第13話 覚悟

「お前ら、二人!う、動くなぁ!」

 歯抜けの囚人は俺の首に短剣を突き付け二人に脅しをかけた。

「こ、こいつの命が惜しけりゃ、お前らどっかに行きやがれ!」

 短剣が手の震えに合わせてカチャカチャ音を立てている。コイツも怖いんだ。ある意味、俺と一緒か。

 あまり頭が回転しない。一歩引いて自分自身を見ているような感じがする。

「俺達が消えたらチビ助はどうなるんだ」

「く、クソッ!全部こいつのせいだ、ぶっ殺してやるよぉ!」

 トキさんが冷めた目をして口を開いた。

「そうか、殺すのか」

「そうだよ!ゲヒャヒャヒャ!!!」

「なら、俺はお前を殺す。森の中で殺せなくても、牢獄の中で殺す。もとより出所できる身分ではない、俺は躊躇なくお前を殺す」

「え……あ……」


「気付け、馬鹿。おめぇはもう詰んでんだよ」

「なんだと、い、意味が解らねぇっ!ふざけたことを抜かすなデレク!」

 デレクさんは舌打ちをすると、面倒くさそうに説明を始めた。

「だからよー、お前がチビ助を殺すんならお前は死ぬ。チビ助を放してくれんなら、まぁ分かるだろ?」

「俺を、助けるって!?嘘だ、嘘に決まってる!」

「お、分かってんじゃねぇか」

「なに、が……あ!」


 男の鼓動が速まったのが背中越しに伝わって来た。

「い、いやだ、まだ、死、死にたくねぇ!!」

「そりゃあ、そうだろうな。で、お前はどっちを選ぶ?もし俺達を信じてそいつを放すのなら、少しは可能性あるだろ?」

 男は静かに涙を流した。俺の首を絞める力が弱くなった。

 良かった、どうやら放してくれるらしい。


「わぁああああ!!!」

 男は俺の背中をどついて森の中に走り去って行った。

「あーあ、テンパりやがった」

「カズ、無事か?」

「はい、すいません、背中取られちゃいました……」

「気にするな。元はと言えば俺達が見逃したせいだ」

「そうだぜ、それよりお前、酷い面してるぞ。さっさと森を抜けて――」


 ぼん、と人が車に轢かれた様な音がした次の瞬間、俺達の頭上を黒い影が飛んで行った。

「あ、お前!」

「くそっ、間に合わなかったか!」

 さっき逃げて行った男が木の枝の間に引っかかっている。

 なんでだ?どうしてアイツがふっ飛んできたんだ?ま、まさか…。


 男は血だらけの口元からかすれた声で何か言った後、頭をだらりと下げた。

「素直に言う事聞いてりゃ楽に死ねたのにな、ありゃ結構苦しんで死んだと思わねぇか?トキよ」

「そんなこと言ってる場合か」

 トキさんはデレクさんの肩を小突いた。

「ふぅー……。こういう土壇場こそ、冗談の一つでも言っとかなきゃやってられねぇだろ?」

「一理あるな、だが趣味の悪い冗談だった」

「チビ助、下がってろ。次こそは背中に気を付けろよ。守ってやれるか分からん」

「え、な、まさか……」


「デレク、お前緊張してるな?」

「あ、バレた?いや俺もよ、ちょっとセンス無いこと言ったとは、思ってんだけどよ……」


 二人の額から汗が伝う。俺は急いで後ろに下がった。木の枝がへし折れる音が茂みから鳴った。今俺の心拍数を計ったら、きっと人生最高記録を叩き出すだろう。


 紺色の巨体が木々の間を窮屈そうに抜け出た。唾液を滝のように垂らしながら俺達を見定めている。

 サイレントベアは虎くらいの大きさだとトキさんは言っていた。しかし、計測を使って見たら、体長302㎝、体重512㎏と出た。そして状態は、空腹・憤怒。

 ホッキョクグマが腹を空かせて怒り狂っていたとして、それを武器を持った人間二人で倒せるか?


