第8話 秀人の天才崩理(1)

 

 放課後。

 学園のホール部に秀斗はいた。


「おっ、てっきり俺はお前が逃げると思っていたぞ――明智」

 ホールに来た秀斗を見るなり、先にいた大井田はそう言って嘲笑う。


 大井田の雰囲気は余裕そのものだった。

 不安の欠片すら無い。


 これが強者の風格なのか。

 秀斗は素直に感心した。


「んー、逃げたら不戦敗でゼロになるからね」

 戦って勝つのか、戦って負けるのか。

 嘲笑う大井田に秀斗は顔色変えずにそう言った。


 少なくとも今の秀斗に、戦わずにして負ける、と言う選択肢は無かった。


「どちらにせよ、お前の学誉はゼロになるんだからさー。戦うか戦わないかなんて、どちらも結果は変わらないんじゃないか?」

 大井田は哀れむ様な眼差しを秀斗に向ける。


 戦って恥を掻くくらいなら、最初から不戦敗の方が良い。

 大井田は僕にそう提案しているのだ。


 遠回しかつ嘲笑いながら。

 相変わらず、捻くれた性格をしている。


「まあ、それはこれから次第――だよね?」

 煽り返す様に秀斗は返す。


 あたかも秀斗が負ける前提の話。

 大井田の頭の中に敗北は無かった。


 やるか、やらないか。

 やらない世界にやった先の世界は存在しない。


 無論、やった先の世界に行きたければ、やるしかないのだ――。


 やるとしても勝つ。

 それが最善かつ最高の結果だ。


「それも――そうか」

 道理的だったのか、意外にも大井田は秀斗の言葉を受け止める。


 そして、二人はホールの中心で向かい合った。


 残り数分で天才崩理が始まる――。

 不思議と秀斗は緊張していなかった。

 むしろ、心は落ち着いている。


「なあ、明智」

 そう言う大井田はどこか解せない顔をしている。

「ん?」

「教えてくれよ。どうして、お前が俺に挑んだのか」

 少し睨む様な目つきを秀斗に向ける。


 一日が経ち、大井田は納得していなかった。

 学誉の差が大きいのをわかってまで、秀斗が天才崩理を挑んだ理由が。


 道理的で無い。

 合理的でも無い。

 何の得も無いはずのこの戦いを。


「どうして、僕が君に挑んだか――か」

 さて、それはなぜか。

「その学誉でどうして天才崩理を仕掛けたかだよ」

 唖然とした顔で大井田は言った。

「ああ。そのことか」

 秀斗は思い出した様に頷き、感心した顔になる。


 僕が君に天才崩理を挑んだ理由――か。


「なあ、教えてくれよ、明智」

「――それは戦えばわかるさ」

 即答。秀斗は大井田に釘を刺す様にそう言った。


 戦えばわかる。

 まあ、わかるのは戦った結果――その先だ。

 結果が必然的にその事実を知らしめる。

 それだけの話なのだ。


「ほう――それは面白い。負けてもお前の退学は取り消せないぞ」

 興味があるのか、大井田はわくわくした顔で大きく頷いた。


 なら、戦いの中でその理由を知ろう――。

 無論、その理由がわかるまでは俺に負けるなよ――明智。


「うん。元より、そのつもりだよ」

 少し威圧的な口調で秀斗は言う。


 そのつもり――。

 退学するつもり。


 いや――違う。


 勝つつもりなのだ、僕は。

 この天才崩理で学誉8位の彼に勝つつもりなのだ。


 

 定刻。

 ホール中心部。


 静寂で無音とも言える空間。

 

 不安、緊張感、不純物。

 自身にあるそのすべて吐き出す様に。

 

 秀斗は大きく息を吐いた。


 これから始まる僕の天才崩理。

 

 待つのは、幸か、不幸か――。


 一定の距離を取り、秀斗と大井田は右手を相手へかざす。


 ―――


『二年B組 明智 秀斗』

    対 

『二年A組 大井田 健司』


 天才崩理を始めます――。


 ―――


 学園中に響く校内アナウンス。

 そのアナウンスが聞こえると、二人は一斉に声を出した。



「「天才崩理!」」



 今、始まる。

 秀人の天才崩理が――。


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