第9話 秀人の天才崩理(2)
「「天才崩理!」」
緊張感のあるその掛け声。
二人を囲む様に黄緑色の魔法陣が展開された。
魔法陣から広がる黄緑色の空間。
急速にホール部、学園中を覆っていった。
この空間こそ、天才崩理用の仮想世界。
構造物は現物のままであるが、これから出現するものはすべて仮想のものだ。
言わば、立体的なホログラム投影機。
間近で見る仮想世界。これが天才崩理か――。
秀斗は確認する様に周囲を見渡した。
「発動――《白銀の外壁(シルバー・ウォール)》」
すると、大井田はその場から動かず、一言呟く様にそう唱えた。
その瞬間、大井田の四方に高さ三メートルほどの銀色の壁が出現する。
本人と壁の距離は約一メートル。
大井田は幅二メートル四方の正方形の中心にいた。
「早いなっ!」
突如出現した白銀の壁に驚きつつも、秀斗は慌てて後退する。
過去の対戦記録でも確認した、白銀の壁。
画面で見るよりも、その白銀の壁は高く大きかった。
初手は大井田から――か。
秀斗は何も出来ずにいた。
起こる一つ一つのことを確認し、理解する。
今の思考はそれが精一杯だったのだ。
「さて、これで終わり――かな?」
自身が展開した白銀の壁に視界が遮られながらも、大井田は秀斗の方へ右手を向ける。
大井田の中では、次の技で決着がつくと思っていた。
「召喚――《白銀の銃撃士(シルバー・ガンリプレイサー)》」
大井田がそう唱えると、四方の白銀の壁の前に一体、計四体の兵士が出現する。
人と同じ身長。白銀の鎧。
白銀のサブマシンガンを手にしたその姿。
四体の最高ランクの銃撃兵。
これが大井田の主戦力だ。
過去の対戦でも同じ戦略。
ここまでは秀斗の予想通りだった。
予想はしていた。
だが、現状に思考が上手くついて行けていないのも事実。
召喚された白銀の銃撃兵のうち、秀斗に近い兵士がその銃口を秀斗に向ける。
銃撃兵がその引き金を引くと、大量の銃弾が秀斗を襲った。
「やばっ」
慌てて階段の後ろに隠れ、銃撃兵の視界から消える。
銃撃兵の視界から消えた後も聞こえる数多の銃撃音。
仮想世界じゃなければ、この階段はきっと一瞬にして無くなっていただろう。
さて、どうしようか。秀斗は小さく息を吐いた。
すると、銃撃音が止み、足音が聞こえ始める。
これは走っている足音。
秀斗は目を瞑り、推測する。
どうやら、さっきの銃撃兵がこっちに向かって来ている様だ。
正面であの銃撃は避けられない。
残念ながら、盾の様な武器は無い。
言わば、無防備。
大井田のいる一階は危険。
秀斗は慌てて階段を上がり、二階へと向かった。
「――いかんな」
何も出来ていない。
防いでもいないし、逃げてしかいない。
防戦一方ならぬ、逃戦一方。
次第に秀斗は焦り始めていた。
事前にどう動くかを考えていたはずだ。
だが、上手く動けていない。
やはり、イメージと現実は違う。
こんな現場なら尚更だ。
しかし、弱音を吐いている場合でも無い。
僕は変わると決めたのだ。
「召喚――」
深呼吸をした後、階段を駆け上がった先で秀斗は一体の兵士を召喚する。
日本刀を持った武士の様な風格の小さな兵士。
大きさは一メートルも無く、どこか柔らかい雰囲気を出していた。
購入したもので一番高かった兵士。
無駄なことは絶対に出来なかった。
秀斗の後を追う様に銃撃兵も駆け上がる。
残りの銃撃兵は主人である大井田を守る様に壁の前に待機していた。
その様子だと、現段階では三体の銃撃兵はこちらに来ない様に見える。
そして、銃撃兵は二階へと辿り着いた――。
「今だっ」
秀斗の合図と共に、武士は大きく日本刀を横に振りかざした。
武士が振りかざした場所は、銃撃兵の足首の位置。
そこは鎧と鎧の隙間だった。
正面では勝てない――。
ならば、違う方面から勝ちに行く。
秀斗は事前にこの武士の日本刀の切れ味レベルを最大値にしていた。
日本刀の切れ味が増した分、当然そのものの値段も高くなる。
正規品は秀斗の学誉では買えなかった。
それ故、大きさが大幅に小さくなる。
値段を下げられるところが大きさしか無かったのだ。
小さい兵士――。
秀斗には逆にこの大きさが好都合だった。
駆け上がった瞬間だったからか、銃撃兵は武士の存在に気づかない。
武士の振りかざされた日本刀。
勢いもあってか、抵抗無く銃撃兵の足首を切断した。
銃撃兵の足はその場で止まり、ふくらはぎより上の身体は勢いよく廊下を転がる。
転がった銃撃兵は受け身を取ると、
ほふく前進の様な姿勢になり、銃口を秀斗へ向けた。
思った以上に天才崩理の兵士は、冷静かつ俊敏な思考を持っている。
銃口を向ける銃撃兵。
その光景に秀斗は純粋に驚いた。
しかし、銃撃兵は引き金を引くことは出来なかった――。
銃撃兵が銃口を向けた瞬間、
鎧ごと両手首を武士に斬られたからである。
「至近距離なら、切れ味が高い日本刀でその鎧は斬れるんだね――」
両手足を失い、その場で悶える銃撃兵に秀斗は感心した顔で言う。
もしかしたら――。
そう思いながらも、決意したことが功を奏した様だ。
「さて、どうしようか」
動かなくなった銃撃兵を前に秀斗は考えた。
銃撃兵を倒すか、倒さないか。
戦況を大きく左右する重大な選択。
考える中、銃撃兵の横に置いてあるサブマシンガンが目に留まった。
このサブマシンガンはこの銃撃兵の武器。
つまり、銃撃兵の一部と言うこと。
銃撃兵を倒した場合、必然的に消えてしまうのだろうか。
では、倒さなければ――?