「こ、これは、無理だろぉ……」


 無意識に俺の口から本音がこぼれ出ていた。


 

「カズ!!!走れ!!!」


「うおおおお!!!」

デレクさんが熊を威嚇しながら立ちふさがった。トキさんは熊の後ろ側に回り込もうとした。

  

「ガアッッ!!!」

 手の平に短剣を五本くっつけているのかと思うほどの爪と、デレクさんの鉄槍がぶつかり合った。

「ぐぅっ!」

 デレクさんは吹き飛ばされながらも、折れた槍を熊に投げつけ注意を引き付けた。

 その隙を突いてトキさんは後ろ足を斬りつけた。傷は深そうだが、熊は怯むことなく振り向いて嚙みつこうとした。

「こっちだおら!!!」

「グォ!」

 デレクさんは死体から大剣を奪い取り熊の背中に叩きつけた。

 す、すごい、化け物相手にたった二人で渡り合ってる。これなら勝てるんじゃ?

「なにやってるカズ!さっさと逃げろ!!」

「そうだ!俺達も何とかして逃げる!だからさっさと――」

 会話を遮った熊の左フックをデレクさんはしゃがんで避けると剣を振り上げてカウンターをお見舞いした。

「わ、わかりました!先に行って待ってます!」


 俺が居ては二人が集中して戦えない。足が上手く動いてくれないが、それでも速く逃げなきゃ。

 そして応援を、ロジャースさんを呼ぼう。


「カズ!!!横に跳べ!!!」

 トキさんの声が10m後ろくらいから聞こえた。

「え?」

 トキさんは地面に横たわりながら叫んでいる。デレクさんは左腕を抑えて辛そうな顔で俺を見ている。

 5秒前まであんなに余裕そうだったのに、なぜ。俺の思考はフリーズしそうになった。しかし、サイレントベアは待ってくれない。


「グルゥアア!」

 

 たった一回の跳躍。それだけで、500㎏を超える巨体が俺の目の前まで迫っていた。

 10mの距離など、最初から存在しなかったかのようだった。

「うわあああ!!!」

 ギリギリ回避が間に合った。石ころや枝が擦れて痛い。

「はぁ、はぁ、あり得ないだろ!」

 サイレントベアの体当たりを受けた木がへし折れて倒れた。

 奴と目が合った。いてぇな、何避けてんだよ。そういう表情をしている気がした。


「クソ熊がぁ!こっち来いや!!」

 デレクさんは新しい槍を熊にぶん投げた。熊の肩に見事命中したが、どうやら大したダメージにはなっていないらしい。

 奴は体中から、特に後ろ足から血をだらだら流しているが、蚊に刺されたくらいにしか思ってないんじゃないか?まるで怯むそぶりを見せない。


「グォォォ……」

 奴はうなり声を上げると、またジャンプする姿勢になった。しかし、奴はデレクさんの方を見てはいない。

 地面に倒れたトキさんを狙っている。ま、まずい!ここでトキさんを失うわけにはいかない。そもそも俺は脱獄の為に戦っているんだ。メンバーが欠けた状態で成功は望めない。

 なら、俺がやるしかないだろう。


「おい、卑怯者」

 奴はちらりと俺を見た。

「かかってこいよ、ビビってるのか?」

 俺が一番ビビってるがな。このセリフは胸の奥に押しとどめておいた。

 奴は気にせずトキさんに飛び掛かろうとしたので、大きめの石を投げつけてやった。

 奴の殺意に満ち溢れた両目が俺を射抜く。人生で初めて見た死体、そして人が死ぬところ。もう俺の精神はぐちゃぐちゃだ。

 それでも、逃げて良い場面じゃないことくらいは分かる。引きつりそうになる顔を気合でコントロールして、熊と正面から睨みあった。


「だからさぁ、ビビってんの?お前」

「ゴアアア!!!!」


 挑発成功だ。








 



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