兵は武士を確認すると、すぐさまサブマシンで迎撃する。
予想通り。一発の銃弾で武士は消滅する。それと同時――。秀斗は慌てて銃撃兵の方と逆方向へ逃げた。
武士の消滅はこの時点で必然的。もはや、この事態を避ける術は無かった。
今度は逃げる秀斗に、逃がすか、と言わんばかりに銃撃を放っていく。
自身に迫る数多の銃弾。これが実弾なら、きっと僕は死ぬだろう
「うっ!」
数発。銃撃兵の銃弾は秀斗の身体をすり抜け、校章へと当たった。
ダメージ判定なのか校章へ当たる度、心臓が震えた様な大きな振動が秀斗を襲う。心臓部に振動が来たからか、急に焦った気持ちになる。
これは所謂――パニックか。思考が上手く回らなくなっていた。
「落ち着け――僕」
秀斗は自身に言い聞かせる様にそう言って、深呼吸をする。
僕は天才崩理をしているのだ――。今一度、それを自覚する。
校章にダメージが与えられる度、振動は増えていた。
つまり、次第に心は焦り、慌て、追い詰められる。これが天才崩理――。客観的に面白いシステムだと、秀斗は思った。
様々なことを考えながらも急いで階段を上がり、三階へと辿り着く。
「まずいぞ……」
三階へ辿り着いた途端、階段横の壁にすぐさま隠れた。
また、大井田のドローンに見つかって、同じくだりになるのはごめんだ。
ひと息ついて自身の校章を見てみると、残りポイントは40。
どうやら、さっきの銃撃により六割もポイントが削られてしまった様だ。
次は――無い。と言うより、あってはならない。単純にさっきの銃撃をもう一度浴びれば、必然的に僕の校章のポイントが0になってしまうからだ。
一番の戦力である武士を失った。迂闊に出ても、ドローンですぐに見つかってしまう。
安易な動きは自身の首を絞め、敗北に直結する。
「――っ」
秀斗は現実を理解する様に大きく唾を飲みこんだ。
大井田の戦力は、僕を追いかけていた銃撃兵一体と大井田を守る銃撃兵一体。それと吹き抜け部にいるドローンと白銀の壁。
白銀シリーズとドローン。一つ一つが単体でも十分使える戦力だ。
「あれは邪魔だな……」
秀斗は吹き抜け部を動き回るドローンをチラッと見て、ため息をつく。
あんな便利な機器、僕の学誉ではさすがに使えない。機材購買室に売っているのは知っていたが、完全にノーマークだった。まさか、大井田くんが持っていたとは。
それにドローンは壊せたとしても、それと同時に居場所がばれてしまう。
居場所がばれるとなると、すぐさま銃撃兵が来る。これはイコールに近い。
少なくとも、銃撃兵との正面での戦闘は――避けなければならない。
――今ある手札の最善を。
秀斗は大きく息を吐き、心を落ち着かせて考えた。
「そろそろ使うか――」
残る僕の手札。最後のカードたち。
事前に計画していたあの策を講じるしか――無い。
「召喚――」
秀斗は小さく呟くと、目の前に小さな鳥が現れた。
鳩の様な灰色の鳥。兵士ではない、俗に言う召喚獣と言うもの。この召喚獣は、分類としては兵士側の分類に入る。立派な兵力なのだ。
無論、兵士と比べれば、攻撃力も防御力も低い。それ故、召喚獣を使う生徒を秀斗はあまり見たことが無かった。
だが、僕はあえて使おう――。この灰色の鳥にしか出来ないことがここにはある。
「発動――。さあ、頼んだよ」
そう言う秀斗の右手に黒い鉛玉が出現する。
ピンの様な突起物を取り外すと、灰色の鳥はそれを両足で掴み――飛んだ。
黒い鉛玉。それは手榴弾だった。
灰色の鳥は直接ホールへ――ではなく、逆側の廊下へと向かって行く。灰色の鳥が飛んで行くのを確認すると、秀斗はサーベルを投げる様な持ち方に変えた。
予定通り、このサーベルを投げナイフに――。
「ん―」
手を止め、秀斗は眉間にしわを寄せて、困った様に唸る。
いや、これはまだ残すべきか。やはり、投げナイフに使うのは勿体無い――か。
