第2話 嵌め殺し

「私、太刀山君に謝りたくって」

「いいよもう。実際花形さんの言う通りだし」

「で、でも、私が変なこと言わなきゃ…」

「いつかバレてたよ。花形さんは優しいね、こんな使えない俺なんかと――」

彼女の目がキッとつり上がった。

「そんなこと言わないで!」

「…同情してるの?虚しくなるだけだから要らないよ」

「ご、ごめん、なさい」

ごめんな、花形。キツイ言い方をして。

彼女は、俺が絵を描いていても本を読んでても馬鹿にしなかった数少ないクラスメートなんだ。

俺といっしょに居るのは彼女のためにならないだろう。


「あら、こんばんは」

 いつの間にかテレーズが近づいていたことに気付かなかった。

「ああ、どうも。さっきはすいませんでした」

「いえいえ、お気になさらず。せっかく勇者として活躍できる機会が奪われて、頭に来てしまったのですよね?分かります」

「……はぁ?」

 さっきと雰囲気がまるで違う。俺を家畜、いやゴミムシだと思っている様な目をしてる。

「しかしながら、夜に女性と密会するなど、貴方にこんな甲斐性があったとは存じませんでした。私の認識不足ですね」

「ちっ、違う!そんなんじゃない!花形さんもなんか言って、あれ?」


 花形の両目の焦点が合っていない。口も半開きで唾液が垂れそうになっている。この女、何かしやがったな!

「おい、お前のせいだろ!花形に何したんだよ!」

「フフフ、頭の悪そうな表情。彼女にはお似合いですね」

「元に戻せって言ってるんだ!」

「なら、力づくでどうにかしてみなさいな」

「なっ、暴力振るえってのかよ!もういい、このことは皆に伝えるからな!」


 俺が振り返った瞬間、テレーズは俺の顎を掴んで無理矢理視線を合わせた。

「な、にを、した」

「さぁ、何もしていませんけど」

 怒りが俺の頭の中を真っ赤に塗りつぶしていく。このままじゃ理性が持ちそうにない。テレーズは感情を操るようなスキルを持ってるんだ、花形にもそれを使ったに違いない。


「に、逃げ――」

「お逃げなさい、負け犬にはお似合いですよ」

 こんな安い挑発に乗っちゃだめだ。足を動かせ、俺。

「無能と罵られ、誰からも蔑まれ、そんな自分に優しくしてくれた娘一人助けられない」

「ぐ……」

 ぎゅっと握った拳から血が滲み出てきた。耐えるんだ、そして皆に伝えるんだ。


「ああ!花形さんったらよだれを垂らして!品のない、愚かな娘ね」

 テレーズが花形を軽く蹴った。それだけで彼女は地面に崩れ落ちた。

 俺の理性も一緒に。

「てめぇ、やりやがったな!!!」

「キャ―――――!!!」

「え、あれ?」

「う、ううん……」

 急に理性が戻った!俺はテレーズに馬乗りになって拳を振り上げた態勢で止まってるみたいだ。危ない、もう少しで一線を越えるところだった。

「太刀山君、な、何をしてるの?」

「なにって、記憶が無いのか?この女が――」

「どうされましたか姫君!き、貴様!はやくそこをどけいっ!」

「待って下さい!話を聞いて下さい!」

 続々と集まって来た騎士たちに身柄を拘束さた。どんなに暴れても逃がしてくれそうにない。

「花形!あ……」

 嫌悪の表情を浮かべた彼女は宿舎に向かって走り去っていった。


 どうやら一線はとっくに越えていたみたいだ。相手は女、俺は男。俺に弁明の余地は無いんだ。何をやってもテレーズの手の平の上。

「テレーズ!ハメやがったな!!」

 たった今俺の人生を終わらせた女は、柔らかく微笑んでいた。何事もなかったみたいに。

「大人しくしろこの!」

「うえっ!」

 腹に一発パンチを貰っただけで暴れる気力が消えた。息が出来ない。俺はなんて無力なんだ。




 




 

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