第14話 森の王

 サイレントベアはのっそりと立ち上がり左手を振りかぶった。逃げようと思ったが、恐怖で体が固まってしまった。

「ガァアア!」

 長く鋭利な爪が顔面に高速で近づいて来る。俺は、ここで終わりか?


 もうダメかと思った瞬間、俺と熊の間に大剣が差し込まれた。

「良い時間稼ぎだったぜ」

「デレクさん!」


「ふんっ!」

 続いてトキさんの刺突が熊の右目を貫いた。今度のは効いたみたいで、奴は大声で叫んでのけ反った。

「目をやった!畳みかけるぞ!!」

「良くやったぁあ!!!」

 

 ここからはもう一方的だった。熊の死角にトキさんが滑り込み斬撃を放つ、そしてトキさんにヘイトが集まらない様にデレクさんが戦況をコントロールする。

 大量の出血で次第に熊の動きが鈍くなり、奴はもう立っていることもままならなくなっていった。


「グルゥゥ……」

「サイレントベアよ、お前は勇敢に戦った。誇りを守って死ね」


「ウガアア!!!」

 奴はデレクさんの言葉の意味がなんとなく分かったのか、最後の力を振り絞りデレクさんに飛び掛かった。

 しかし、あの爆発的なジャンプをする体力は残っていなかった。デレクさんはひらりと身をかわした。

「トキ、決めろ!」

「ああ」

 奴の右目にもう一度剣が突き刺さった。今度は脳まで傷が達したようで、熊はもう二度と動くことは無かった。


「か、勝った……!!」


 二人とも息を切らせて地面に座り込んだ。

「く、くそ……腹は減ったし喉も乾いた!」

「はぁ……久々に死にかけたな」

「二人とも、怪我は…」

「俺は片腕にヒビが入ってるっぽいな」

「さっき奴に吹っ飛ばされた時に肋骨が何本か逝った。心配する怪我じゃない」

フィクションでしか聞いたことが無いセリフだ。

「こうしちゃいられねぇ、日が落ちる前に森を抜けるんだ。さもないと今度はホントにあの世行きだぜ」


 デレクさんはそう言って立ち上がると、ふらついて倒れ込みそうになった。

「おっと、悪いなチビ助」

「い、いえ!でも重いのでなるべく自分で立ってください……!」

 肩を貸すのがギリギリで間に合った。彼と俺との体重差は80㎏以上あるから、支えているだけで俺が怪我しそうだ。

「はっはっは!」

「ふっ、これでもデレクは軽くなったんだぞ?」

「う、噓でしょ?」

「監獄の飯が少なくてなぁ、随分小さくなったぜ」

 これで全盛期じゃないって言うのか……。デレクさんが一番の化け物じゃないか?


「ん?お前ら、なにか聞こえないか?」

 トキさんが耳に手を当てて立ち止まった。俺も同じようにして耳を澄ますと、たしかに聞こえる。

「猿の、鳴き声…?」

 ジャングルにいるような猿の声がかなり遠くから響いてくる。

「ま、まずい!つくづく今日はついてねぇ!」

「カズ、全速力だ!置いて行かれるなよ」

「え、ちょ、ちょっと!」


「はぁ、はぁ、いいかチビ助!今のはな、この森で一番凶暴な猿の声だ!」

「多分サイレントベアはアイツに縄張りを追われたんだろう!」

「猿が、熊より強いんですか!?」

「おうよ、奴の名前はブラスモンキー!スキルで体を金属みたいに固くできるんだ!スキル無しの俺達じゃ、何やったってかなわねぇ!」

「とにかく、速く森を抜ける!はぁ、はぁ、俺達に出来ることはそれだけだ!」


 後は、優しくない神様に祈るくらいだな。デレクさんはそう冗談を言ったが、誰も笑えなかった。本当にそれしか残された道が無かったからだと思う。



 何分走り続けただろう。30分?それとも1時間?あるいは、5分?

 時間の感覚があやふやだ。喉の奥から鉄の味がする。


 遠くから猿の声と共に、囚人の断末魔が聞こえた。これで3回目だ。

「明らかに、近づいてやがる……」

「森を出るまでもうすぐのはずだ、なんとか間に合ってくれ……」

 トキさんが珍しく切羽詰まっている。俺と初めて会った時以来だ。


「はぁ、はぁ、うっ!」

 木の根っこに引っかかった。転んではいない、躓いただけだ。

「カズ、大丈夫か?」

「は、はい……大丈夫です」

 あ、あれ?足が前に出ない。老人のようにヨタヨタと歩くので精いっぱいだ。そうか、ここが俺の限界か。

「ああ、陸上部にでも入っとけばよかったなぁ……」

「何、馬鹿な事言ってやがる、ぶん殴るぞカズ!」

「ト、トキ……」

「俺はもうダメです」

「復讐はどうなる!死ぬまで諦めるな!」


 諦めたいわけじゃないさ。足がもう、動かないんだ。

 断末魔と勝利の雄たけびがまた、森をこだました。間隔が狭まっている。

「速く行って下さい!もう、猿が……」

「俺が背負っていく!それでいいだろが!」

「待て!デレク!」

「なんだよ!」


 トキさんは人差し指を口の前に立てた。俺とデレクさんは反射的に口を閉じた。

 



――ミシ




鼓動が加速する。脂汗が滲み出て最悪の気分になった。



「上か!」


「ウキャアアアア!!!」


 体長200㎝、体重204㎏。状態、興奮・歓喜。






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