第2話 転校生との出会い


「新学期か――」

 明智秀斗(あけちひでと)は校門の前で空を見上げる。


 秀斗は高校二年生になった。

 だからと言って、それと言った変化はない。


 創成学園。

 ここは高い学力を持った生徒を輩出する学園の一つだ。


 しかし、全員が高い学力を持っている訳ではない。

 一部の生徒がそうなだけなのだ。


「そうだよー。新学期だよ、秀斗ー」

 秀斗の隣で女子は笑顔で両手を広げた。


 おっとりとした雰囲気を出し、

 セミロングヘアーで包容力のある胸を持つ。


 彼女の名は白石香織(しらいしかおり)。

 秀斗の幼馴染だった。


「――まあ、何も変わらないしな」

 息を吐く様にそう言って、秀斗は下駄箱から自身の上靴を取り出す。

 何食わぬ顔で自身の教室へと向かって行く。


 進級しても、僕がやることは何も変わらない。

 

 ――何もしないで卒業すること。


 深い意味は無い。ただそれだけ。

 たったそれだけのことなのだ。


「ねえ、秀斗」

 秀斗の横を歩く香織は、視線を少し斜め上にして秀斗の目線と合わせようとする。


 秀斗の顎くらいまでの身長。

 香織の柔らかい白い肌。

 その感触は友達の女子によく触られるほどの心地良い。

 子供の頃はよく触っていたことを思い出す。


 その明るい雰囲気と仕草からか、彼女は一年の頃から男子に人気があった。

 彼女自身は知らない様だが、彼女を見ている男子は大勢いる。


 幼馴染の彼女は僕といることが多かった。

 僕らも高校生。そろそろ、香織に彼氏が出来ても可笑しくはなかった。

 秀斗は歩きながらふと思う。

 

