第4話 天才崩理とは


 教室や職員室などがある二階の廊下。


 秀斗が歩いていると、楓音が駆け足で歩いて来る。

 大井田と別れた後、楓音は職員室に行っていた。

 その様子だと、職員室での用事が終わった様に見える。


 彼女が転校して来たのは今日である。

 秀人は不思議とその事実を忘れていた。


「ねえ、どうしてなの?」

 秀斗に近づくなり、楓音は高圧的な眼差しを向ける。

 どこかその顔は、言いたくてしょうがなかった、そんな顔をしている。

「んー? どうしてって?」

 いったい何の話だろうか。

 何食わぬ顔で秀斗は返す。

「そりゃ――あなたが天才崩理を挑んだことよ」

 突き刺す様な鋭い目つきを放った。

「あー、それのことか」


 放たれた圧の様な何か。

 それを避ける様な仕草をして、秀斗はようやく話の意図を理解する。


 少しだけ胸が痛い。

 どうやら、彼女の放つ圧を避けきれていなかった様だ。


「それでこの時間は何なの…? すぐ始まらないの?」

 周囲を見渡し、楓音は不思議そうな顔をする。


 職員室から慌てて出てきたあたり、

 天才崩理が始まっていると思っていた様だ。


「うん。天才崩理の開始は翌日なんだよ」

 不思議そうな顔をする彼女の前で秀斗は淡々した口調で言う。


 天才崩理自体は、受諾日の翌日に始まるのだ。


「翌日――? 何故?」

 眉間にしわを寄せ、楓音は不機嫌そうな顔をする。

「それはこの間に各々準備するものがあるんだよ」

 秀斗はそう言うと、とある部屋の前で足を止めた。


 機材購買室。

 扉の名札にはそう書かれてある。

 文房具などを販売している資材購買室とは、別の購買室だった。

 学校で機材を売るとはどう言うことなのか。楓音は呆然とする。


「何を…?」

 楓音が不思議そうに聞くと、秀斗は返事もせずに中へと入って行く。

 訳もわからず、秀斗についていく様に楓音も中へと入った。


 ここはいったい何の部屋――。

 途端に楓音は不安になる。


 二人が中に入ると、そこには大小の兵隊や模型などが展示された部屋だった。

 まるで、おもちゃ屋さん。楓音の印象はまさにそれだった。


「あ、どうも千代さん。こんにちは」

 部屋の中心にあった受付に座っている女性、千代に秀斗は挨拶する。

 高齢の女性だが、どこか活気がある雰囲気があった。


「あら、いらっしゃい――って、どうしてお前が買いに来る立場なんだい?」

 秀斗を見るなり、千代は不満げな顔で言う。

「あー、それは僕も買いに来る立場になってしまったってことですよ」

 ため息交じりに秀斗は笑いながら言った。

 その流れを見て、楓音は二人が親しい仲だと察する。

「そりゃ――珍しい。どういう風の吹き回しだい?」

 少し唖然とした顔で千代は両手を広げ、さっぱり、と言う仕草をする。

「そんなにですか?」

 千代の態度に秀斗は口を半開きにして、驚いていた。


 オーバーリアクション過ぎないだろうか――千代さん。


「入学から『天才崩理はしない』と言い切っていたのに、こりゃまたどうして?」

 大きくため息をついて、千代は椅子から立ち上がる。

 どうやら、この部屋はあの天才崩理に関係がある部屋の様だ。

「あー、確かに言っていましたね。――当時の僕は」

 思い出した様に秀斗は、しまった、と言いたげな顔をする。


 確かに僕は千代さんたちの前でそう言った。

 ――間違いない。


 秀斗は当時の自分の発言を思い出していた。


「それは私のせいなんです」

 すると、千代との会話を聞いた楓音が話に割り込む。


 彼は大井田に天才崩理を挑んだ。

 必然的に自身が原因であると楓音は思っていた。


「ん――? お嬢ちゃん、こいつの連れかい?」

 秀斗の隣にいた楓音を千代はまじまじと見つめる。

「連れ…? まあ、連れですね」

 語弊があると思ったのか、秀斗は首を傾げる。

 そう言えば、僕は案内役で彼女に校内を案内していた途中だ。

 確かに、連れと言われれば、彼女は僕の連れになるだろう。

 秀斗は納得する様に頷いていた。

「ふーん…。と言うことは、女のためかい?」

