第11話 山狩り開始

 武器を手に取り、生き物を殺す。俺がそんなことするなんて想像がイマイチできない。

 ただ、あまり恐ろしいとは思わない。この世界に来てから随分と図太くなった。お陰で朝まで眠れた。


 看守に連れられた俺達は農場の外側、山まで歩かされた。大体3時間は歩いたと思う。

「カズ、分かってるな」

「はい」

「気合い入れろよチビ助」

「了解です」


 俺が洗脳を解いた看守、ロジャースがさりげなく俺達の横を通り過ぎた。

 俺が舌打ちを二回すると、彼は三回した。これは非常事態の合図だ。昨晩教会に行って、スキンヘッドとのいざこざを話した。

 看守としての仕事があるからあまり手出しは出来ないが、それとなく見守ってやると、ロジャースは約束してくれた。


「囚人ども!目の前に置かれた木箱から各々好きな武器を取れ!」


 恐れおののく者、ストレス発散の機会に興奮している者、何も感じていない者。数千人の囚人が武器を取った。


 おいおい、思ってたより人数が多いぞ。魔獣を狩るのには多すぎるんじゃないか?

 俺は取り合えず錆びかけている槍を持った。


「では、第一棟の囚人はこちらに着いて来い!」


 それから、もう1時間歩かされた。俺達は山の端っこの方を任されるらしい。

「看守さんよー、脚が痛いな。もう戦えねぇよ」

「うるさい!私語は慎め!」

「おいおい、いいのかよ、そんな口きいてよ」


 アイツは俺の次に牢獄に入って来た男だ。計測を使って彼を見たら、身長190㎝、体重100㎏と出た。なるほど、年齢も若いし、スキルが無くても看守に勝てると思っているな。


「貴様、剣を抜いたな」

「へへ、それがなんだよビビってんのかコラ」

「アイススパイク」

 看守が呪文を唱えると、氷の杭が空中に生成された。しかし若い囚人はその杭を叩き折るようにして剣を振った。

「まだわけぇのに」

「勿体ないな」

 デレクさん達が呟いた瞬間、氷の杭は発射された。猛スピードで剣をへし折り、囚人の肩に突き刺さった。

「うぎゃ!」

「ふん、大人しくしておけばいいものを」

「や、野郎……!ぶっ殺して、うああああ!!」


 ドス、ドス、ドス。左肩、右足首、左太ももに杭が生えた。

「うっわ、痛そう……」

「今のうちに慣れとけよー、チビ助」

 いやいや、気軽に言ってくれるなぁ。

 看守は杭を変形させ、囚人の傷口を氷で覆い隠すと近くにいた大柄な囚人に担がせた。

「か、看守さん、こいつをどうするんで?」

「魔獣どもを引き寄せるエサにしろ」

「……へぇ、わかりました」


えげつないことを真顔で言いやがって。人権が無いどころか、虫以下の扱いを受けるのが囚人という事か。

 気持ちが引き締まった。デレクさんの言っていた、「死ぬ」という言葉の意味が分かった気がする。


「よぉし囚人ども!森に向かって進め!日が沈むまで戻って来るなよ!」


 デレクさんが俺達の肩に手を回して、小声で指示を出した。

「こっからは俺が指揮を執るぞ。こういう現場の経験はトキよりも長いし濃い」

「頼むぞ」「お願いします」

「よっしゃぁ……」

 

 デレクさんは鋭い目で辺りを見回し、早口で指示を出した。

「隊列は縦だ。トキが先頭、俺が殿。トキ、お前は囚人と敵が居なさそうな方に進め。チビ助は俺と武器を交換しろ」

「あ、はい」

 デレクさんの手斧を二本握らされた。確かに、前と後ろに味方がいる状況でリーチが長い武器を振るのは危険そうだな。的確な判断だ。


「あのクソッたれスキンヘッドが面倒そうだ。さっさと森に消えるぞ」

「ああ。ついて来い」


 トキさんは俺がついて行けるギリギリの速度で森に突入した。ここまで二人に甘えっぱなしだ。俺に出来ることは何かないだろうか。


 森に入って三十分ほど早足で進むと、トキさんが急にスピードを緩めた。

「すまん、囲まれた」

「いんや、スキル無しで良く時間を稼いでくれた。予想以上だ」

「ふっ、光栄ですよ団長様」

「おいおい、お前の方が何倍も年上だろうが、やめてくれ」

「あ、あの、何に囲まれたんですか?」


 トキさんは錆びついた鞘から力ずくで剣を抜いた。

「狼型の魔獣だ。この森にはこいつらと熊と、後ごく稀にデカい猿が出る」

「な、なるほど」

 俺が斧を構えると、デレクさんは俺の手を抑えた。

「お前、戦ったことねぇんだろ?」

「はい、でも――」

「焦るな。自分の力量を見誤るとさっきの若造みたくなっちまうぜ」

「……はい」


「来るぞ!」

「よぉぉおおし!!暴れるぜぇ!!!」

 左の草藪から3体、右から2体の狼が躍り出た。


 トキさんは左に踏み込み、正面から狼を迎え撃った。首に噛みつこうとする狼の頭を薪割のように叩き斬った。

 残る二匹は怯むことなく、トキさんの左足と剣を持つ右手に飛び掛かった。

 

「うおおお!!」

 彼は右の一匹に剣を投げつけると、頭を割った狼をひっつかみぶん回した。

「ギャワ!」

 左足を狙う狼をその同胞の死体で殴り飛ばした。

 最後の一匹は剣をかわしていたが、分が悪い事を察し逃げ出した。

「ふぅ……カズ!上だ!」

「え」

 

 これまでの五体は、ただの捨て駒だったのだろうか。ひときわ大きい狼が俺の頭上から降って来た。

「木登り狼かよ!」

 手斧を頭の上で交差させて衝撃に備えた。

「ぐっ……あれ?」

 いつまでたっても衝撃が訪れない。恐る恐る目を開くと、首を槍で貫通され白目を剥いた狼の顔面があった。

「うっわあああ!」

「危なかったな、怪我はないかチビ助?」

「は、はい、ありがとうございます」

「よせやい水くせぇ」


 スキル無し。つまり、トキさんとデレクさんは自分の体と技術だけで魔獣を倒した。五匹も……。


「カズ、どうした?立てないか?」

「い、いえ。ただ少し驚いちゃって……」

「大丈夫だ、いずれお前も出来るようになる」

「そりゃ、無理ですよ流石に!」

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