一つの仮説が秀斗の頭を過ぎった。
秀斗は恐る恐るそのサブマシンガンを拾い、手に取って構えてみる。
――何も起こらなかった。
秀斗は恐る恐る周囲を確認していた。
何も無い。
僕自身にも、この武器自体にも。
それにこのサブマシンガンは仮想世界の武器にも関わらず、持つことが出来ている。不思議な感覚だった。
これがこの学園が作ったシステム――天才崩理か。
この技術に秀斗は純粋に驚いた。
「――となると」
ゆっくりと目を瞑り、秀斗は新たな最善の策を考える。
あくまでも、校章への攻撃は『兵士たちの武器』でだ。
そうであれば、この武器も当然――該当する。
「さて、兵士が増えたな――一体」
気がついた様に目を開ける。
戦力が増えたのだ。
僕と言う名の兵士が――。
秀斗はサブマシンガンを構え、反対側の階段へ向かって行く。
「にしても――何も聞こえないな」
武士と共に走る中、秀斗は耳を澄ませた。
大井田が何をしているのか。
ここからでは何もわからない。
全体を映すモニターもホール周囲には無かった。
会議室や教室にはモニターが存在するが、
この場所からでは全体の戦況は読み取れない。
無論、ホールにいる大井田も同じ条件だ。
――僕だけではない。
「これが天才崩理――か」
秀斗はそう言うと、ゆっくりと笑みを浮かべた。
何もわからない。
故に寸前の判断、思考のみが頼り。
この天才崩理にマニュアルなど存在しないのだ――。
考える度、自分の中の何かが高速に循環していく感覚。
血が巡る。巡る智。
秀斗の思考はフル回転していた。
「さて――と」
自分がわかっている大井田の戦力を整理しよう。
銃撃兵が残り三体。
大井田を囲む四方の白銀の壁。
さすがに、大井田の学誉で兵士が四体は――少ない。
最高ランクの銃撃兵とは言え、彼の購入出来る数としては少ない数だ。
おそらく、念のために戦力を残しているのだろう。
何を残しているのか――。
あながち見当はついていた。
かく言う僕も、まだ武士の兵士一体しか召喚していない。
別に出し惜しみしているわけではないのだけど。
僕の戦力を出すタイミングは、今後の戦況次第だ。
「よし、この先だ――」
この角を曲がれば、反対側の階段へ着く――その時だった。
突如、曲がり角から白銀の騎士が現れる。
「っ!?」
目を見開き、秀斗は勢いよく立ち止まった。
そして、構えていたサブマシンガンを慌てて騎士へと向ける。
人と同じ身長。白銀の鎧。
白銀のサーベルを手にしたその姿。
これは《白銀の剣撃士(シルバー・ソードリプレイサー)》と呼ばれる兵士。
この白銀の騎士は大井田の剣撃用の兵士。
この兵士も最高ランクの能力を持っていた。
そもそも、この白銀シリーズ自体、天才崩理の中でもトップレベルの学誉を持つ者しか買えないシリーズだ。
大井田はその白銀シリーズの使い手で、一年の頃から白銀シリーズを使っている。
それもあってか一時期、白銀シリーズは一部の生徒から大井田シリーズと言われていた。
「次は白銀の騎士――か」
秀斗はゆっくりと後退しながら、深呼吸をする。
いずれ白銀の騎士が来るのはわかっていたが、このタイミングは予想外だった。
秀斗がホールから離れた後、大井田が召喚していたのだ。
その様子だと、僕を探しに来たわけではなく、巡回して僕に出くわした様に見える。
この距離なら、さっきの銃撃兵の様な攻撃をこの騎士に――。
秀斗はそう思い、サブマシンガンを騎士に向け、引き金に手をかけた――。
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