第10話 秀人の天才崩理(3)
――果たして、これが最善か。
脳裏に過る一つの懸念。
気がついた様な顔で秀斗は引き金にかけた手を下ろし、騎士に背を向ける。
「まずいまずい。今、撃ったら、僕の居場所が――バレる」
全速力で来た道を戻り、秀斗は焦っている顔で言った。
ホール部が吹き抜けの構造。サブマシンガンの銃撃音の様な音は一番響く。
現にさっき銃撃音だって、ホール中に響くほどによく反響していた。
咄嗟にこのサブマシンガンで騎士へ迎撃を行っていたら、大井田に自分の居場所を知らせる様なものだった。
すると、騎士は走る秀斗の存在を認識したのか、後を追う様に走って来る。
見たところ、鎧の構成は銃撃兵と同じ。騎士の持つサーベルは、武士の日本刀と同じくらいの切れ味があると思った方が良い。
何せ、最高ランクの騎士。無論、切れ味も最高ランクだろう――。
ここで問題が。果たして、このサブマシンガンの銃弾はあの鎧を貫通出来るのか。
素朴な疑問だった。しかし、実際に試す機会は無い。
やってみたい――。秀斗は高まる好奇心を必死に抑えていた。
「んー、あのサーベル欲しいな」
騎士から逃げる中、秀斗は想像する。
あのサーベルの形状。投げナイフにちょうど良かった。三階からホール部へ投げたら、銃撃兵の一体は倒せるかもしれない。
さらに欲を言えば、あの白銀の壁も貫けるかも――、貫けるだろうか――。白銀の 壁を貫くサーベル。秀斗は想像しようとしたが、中々想像が出来なかった。
おそらく、無理だろう。貫けなかった場合のリスクが大き過ぎた。
結局はあの白銀の壁をどうにかしなければ、大井田本人までには辿り着かない。だとしても、騎士を倒す――即ち、彼の戦力を減らすことに越したことは無かった。
とりあえず、僕は目の前の敵から倒していこうか――。
「発動――」
迫る騎士の前で秀斗は立ち止まり、右手を騎士へ向け唱える。
秀斗の言葉で騎士の両側から突如、ゴム製のロープが飛び出した。飛び出した勢いのまま、ロープはぐるぐると騎士の身体に巻き付く。
巻き付いたロープに騎士は態勢を崩し、転ぶ様にその場に倒れた。
「さすが――昇降用ロープ」
ロープを振り払おうとする騎士を前に秀斗は感心した顔をする。
このロープはオプションである道具の一つだった。
このロープの本来の用途は、兵士の逃走や奇襲を行うために用いる。正式名は『昇降用ロープ』と言う道具だ。たかがロープ、されどロープ。しかも、ゴム製だ。
発動時の出現位置と出現速度を変えるだけでこんなことも出来る。
イメージは出来ていたが、こんなにも上手く出来るとは思っていなかった。
「ぶっしー。騎士の両腕、斬れる?」
秀斗は笑顔で武士にそう指示した。
騎士が手に持つサーベルでロープを斬られたら、一瞬で解けてしまう。
このまま放置すれば、解かされるのは時間の問題。さすれば、答えは一つである。
日本刀を持つ右手を上げ、武士は了解の合図を取る。そして、秀斗の指示通り、武士は騎士の両腕を勢いよく切断した。
目の前には両腕を無くした身動きの取れない一体の騎士。
倒さない。無論、騎士を倒せば銃撃兵同様、このサーベルは無くなってしまう。
「さて――と。投げナイフを入手出来ましたー」
落ちたサーベルを手に取り、その形状をまじまじと確認する。
左手にサブマシンガン、右手にサーベル。凄い二刀流だ。
現在、銃撃兵および騎士の二体の兵士が戦闘不能。
戦力として、おそらく銃撃兵の他に兵士がもう一体。おそらく、残している兵士は白銀の騎士だろう――。秀斗はそう推測していた。
大井田の戦力と戦況を理解した今、僕の次なる手は――。
「――仕掛けるか?」
声に出し、秀斗は自身に問う。
白銀の騎士であれば、対面での戦闘を避ければよい。対面以外ならば、僕にも勝機は十分あった。
だが、仕掛けるとしても、この状況でどう仕掛けるか――。
