第6話 天才崩理、前夜(大井田)


 放課後。


 大井田は機材購買室付近を徘徊する様に歩いていた。


 新たな兵を買うか、買わないか。

 大井田は迷っていた。


「明智対策か?」

 徘徊する大井田に一人の男子生徒が声を掛ける。

「っ――お前か」

 大井田は驚く様に慌てて振り向いた。


 そして、男子生徒の素性を理解するなり、途端に不機嫌な顔になる。


「そんな顔をするなよ――大井田」

 大井田の顔を見るなり、男子生徒は困った顔で笑みを浮かべた。

「何だよ、藤堂。お前が俺に話しかけるなんて――珍しい」

 不信感がある様な眼差しを大井田は向ける。


 男子生徒の名は藤堂史郎(とうどうしろう)。

 細身の長身で眼鏡を掛け、常に落ち着いた雰囲気を放っていた。


 藤堂は二年学誉総合ランキング1位、言わば学年主席。

 学年の頂点に立つ生徒だった。


 必然的にこの天才崩理に勝利すれば、この男を超える。


 突如、目の前に現れた自身の野望。

 その夢の様な可能性。

 大井田は高揚に近い緊張感を覚えていた。


「そうか? それで買うのか?」

「……迷っている」

 自覚する様に大井田はゆっくりと頷く。

「あれ以上に何か買うやつがあるのか?」

「買うべきか。そもそも、あいつが何を使うのか」

「――わからない。あいつは今も何を考えているのかわからない」

 大井田の言葉に自身の言葉を乗せ、藤堂は補足する。

「それに天才崩理は初めてだそうだ」

「はっ――? 本当にか?」

 吹き出す様な笑い方をして藤堂は不思議な顔をする。


 初めての天才崩理で学内ベスト8の大井田に挑んだ。

 そんな馬鹿と呼ぶべき無謀な生徒は聞いたことが無い。


「本当だよ。驚きを通り超えて拍子抜けだ。馬鹿が権力者に盾突くなんてな」

「……なら、それはもう――圧勝じゃないのか?」

 小さく藤堂は鼻で笑うと、大井田に問う。


 権力者。


 彼が自身をそう言うなら、

 自分はさらにその上の権力者であると彼は理解しているのだろうか。


 俺からすれば、お前も馬鹿の分類に入る時もあるんだよ、大井田。


「そうなるさ。いつものを使うから――きっと」

 秀斗を想像して、大井田は眉間にしわを寄せながらも頷いた。

「その顔は何か引っかかるのか?」

「天才崩理が初めて。それにも関わらず、この俺に挑むと言うことは、明智には何か秘策があるのか……?」

「秘策? ――それは気になるな」

 大井田の言葉に藤堂はわざとらしい態度を取る。


 あいつの秘策。

 明智がやることすべてが、世の秘策なのかもしれないが。

 それにこの俺と言うあたり、相変わらず自身の強さを過信しているようだ。


 藤堂は静かに大井田の言動を振り返る。


 ――その過信に飲み込まれるなよ、大井田。


「いやいや。それは――無いな。あの学誉差では勝てないだろ」

 秘策があったとしても。

 想像が出来なかったのか、大井田はあざ笑う様にそう言った。

「7倍か。そりゃ、そうだ。この学園では学誉が正義と言っても過言ではない」

 過去に2倍はあったが、7倍は聞いたことが無い。

 それに誰もが知る事実。

 良くも悪くも、この学園ではすべてが学誉で決まるのだ。

「そうだろ」

「だが――」


 すべてが学誉。

 それ故に――。


 藤堂は一つの可能性を想像した。


「だが?」

「それすらも超える『何か』を持つのかもしれないな。――あいつは」

 自由自在の思考を持つ彼なら、変えられるのかもしれない。


 ――僕らの理を。


 純粋に藤堂はその行く末が見たくなった。

「明智が……か?」

 大井田は藤堂の言葉に信じられない顔をする。

「ああ。あいつは雰囲気が違うんだ」

 それを俺は知っている。藤堂は過去の出来事を思い出していた。

「へー、学年主席の藤堂がそんなことを言うとは……意外だな」

「俺だって言うさ。人を見極めるのは、本当に難しいからな」

 第一印象だけでは人は図れない。俺もお前も、な。

「まあ、そのお前の見立ても外れるさ」

 鼻で笑うと大井田は不敵な笑みを浮かべた。

「はて、どうして?」

 藤堂はわざとらしく首を傾げる。

「俺が勝つからだ。――当然な」

 大井田は確勝を得ている様な顔で言い切った。

 いったい、どこからその自信は出て来るのか。

 藤堂は理解出来なかった。

 

 ――だから、過信なんだよ、大井田。


「ほぉー、それは期待しているよ。学年8位の大井田健司」

 そこまで言うなら、結果を出せ。

 結果こそ、言葉の肯定だ。

 藤堂は背中を向けて、この場を去って行く。

「相変わらず、引っかかる奴だ」

 藤堂の背中を不機嫌そう顔で眺めた。

 正直、クラスメイトではあるが、藤堂とは相性が悪い。無論、性格の話だ。

「まあ、どちらにせよ。明日からはあいつより俺の方が――上だ」


 大井田はその先にある景色を想像していた。

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