第19話 ファイト・クラブへようこそ
俺は自信過剰になっているわけじゃない。あのブラスモンキーとの戦いの際、スキルの重要性が身に染みて分かったし、挑発の必要性も理解したつもりでいる。
さぁ、ヤウクの脳内はどうなっているんだ?
「さっさと来いクソ餓鬼」
若干の不快感を感じているだけだ。先ほどまでの複雑な心境は一体どこに行ったんだ?
トキさんが彼を本物だと評した理由が、この意識の切り替えなのか?
「焦らなくても時間はまだありますよ…」
とは言ってみたものの、俺には殴り合いの経験なんて無いぞ!拳の握り方はこれで良いのか?立ち方は?クソッ!
―左足の踏み込み。
「うっ!」
慌てて一歩下がった。ヤウクは先読みされた事実に舌打ちすると、滑らかにファイティングポーズを取った。
「ふん、回避だけは一人前か。そんな生半可な小僧に舐められるとは……」
―助走をつけた跳び蹴り。
彼がジャンプしたとき、俺は既に左方向に飛びのいていた。これはチャンスだ、空中で身動きが取れない所を狙い撃ちしてやる!
―蹴る方向を横に変更。
俺が避けるのを見てから攻撃を変えた、しかも空中で。俺はもう重心を前に移動している。
「不愉快だ!」
「ぐぅっ!」
なんとか両腕をクロスさせて防御することが出来たが、痺れがひどくて使い物にならなそうだ。
まるで、バットで思い切り殴られたような、バイクに轢かれたような衝撃だった。
だが、幸運なことに彼は俺を蹴ったことで滞空時間が伸びた。次こそは確実に仕留める。
「おら!」
見様見まねのハイキックを繰り出した。ヤウクは着地に意識を割いているから、この一撃は避けられないはずだ!
―相手の脛に肘を当てて防御。
ほんの一瞬のうちに浮かんだイメージ。俺はそれが何を意味するのか、脛に激痛が走るまで分からなかった。
「い゛っっ!!」
反射的に体が硬直したところをヤウクに突き飛ばされ、尻もちをついた。
「く、くそ……あっ!」
ヤウクは何も言わず運動場を歩き去って行った。後を追うにも、両腕と片足が俺の言う事を聞かない。
こうなってしまった以上、もうどうしようもない。俺はダメージが回復するまで待ち、他の囚人たちの視線を受けながら自分の房に戻った。
「失敗か」
「もう、なんでわかるんですか……」
山狩りの死闘を潜り抜けたことで芽生えた自信が打ち砕かれ、意気消沈してしまった。
俺はベッドに横たわりながらヤウクとかわした約束と、完璧に負けたことについて説明をした。
「気持ちは分かるが、落ち込んでる暇が俺達にあるか?」
「……ま、ないですよね」
そんなことは分かっている。でも、俺はヤウクの強さを肌身に染みて理解してしまったんだ。
「はぁ……ちくしょー…」
「そろそろデレクが診療所から出てくるだろう。二人で稽古をつけてやるから心配はいらないぞ」
「稽古ですか…どのくらいやったら彼に勝てますかね?」
「ああ……二ヶ月で勝たせてやる」
二ヶ月ですか?そうトキさんに聞き返そうとしたが、ぐっとこらえた。ヤウクがこれまでに積み重ねた努力を考えれば、二ヶ月なんてあってないようなものだろう。
「そういえば、ヤウクは格闘の達人みたいな動きをしてましたけど、どうやって勝つんですか?」
「お前が正面から行ったら確実に負ける。泥臭くやるぞ」
「はい」
なるほど、スキルを駆使した搦め手か。あれ、それだったら二ヶ月も練習する必要があるだろうか?不意打ちの仕方を覚えることが出来れば良いんじゃないか?
俺が疑問を抱いたとき、ふとトキさんの独り言が聞こえた。
――さぁ、どこまで耐えられるかな…。
俺は聞かなかったことにして一日を終えた。
翌日の食堂では、デレクさんが昼食をもりもりと食べている姿が確認できた。安心と不安が俺の心を同時に襲った。
食事が盛られたプレートを持っていつもの席に座ると、デレクさんはニカっと笑って挨拶をした。
「よぉおめぇら!」
「元気そうでなによりだ」
「ええ……」
「なんだよチビ助、元気がねぇな」
「デレク、運動時間に格闘の稽古をつけてやってくれ」
「ああ?チビ助が、やるのか?」
「そうだ」
「別に構わねぇが、昼飯は吐くなよ、勿体ねぇから」
「は、はは。善処します…」
「大丈夫だ、死ぬことは無い」
心が、挫けそうだ。
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