 推測した様に千代は不思議そうな顔をする。

「いやいやいや。千代さん、ストレート過ぎません?」

 両手と首を左右に振り、否定する様な仕草をする。


 別に女――彼女のためでは無かった。

 改めて、秀斗は思う。


「何を言っているのさ。女は直感で思ったことはいつでもストレートにだよ」

 ゆっくりと歩き、千代は満足した様な顔を秀斗に向けた。

「えええ……」

 不思議な名言をごり押しされた秀斗は引き気味な顔になる。


 相変わらず、千代さんの流れはわからない。

 長年、千代を知っている秀斗でも彼女の流れ、思考を推測出来なかった。


「で、どうするんだい? その天才崩理に勝算はあるのかい?」

「いやー、それが困ったことに……」

 小さくため息をつき、右手で櫛の様に後ろ髪をとかした。

「は? もじもじしないでさっさと言いなっ」

 楓音よりも鋭い目つきを秀斗に向ける。

 その目つきのせいか、隣にいた楓音は硬直した様に立ち止まった。


 何て言おうか。

 秀斗は千代に説明するための適切な言葉を考える。


「――学誉35,000の生徒との天才崩理なんですよね」

 息を吐く様に疲れ切った声を出す。

 考え抜いた結果の言葉がこれだった。


 我ながら、もう少し良い言葉が無かったのか。

 秀斗は心の中でため息をつく。


「はあぁ?」

 何かが引っかかっている様な低い声。

 千代は唖然とした顔で言った。

「えー」

 千代の表情に秀斗は困った顔をする。

 

 予想通りの表情。

 こんなに低い声で言われるとは思っていなかったけど。


「何を馬鹿なことをやっているんだい? 模擬戦かい?」

「いえ、僕の学誉をすべて賭けた本戦です」

 紛れも無く僕のすべてを賭けた戦いだ。

「……」

 千代は秀斗の言葉に無言で何度も瞬きを繰り返す。

「あれ、千代さん?」

「……お前は私が思っていた以上に馬鹿だったようだね」

 大きくため息をついて、千代はそう言った。

 

 言葉のわりにその顔はがっかりしていない。

 楓音は千代を見てそう感じていた。


「んー、否定出来ないですね」

 馬鹿と言われれば、大馬鹿者だろう僕は――。秀斗は苦い顔をした。

 

 傍から見れば無謀。

 確勝が無いまま、彼に天才崩理を挑んだ。

 それは間違いない。


「まあ、いいさ。それにお前は勝算の無い戦いはしないだろ? ――昔から」

 微笑み、千代は嬉しそうな顔をする。千代はかつての秀斗を知っていた。

「――そうですね」

 秀斗も笑みを浮かべて小さく頷く。


 かつての僕は勝算の無い戦いはしなかった。


「で、お前はどれを選ぶ? 考える時間は必要だろ?」

 千代は自身の前にあるショーケースを眺めてそう言う。

「うーん、そうですね」

 秀斗はそう言うと、ショーケースに並ぶ兵隊や模型を眺めた。


 さて、何を買おうか。

 それ以前にどう戦うか――。

 それさえも決まっていなかった。


「ねえ、これは…?」

 眺める隣で彼女は不思議そうに首を傾げた。

「あら、お嬢ちゃん。ここが何か知らないのかい?」

「……はい」

 千代の言葉に楓音はどこか申し訳ない顔をする。

「お前は――全く…。何も説明しないでこの部屋に連れてきたのかい?」

 呆れた顔で秀斗を見つめると、千代は楓音に申し訳なさそうな顔をする。

「あー、そう言えば、そうですね」

 気がついた様な顔で秀斗は平然と頷く。

 機材購買室に来たら、自然と楓音がついて来た。

 確かに、何も説明していない。

「見ながらでも説明しろ。説明しないでやろうとする男は嫌われるよ」

 呆れた様に首を左右に振り、千代は視線を楓音に移した。

「あー……。そうですね、はい」

 相変わらず、意味深な言葉をこの人は――。

 秀斗は軽い返事をする。


 無論、やろうとする時は説明するさ。

 何とは言わないけど。

 

 とりあえず、天才崩理が何なのか――か。

 彼女が一番知りたいのはそれだろう。


 秀斗は彼女がどこまでこの学園の情報を知っているのかを推測した。


「まず、天才崩理とは――」

 ゆっくりと落ち着いた口調で秀斗は楓音に説明する。

 