頭の中で幾つか別の用途を思い浮かべていた。
「――やっぱ、止めよう」
決めた様に頷くと、サーベルの持つ手を元に戻す。
そうだ。これは大井田くんへ直接、攻撃が出来る時に取って置いておこう。
深呼吸――。秀斗は自身の心を落ち着かせた。
これが僕の最善だ。新たな策を考えつく。そうだ、これで行こう。
「うりゃ!」
自身を奮い立たせる様に掛け声を上げ、ドローンへ向かってサブマシンガンを放つ。
数十発。数秒にして、ドローンは銃弾により破壊された。
――さて、これで目障りなドローンは無くなった。
気持ちを切り替える様に秀斗がひと息つくのと同時。何者かが勢いよく秀斗の方へ向かってくる足音が聞こえた。
勢いよく階段を駆けて行く。全速力。スタミナを知らない勢いだ。
予想通り。その足音の主は、先ほど秀斗を襲撃した残りの銃撃兵。
ならば、僕は銃撃兵を制圧しよう。先ほど考えた新しい策を講じる時だ。
「発動――」
秀斗は騎士を捕まえたのと同じロープを二本出現させる。
曲がり角の先の足元にロープを一本張り、吹き抜け外側へ一階床下に付くくらいの長さのロープを一本垂らす。
一つは銃撃兵用。もう一つは――僕用だ。ロープはそのために展開した。
「ははっ! ドローンを破壊したか! だが、もうお前の位置はわかっている!」
ホール部の中心。すべてを理解した様な口ぶりで大井田は叫んだ。
相変わらず、彼の居場所は最初から何一つ変わらない。未だにその周囲には銀色の壁が四方に展開されていた。
四方に――。つまり、上空には何も無いのだ。次第に秀斗に迫る銃撃兵の足音が近づいていく。
そして、曲がり角から銃撃兵が現れ――転んだ。
足元に張ったロープで銃撃兵は転び、その身体は強く床に叩きつけられる。その反動か、銃撃兵自身が持っていたサブマシンガンは秀斗の方へ転がっていった。
目の前にあるサブマシンガン。これは使っていい――と言うことか。
「ダブルフルショット――かな?」
そう言いつつも秀斗は持っていたサーベルを腰に差すと、転がったサブマシンガンを急いで拾い、右手に構えた。
まさか、サブマシンガンを落としてくれるとは――予想外。だが、好都合。
さてさて、有言実行。ダブルフルショットを行おうではないか――。二丁のサブマシンガンを倒れる銃撃兵向け、銃撃を浴びせる。
次第に銃弾が鎧に貫通した様な金属音が聞こえた。だが、秀斗は銃撃を止めない。
数秒後、右手に持っていたサブマシンガンが突然消滅する。それと同時に銃弾を浴びていた銃撃兵も消滅した。
「やっぱり、武器も同時に消えるのか――」
消滅した感覚を確かめる様に、秀斗は右拳を開いたり閉じたりする。そこにあったはずなのに、もう無かったかの様な感覚だ。
こうして、大井田の残る戦力は銃撃兵一体と白銀の壁のみ。
これで僕を追いかける兵士はいなくなった――。今がその時である。
「今だね――」
秀斗はそう言って、ホール部の上空を眺めた。
手榴弾を運んでいた灰色の鳥が、ホール部中心の上空へと辿り着いたのだ。
(今だよ――)
心の中で秀斗は灰色の鳥に指示を出す。
そして、灰色の鳥は両足首を開き、手榴弾を落とした。
白銀の壁の唯一の弱点。即ち大井田の弱点でもある。それは大井田を包む白銀の壁は四方だけにあり、上空には壁が無いことだった。
灰色の鳥の気配に気づいたのか、大井田は顔を上げた。
「し――手榴弾だと!?」
落ち始めた手榴弾を前に大井田は目を見開き驚く。
これで終わりだ――。手榴弾の威力なら、勝てるほどのダメージを与えられる。
秀斗は恐る恐る吹き抜け部からその行く末を眺めていた。
これで勝てれば良い――。
秀斗はそう思っていた。
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