彼の戦略がわかったとしても、その戦略に勝てる術が見当たらなかった。追い詰める戦略があったとしても、彼に止めを刺せる一手が見つからない。
あの白銀の壁を越え、彼の校章さえも貫く最善の一手が。
秀斗はふと、持っていたサーベルを騎士の鎧に当てた。
「――硬いな」
眉間にしわを寄せ、秀斗は険しい顔をする。
サーベルを何度も騎士の鎧に当てて、互いの強度を確認する。予想以上に白銀の鎧の装甲は――硬い。やはり、強度も最高ランクか。
このサーベルでは容易に銃撃兵の鎧は斬れない――な。
「三体は――無理だな」
戦略を再び考えて、すぐさまため息をつく。
一体でもだまし討ちで何とか倒せたのに。それを三体。しかも、正面から。
銃撃兵の銃弾により、数秒で僕の校章はゼロになってしまうだろう。
「さて――どうするか」
秀斗は駆け足で歩きながら、次の一手を考えていた。
その時だった。吹き抜け部から何かの回転音が聞こえ始める。まるで、その回転音はヘリコプターの様なプロペラが回る音。
「――ん、何だ?」
恐る恐る秀斗は音の方――吹き抜け部へ歩いていく。
上昇している様な回転音をたて、突如現れる何か。
四つのプロペラを搭載した機体。これは――ドローンだ。
秀斗と出会った瞬間、ドローンのフロントの一部が赤く光った。
まさか、これは大井田の――。秀斗の血の気が一気に引いた。
「っ! そこにいたのか、明智!」
ホールの中心、大井田は歓喜に溢れた様な叫び声を上げる。
探していた――。銃撃も聞こえない。騎士からのレスポンスも無い。ホール外の戦況がわからず、大井田は苦戦していた。
だが、しかし秀斗の居場所がわかれば――容易いこと。
「まずいっ!」
居場所がばれた――。全身に鳥肌が立つ様な感覚が秀斗を襲う。
肉食動物に見つかった小動物の様な気分だった。
大井田の残る一手。予想していた白銀の騎士では無かった。
それがドローンとは――。これは想定していない。悔しさのあまり、感情的に秀斗は左手で壁を強く叩いた。
居場所が知られた以上、ここに留まる理由は一つも無い。秀斗は急いでこの場から逃げようとする。
すると、足音が聞こえ始めた。次第にその音は近づき、大きくなっていく。何かが階段から勢いよくこっちへ向かって来ていた。秀斗は瞬時に理解する。さっきと同じ音。これは――銃撃兵だ。それもこの音からして両側から。
つまり、二体の銃撃兵が秀斗を挟み込む様に迫って来ていた。
「これは――まずい」
苦い顔で秀斗は小さくため息をつく。
廊下部、両側からの奇襲。となると、退路は――無い。このままだと、僕は必然的に二体の銃撃兵と正面から向き合うことになってしまう。
武士の防御力は攻撃に特化させてしまったため皆無。銃撃兵の銃弾一発で消滅してしまうほどの防御力。もはや、ゼロに近い。銃撃兵に打たれて消滅する武士の姿が容易に想像ついた。
銃弾が数発でも校章へ当たれば、一定のダメージを超えてしまい敗北となる。
果たして何発の銃弾が当たれば、校章のポイントがゼロになるのか――。
威力、当たった角度、当たり所。多くの条件によりダメージ判定が確定する仕組みだろうから、一概に何発とは言えないのかもしれない。
最高ランクの銃撃兵の銃弾。仮に銃撃戦となっても、秀斗に勝ち目は無いだろう。
刻々と近づいていく足音。もう時間が無い。
この音は、そろそろ僕らの視界に彼らが映るほどの距離感だ。
――考えろ、最善を。
この状況を打開し、大井田を攻めることが出来る一手を――。
目を瞑り、全集中力を思考に注ぎ込む。流速が速くなる様に。頭の中で数々の策が駆け巡っていた。
一つでも見誤れば、窒息。そんな感覚が秀斗を襲う。
久しき感覚。
息苦しさが不思議と爽快感を生んでいた。
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