 ―――


 天才崩理(アルカード)とは。

 互いに定めた学誉を賭ける学園制度の一つである。


 本戦は天才崩理が受理された翌日の放課後に開催される。


 舞台は学園の中心にあるホールから始まり、戦闘範囲は学園内すべて。


≪勝利条件≫

・制限時間内に敵の校章へ一定のダメージを与えた場合。

・制限時間内に敵が自身の意思で降参を申し出た場合。


 では、どうやって、『敵の校章へ一定のダメージ』を与えるか。

 それは通常、仮想の自軍の兵士たちが行うのだ。


 自軍の兵士とは。あらかじめ、選択した兵士たちを本戦で戦わせるのだ。

 言わば、仮想兵士などを用いた代理戦争。


 では、どうやって、自軍の兵士たちを集めるのか。

 兵士たちは自身の学誉のポイント分、この機材購買室で買えるのだ。


 おもちゃの兵隊、鎧の兵隊、鎧の騎士、兵隊の種類でも様々であり、

 武器や兵器も様々。学誉次第で優れた性能を持った兵士や武器などを購入出来る。

 

 そして、一日かけて戦略を練り、本戦へと挑むのだ。


 ―――

 

「――それが天才崩理」

 説明を聞いて、その内容を噛み締める様に楓音は呟いた。

 

 まるで、ゲーム。

 少しチェスに近い内容なのだろうか。

 説明を聞いて楓音はそう思った。


「さて、僕の兵士はどれにしようかなー」

 秀斗は自身の校章のポイントとショーケースを見比べる。


 相手は自分の7倍のポイントを持つ。

 必然的に戦力は7倍と思った方が良い。


 ここへ向かう前に大井田の過去の対戦履歴を見たが、

 どの対戦も戦略は一緒だった。


 最高ランク兵士と高い防御力を誇る外壁。

 自身の周りに外壁を展開し、外壁の外にいる兵士たちが敵を攻撃する。 


 大井田自身は何もせず、ただ終戦を待つだけ。

 そんな戦い方。


 外壁はほとんど同じだ。

 だが、最高ランク兵士が対戦により、異なっていた。


 銃撃専用の兵士や剣撃専用の兵士など、彼が使う兵士の種類は二種類。


 おそらく、直接戦闘になれば、到底敵うはずがない。

 戦力は勿論だが、火力が桁違いだ。


 仮に1,000ポイントで買える兵士が五人いたとしても、

 最高ランク5、000ポイントの銃撃兵士一人で、

 その五人は一瞬にして倒されてしまうだろう。


 天才崩理において兵士たちのポイントの合計が同じでも、

 同じ戦力になるわけでは無い。


 実際の戦争に近く、より現実的な制度となっていた。


 それに相手からすれば、僕は雑魚。

 であれば、彼はきっと銃撃専用の兵士を使うはずだ。

 雑魚を一掃するなら、やはり――銃撃だ。


 30,000ポイント分の銃撃専用兵士と5、000ポイント分の外壁。

 大井田が用意するだろう戦力を秀斗は考えた。


 まあ、10,000ポイントくらいは、

 別の戦力を用意するかもしれないけど。


「――参った。打つ手が無い」

 ハッとした顔で秀斗は呟いた。


 銃撃専用兵士に勝つ手が浮かばない。

 しかも、敵の周りには耐久性のある外壁ときた。

 そもそも、外壁だけでも僕の戦力で破壊出来るか怪しい。

 秀斗は大井田との対戦をイメージしていく。


「参ったって、どう言うこと?」

 隣で楓音が不安そうな顔で秀斗を見つめる。


 品のあるその顔立ち。

 じっと見つめるその姿を見て、楓音が美少女であることを秀斗は改めて認識した。


 ――可愛いんだもの。


「んー、イメージしても勝てる気がしなくてさー」

 投げやりになった様に両手を上げ、秀斗は困った顔をする。


 一分にも満たない時間。

 秀斗は幾つかの戦闘イメージをしていた。


 イメージしても、中々良い一手は思い浮かばない。

 秀斗は小さくため息をついた。


 この天才崩理。

 勝算はゼロに近い。無いわけじゃない。

 でも、限り無くゼロに近いのは間違いなかった。


「……? そのわりに諦めた様な雰囲気は感じられないけど?」

 秀斗の表情に楓音は解せない顔をする。

 やる気は無いように見えるが、楓音には諦めてはいない様に見えた。

「――そうだね。僕は心の中で諦めてないのかもしれないね」

 秀斗はどこか曖昧な顔をする。


 結局、勝てるのでは――。

 かつての自分がそうであったように。

 秀斗は変な自信があった。

 その自信の源は過去の成功体験からだろう。

 

