第12話 恐怖の幕開け
狼の魔物を撃退した後は、大して危険な目に遭うことは無かった。
どうやら他の囚人が間引きしたのが影響している様で、群れからはぐれた個体が何度か襲ってきただけだった。
「ふぃ~、腹減ったぜ」
「もうすぐ日が沈む。森の外側に向かおう」
「はい!」
よし、なんとか今日一日を生き延びることが出来た。木の隙間から見える空はほんのりオレンジ色だ。
森は暗くなるのが速いと以前聞いたことがある。あと二時間もすれば、森の中を進むのは厳しいだろうな。
「トキの判断が良かったからな、今日は大したことなかった。だが気を抜くなよ、何が起きるか分からん」
「気を付けます」
30分ほど進んだところで、どこかから濃い血の匂いが漂ってきた。気分が悪くなったが、どうやら匂いの発生源は俺達の進行方向上にあるらしい。
すぐに囚人の死体を発見した。ところどころ食べられている。
「うっ」
「無理に見ることは無い。俺たちに任せておけ」
「すいません、お願いします」
グロテスクにはアニメ漫画で慣れていると思っていたけど、本物は別物だ。本能的に受け付けない感じがする。
「こりゃ狼じゃないな」
「ああ、熊だ」
「く、熊ですか?」
俺は死体を見ないよう振り返らずに質問した。
「ああ、サイレントベアだ。大きさはそうだな、虎くらいか。体毛は紺色で名前の通り待ち伏せして狩りをする暗殺者だ」
「おい、確か夜行性じゃなかったか」
「ま、相手は生き物だ。ちょっと早起きしたくなったんだろうさ」
「ふーん、お偉い事で。おいチビ助、ペースを上げるぞ、熊に見つかるとマズイ」
「了解です」
足にかなり疲労が溜まっているけど熊に襲われるよりマシだ。熊が満腹の内に逃げよう。
「……クソ、止まれ」
「どうした、熊か?」
まだ5分も歩いていないのにトキさんが制止した。はやくこのあたりから逃げなきゃいけないのに。
「ある意味熊より面倒かもな」
「いやー、お嬢様とその騎士の御一行ですか。奇遇ですねぇ!」
スキンヘッド野郎だ。部下の数は……10人も連れて来やがった!
「おいボケども、減らねぇ口を閉じないと熊に食われるぞ。どきやがれ」
「こりゃ失礼デレクさんよ、だがここらで熊っていうとサイレントベアだろ?まだ日が出てるのにいるわけねーだろが、ボケはどっちだ、あ!?」
部下たちが下品に笑いながらジリジリと包囲網を広げ始めた。
「本当だ。つい先ほど熊に食われた死体を見た。お前たちと心中する義理は無い。通らせてもらうぞ」
「ちょ~っと、トキさん!勘違いしてねぇかな?」
スキンヘッドは自分の禿げ頭を指でトントンと叩きながら一歩踏み出した。
「俺ぁ、話し合いがしたいんじゃねぇ。秩序ってやつを乱してるムカつく野郎を教育してぇんだ、分かるだろ?」
「分からんな」
「そこで黙ってるお嬢様に用があるんだよ。あんたらと喧嘩したいわけじゃねぇ。そいつを置いて黙って消えてくれりゃあ良いんだよ!」
「できないな」
「そーかよ、じゃあ勝手にくたばれや」
奴の仲間が剣を振りかざしトキさんに突撃した。
「死ねやぁ!!」
しかし、剣より先にトキさんの拳が彼の顔面にめりこんだ。口から歯が飛び散ったのが見えた。
「ぶ、ぶげぇ…、は、歯がぁ、俺の歯……!」
「野郎ども、手加減は無しだやっちまえ!!!」
屈強な男たちが怒鳴り声をあげて突っ込んできた。
「チビ助、後ろを取られるなよ!」
「うわ!」
デレクさんが俺を太い木の方に突き飛ばした。
この人数相手、流石の二人も厳しいはずだ。俺も手助けしたい、したいけど。
「震えが、止まらない……!」
人を殺す覚悟なんて、出来ているわけがない!テレーズ相手なら躊躇なく殺せる気はする。でも、こいつらに対してそんなに恨みがあるわけでもないし……。
「どけやぁ!!」
「ぶあっ!!!」
デレクさんの槍に殴り飛ばされた男は、木の幹に激突したきり立ち上がらない。首が不自然に曲がっている。
当然だ。218㎝の元傭兵団団長にやられたんだ、死ぬに決まってる。
でもどうして、そんなに割り切れるんだ。躊躇はないのか!?
「ひ、ひぃい!許して、許して!」
「おいおい、お前らが望んだことだろ」
「ぎゃっ」
首に鉄槍が突き刺さった。
吐きそうだ。血の気が引いて目の前がチカチカする。
「カズ!殺しが怖いか!」
トキさんはスキンヘッドと鍔迫り合いをしながら俺に問いかけた。
「あ……う……」
震えて上手く喋れない。
「それでいい!ただ思い出せ!」
スキンヘッドの剣を弾き腹に蹴りを入れた。
「自分の命のために他の命を奪う、それが生きるということだろう!」
ぽーんと、生首が空に飛んだ。
まさに死屍累々。血と内臓の匂いで頭が狂いそうだ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……。トキ、敵は何人だった?」
「十一だ……クソ!」
「一人足りねぇ!」
「カズ!後ろだ!」
「え?」
最初にトキさんに殴られた囚人が、俺が寄りかかっている木の後ろから飛び出した。
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