第18話 拳の証明

 ヤウク・ステファノとの会話に失敗した俺は、一抹の不安を抱えて房に戻った。トキさんに声を掛けようとしたが、彼はベッドの上に正座し目をつむっていたので躊躇した。

 瞑想、って奴だろうか。そういえばトキさんの過去についてはほとんど何も知らない。もしかすると武道家だったりして。


「上手くいかなかったんだろう?」

「えっ……なんで分かったんですか?」

「気配だ」


 凄いを通り越して気持ち悪いレベルだ。ただ立っていても仕方ないので、俺はトキさんに助言をお願いした。

「やはり、一筋縄ではいかないか」

「どうしますかね」

「お前のスキルについて喋っても構わん。脱獄の計画についてもだ」

「…チクられたりしませんかね?」

「そんな男とは思えんし、仮にそうされたとして、証拠が無いだろう?」

 穴を掘って逃げようとしているわけでもないし、武器を溜め込んでいる訳でもない。証拠が無いと言えばそうだ。しかし、俺の手枷がスキル封じの手枷に変えられたら?

「スキルがばらされたら?」

「ロジャースを仲間に引き入れた時点で計画の遂行はギリギリ可能だ。それに、お前がスキルを使えることを知っている看守が既に居る以上、今ばらされたとしても手枷が変えられる可能性は低い。その上お前の持つ計測に心を読む効果があるなど、看守たちもそう簡単には信じないだろう」

「なるほど……」

 しかし、憶測に過ぎないと言えばそれまでだ。もし看守がヤウクの証言を信じたら不味いことになる。ヤウクにはリスクを取るだけの価値があるのか?

「心配するな、カズ」

 トキさんは鋭い光を放つ両目を開いた。

「アイツは本物だ」

「根拠は?」

「フッ、勘だ」

「勘、ですか」

「俺を信じられないか?」

「いや、逆にそこまで言い切ってくれるなら信じられます」

 失礼を承知で計測をトキさんに使った。読み取った感情に嘘偽りは含まれておらず、彼は本気でヤウクの必要性を確信しているみたいだ。

 なら、やるしかないだろう。


 翌日、昨日と同じ時刻に運動場に行ったら、ヤウクは全く同じ場所に座り込んでいた。読み取れる感情も特に変わらない。

「どうも」

「俺に構うな」

「一分、いや十秒だけでいい。俺の話を聞いてくれませんか?」

「五秒だ。そしてこれが俺とお前の最後の会話だ」

 彼の耳元に顔を寄せた。不安をねじ伏せ、俺は最重要情報をささやいた。


「俺はスキルを使えます。脱獄しましょう。看守も一人引き入れました」 

 彼の感情は一瞬停止した。

「なんだと?」

 俺はもう一度同じセリフを繰り返した。

 もう五秒はとっくに過ぎてるし、会話も続いてしまったがどうやら彼の興味を惹くことには成功――

「クソ餓鬼が、オツムが腐っていやがるのか?」

 声は荒げていないが、激怒している。計測を使うまでもない。

「脱獄脱獄と、餓鬼は馬鹿みたいにそう言いやがる。それに、スキルが使えるだ?そんでもって看守が仲間?お前、診療所で診てもらったらどうだ?」

 怒り方が普通じゃない。彼はどちらかと言うと冷静なタイプに見える。そんな人がただ変な奴に絡まれただけじゃ、こうはならない。

 彼の過去にはよほど大きな問題があるんだろう。

「スキルなら使えますよ、なんなら今使って見せましょうか?」

「もう二度と俺に話しかけるな。一生残る後悔をお前の体に刻まれたくなけりゃあな」

「左足に体重を乗せて立ち上がろうとする」

「なっ!」

「驚いて俺の方に振り向く」

「……ほぉ、気味の悪い特技だな、お礼に前歯でも折ってやろうか?」

 彼の右ストレートが放たれる寸前に、俺は体を後ろに倒して回避姿勢をとった。

 しかし、ワンテンポ遅れたはずの拳は俺の動きを上回り、鼻先にピタリと触れて止まった。

 冷や汗が出る。彼を日本に連れて帰ったらすぐさまボクシングチャンピオンになれそうだ。

「ふんっ!」

 左フックだ。今度はしゃがんで避けた。続けざまに放たれた膝蹴りも後ろに転がってかわした。

「ど、どうですか?」

「……」

 彼は驚愕に目を剥いて俺を見つめていた。もう一押しだ。

「あの看守、もうすぐトイレに行きますよ、そしてあの囚人は今、カードゲームでイカサマをしました」

「な……、あ!」


 看守はどこかに歩き去り、イカサマをした囚人はそれがバレて他の囚人たちに詰め寄られている。


「どうですか?俺の話を――」

「黙れ!!」


 一瞬、運動場が静まり返った。だが、囚人同士が怒鳴りあったり殴りあったりはしょっちゅうなので、すぐに通常運転に戻った。


「俺は、俺は……信じんぞ!なにかのトリックだ!」

「それは無理があるでしょ」

「うるさい!」

 彼は顔を片手で覆って、空いている手で俺を振り払った。

 そのまましばらく経って呼吸が落ち着いた頃、彼は平静を装って口を開いた。


「俺を倒せ」

「は?」

「そのスキルとやらを使って俺を倒せ。そうすれば信じてやるし、話も聞いてやろう」


 彼の頭の中には、混乱、怒り、逃避。そして僅かばかりの希望が見える。

 俺はその希望に賭けることにした。


「分かりました、貴方をぶちのめせばいいんですね」


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