 しかし、かつての自分と今の自分は違う。

 それに環境や相手も違った。


 過信はいけない。

 今の僕は、かつての僕では無いのだ――。


「なら、私はあなたのその自信を信じるわ」

 ホッとした様に楓音は笑みを浮かべる。


 あなたが諦めていないのならば、私はそれに賭ける――。

 楓音は秀斗を信頼していた。


「えー……。やけに僕を信頼してくれるね」

 楓音の言葉に秀斗は素直に驚く。


 いつぶりだろう。ここまで他人に信頼されたのは。

 いや、香織以外で――か。香織以外の人に信頼されたのはいつぶりか。

 秀斗は記憶を掘り起こす。


 中学生の頃、彼らに忌み嫌われる前ぶり――かな。

 秀斗は思い出した。


「そ、そうかしら?」

 言って恥ずかしくなったのか、楓音は少し顔を赤くする。

「それは僕のことを良く思ってくれているってこと?」

「っ――。別にそんなんじゃないわよっ」

 さらに顔が赤くなると、楓音は鋭い目つきで秀斗を睨んだ。

 でも、どこか彼のことを良く思っている自分がいる。

 楓音は不思議な気持ちだった。

「まあ、僕は今の僕が出来ることをするよ」

 そう言って秀斗は背を向けると右手を振り、楓音に別れる仕草をする。


 そして、機材購買室を出て行った。


 さて、今の僕の最善はどれほどか――。


 純粋に秀斗もそれには興味があった。



 ―――



 教室前の廊下を歩いていると、担任の谷口が立っていた。

 教室の壁を背もたれにして立つその姿は、誰かを待っている様に見える。


 秀斗に気づくと、すぐさま解せない顔をする。

 まるで、面倒なものを見る様な態度だ。


 ――確かにあなたからすれば、今の僕ほど面倒なものは無い。


「あ、どうも谷やん」

 右手を上げ、何食わぬ顔で秀斗は挨拶をして、教室へ入ろうとした。

 僕を待っていた様だけど、進んで話すことは特にない。

 別に仲良くは無いのだから。

「――おい。待て、明智」

 普段は気が抜けた様な顔をしているが、今の谷口は強張った表情をしていた。


 途端に空気が重くなる。

 谷口は深々と重い雰囲気を放っていた。


「え、どうしたんです?」

 初めて見る谷口の表情に秀斗は一瞬困惑した。

 逆にそれほどのことなのだ。彼の用件は。

「どうしたんです――? じゃなねえよ。どう言うことだ――天才崩理」

 谷口は好戦的な口調で口を尖らせた。

 不思議と違和感の無い雰囲気に、これが本来の谷口の姿なのだと秀斗は察する。

「あー……。あー、そう言うことですか」

 その単語を聞いて、秀斗は確信した様に納得した。

「相手はあの大井田だぞ?」

「そうですね」

「どうして仕掛けた? 負ければ、退学だぞ?」

 鋭い口調のわりに怒っている様には見えない。

「そうですねー」

 負ければ退学。秀斗は途端に困った顔をする。


 そう言えばそうだ。

 負ければ退学と言う可能性は変わらない。


「さすがにあの条約での退学だと、俺じゃ白紙に出来ないからな?」

 めんどくさそうな顔で谷口は眉間にしわを寄せる。

「それはそうですよね。まあ――そのつもりはないですよ」

 負けて退学処理となったとしても、僕は潔く受け止めよう。

「勝つ気……なのか?」

 開いた口が塞がらない。

 秀斗の言葉に谷口は信じられない顔をしていた。

「んー、勝つ気……。あるはありますけど……ね」

 どこか曖昧な顔で秀斗は言った。

 ある、そう断言は出来ない。

 それほど、不安や懸念事項が多いからだ。

「お前も知っているだろうが、天才崩理は学誉の高さが勝敗を決める」

 諭す様に谷口は説明する。

「そうですよね」

「なぜかわかるか?」

「なぜ――か、ですか?」

「ああ」

「切磋琢磨するため、ですか?」

 建前はそうだと思うけど。

「――いや、それもあるな」

 一瞬、悩んで秀斗の言葉に納得する。

「それも――?」

 つまりは他にも理由があると言うことだ。

「……まあ、戦えばわかるさ。――きっとな」

 何か想像している様に谷口はゆっくりと微笑み、呑気にあくびをした。

 そして、職員室へと向かって行く。

 その後ろ姿は秀斗が良く知る普段の谷口だった。


 戦えばわかる――か。

 秀斗は考え込む様に俯いた。


「どちらにせよ、僕には勝つしか道は無いよなー」


 自ら選んだ茨の道。


 顔を上げ、秀斗は大きく息を吐いた。


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