 僕らの関係も変わらなければいけないかもしれない。

 ――残念ながら。


「ん? どうしたの香織?」

 透き通る彼女の瞳に秀斗は釘付けになる。


 高校生になって香織はさらに大人になった。

 雰囲気と言うか、容姿と言うか。


 愛らしい香織に見つめられ、不思議と秀斗は緊張していた。

「その――ううん。何でもない」

 何かを言おうとして、香織は首を左右に振り躊躇う。

 高校生になった秀斗は、香織の知るかつての秀斗とは違っていた。


 どちらの秀斗も嫌いではない。

 でも、香織には今の秀斗は秀斗らしくない気がしていた。


 まあ、どちらの秀斗も好きだけど――。


「変わらないさ。――僕の意思は」

 躊躇う香織に秀斗は『彼女が言おうとした言葉』の返事をする。


 きっと彼女は僕が何もしないことについて言及しようとしたのだろう。

 確かに、それはかつての僕らしくは無い――。

 秀斗はかつての自分を思い出していた。


「っ――その…無理しないでね?」

 ハッとした顔で驚くと、香織は心配した顔で秀斗を見つめた。


 かつての秀斗の表情が今でも香織の頭から離れない。


「ああ」

 秀斗は香織の意図を理解する様に強く頷いた。


 今の僕に誰かを変えられる人望は無い。

 それに無理などしない。

 そこまでする必要は無かった。

 誰かのためにやったとしても、それが認められるとは限らない。


 ――逆に忌み嫌われるなら尚更だ。


 忘れもしない。

 彼らの眼差しを――。


 思い出すと、秀斗は小さくため息をついた。


 こうして、二人は各々の教室へと入って行く。



 ―――


 一年前。


 中学三年生の夏。学校。


 秀斗は掃除当番のため、ゴミ出しをして教室へ戻るところだった。


『明智は気味が悪い』

 教室からはっきりと聞こえる、クラスメイトの言葉。


 今でも時々聞こえるその言葉、その声。

 瞳を閉じれば、すぐさま蘇る。


 理由は秀斗がクラス行事の出し物を決める時のことだった。


 彼らの要望全てに答えた内容を提案したのだ。

 ――何の打ち合わせも無く。


 それ故、彼らにとって、自身の気持ちを読み取られた様に思ったのだ。

 それに今までも、似た様なことがあった。

 その度に、似た様な感情があったのも確か。


 言葉の真意。

 それは当時の秀斗も理解していた――つもりだった。


 しかし、込み上げる感情が抑えきれ無い。

 まるで、溜まっていたものが溢れ出した様に。


 教室に背を向け、新鮮な空気を吸うために秀斗は早歩きで屋上を目指した。


 何も考えない。

 何も考えたくない。 


 彼らのために考えても、その結果がこれだ。

 これは余計なこと、不要なことなのだ。


 屋上の扉を勢い良く開けると、扉にもたれ掛かり大きく深呼吸をする。

「まじかー」

 思わず漏れた声。

 一気に脱力感が秀斗を襲った。


 彼らの偽りの無い声。

 紛れも無く、それが彼らの本音なのだ。


 不思議と考えてしまう、あらゆる物事を。

 ならば、その考えすらも止めれば良い。 


 思考が回る、その根幹から。

 考えると言う物事があるから、こんなことが起きてしまう。


 能天気だと言われるかもしれない。

 無関心と言われるかもしれない。


 でも、こんな気持ちになるくらいなら、そう言われた方がマシだろう。


「今日から、神童はいなくなる――」

 空を見上げ、秀斗は大きく息を吐いた。


 さようなら、今の僕。

 さようなら、僕の思考よ。

 

 だから、僕は考えるのを止めた。



 ―――



 二年B組。

 ホームルーム。


 進級したとは言え、クラスメイトのほとんどは知っている生徒だった。

 知っているとは言え、交流はゼロに近い生徒もいる。

 それに秀斗がただ知っているだけであって、相手は秀斗を知っているかわからなかった。


 一年の頃はほとんど目立ったことをしていない。


 きっと僕を知る人物はそんなにいないだろう。

 知っていても、クラスメイトだった生徒くらい――か。秀斗は推測した。


 それにこの先も目立ったことをする予定は無かった。


「えーっと、転校生を紹介する」

 去年同様の担任は挨拶をすると、少し戸惑った顔であくびをする。


 転校生――? この時期に編入とは珍しい。

 秀斗は不思議に思い、顔を上げた。


 そして、教室の扉が開き、小柄な少女はゆっくりと教室へと入って行く。


 歩く度に揺れるストレートの長髪。

 品のある可憐な顔立ち。


 一言で言うと、彼女は『美少女』そのものだった。


「韮崎楓音(にらさきかのん)と申します――」

 丁寧な口調で彼女、楓音はそう言って教卓の前で深々と礼をした。

 見た感じどこかの令嬢の様な雰囲気。

 あながち、親の都合での編入なのだろう。

「んじゃ――明智」

 すると、担任は空いている席の隣に座っていた秀斗に声を掛けた。

 どうしてこのタイミングなのか。

 クラスメイトの視線は一気に秀斗へ集中した。

「えっ、何でしょう?」

 秀斗もどうして自分が呼ばれたのかわからない顔をしている。


 別に担任との仲は悪くも無く、良くも無かった。

 それなのにどうして彼は僕を選んだのか。

 仲が良いならまだしも。

 秀斗は理解が出来ない顔をする。


 転校生の隣の席にいたから――か。

 数秒も経たずに秀斗は理解した。


「申し訳ないんだが、韮崎の案内頼めるか?」

 担任は掌を合わせ、秀斗にそう頼んだ。

「えっ、どうし――」

 どうして――。秀斗はそう言おうとした。


 言いたいことはわかる。

 隣だから、よろしく。

 そう言いたいのだろう。


 転校生が男子ならまだしも、彼女は可憐な女子。

 普通、人選は女子のはずだ。


 それに――めんどくさい。

 何故、僕がやらねばならないのだ。

 学級委員でも無いのに。


「いやー、申し訳ないな。頼んだよ――明智」

 わざとらしく申し訳なさそうに担任は告げた。

 相手が返事をする前に追加の言葉を放つ。

 そのため、相手は反論の余地が無い。

 それが担任の常套手段だった。

 悪い意味で頭が良い。

「――わかりました」

 気持ちが引いた様に秀斗は冷静な口調で頷いた。


 この状況、円滑には断り切れない。

 秀斗はそう考えていた。


 クラスメイトが僕を見ている中、言い争うのは目立つ行為。


 それに言い争う姿を転校生の彼女が見たら、良い思いはしないだろう。


 ここで争う利点は僕に無かった。

 言わば、妥協。


 自身でも驚くほど、秀斗は落ち着いていた。

「そのー、よろしくお願いします……」

 楓音は秀斗の隣の席に座ると、申し訳なさそうに頭を下げる。

 さっきの担任の表情とは違い、申し訳なさそうにする彼女の顔は本心に見えた。

 

 まあ、特に用事も無かったから良いだろう。

 ――仕方ない。


 学園内を一巡して、後は彼女の自主性に任せるだけだ。

 秀斗は後の流れを考える。

「よろしく、韮崎さん――」

 そう言って秀斗は楓音に笑顔を向けた。


 ――こうして、僕は彼女の案内役となった。


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