第11話 空に浮かぶ三連戦

 千之助は目覚めてすぐに幸せの感触に気付く。

「起きたか?」

 さくらの膝の上であった。

 程よい弾力と、柔らかい香り――鼻の下が伸びるのを堪えながら、この状況を説明付けようと、必死に考えた。

「魔方陣を抜けて、ここへ着いた途端、倒れたのじゃ――」

 さくらが先に答えてくれた。その声はいつになく弱々しい。

「術の使い過ぎ――というのは分かっておったが――でも、でも……」

 膝上に置いた千之助の顔の上に、さくらの顔が近付く。寂しさと不安に耐えた時間が、その眉間で皺になっていた。

「ごめん――心配かけた」

 千之助が微笑むと、やっとさくらの表情も柔らかくなった。だが、抑え切れなくなった涙が大きな目から頬へと伝った。

 身体を起こして頬を撫でてやる。

 横座りのさくらが視線を横へ移す。

 千之助が釣られるように目線を動かすと、そこにひとが立っていた。

 いや、角があるから鬼だ。小さい背と、メガネには見覚えがあった。

 そこでやっとここが目的地の神社であることに気付く。

 鬼の国の神社だが、見たところ、ひとの世界と変わらないようだ。埃に滲む薄明かりが室内を厳かに染めている。飾り彫りのある太い数本の柱と板張りの造りは重々しくも暖かい。

 違うのは、奉られている偶像にも角があるところか。

「話は白心殿から聞いている――」

 角有りメガネが近づいて来る。

「だが、結論から言えば、さくら殿を代表から外す方法は無い」

 千之助は立ち上がった。メガネがその正面に立つ。

「ひとの世界のメガネくんと兄弟?」

「そこから訊くか」

 さくらが苦笑しながら立ち上がると、隣に並んだ。

「役目が同じだからね。本来は代表を決めたら、我らの仕事は終わりだ」

「だろうね」

他人事ひとごとじゃな――」

「君たちを助ける義理はない――ということだ」

 そうか――千之助は納得すると、頭を切り替えることにした。

「じゃあ、行こうか、さくら」

 扉へと歩き出した千之助にさくらが続く。この件に関しては、さくらもあっさりしたものだ。

「どうする気じゃ?」

「次の手を考えるさ」

「おいおい、少しは粘れよ」

 メガネが二人の前に滑り込んできた。

 無表情だが、相当焦っている。

「手は無くて、助けるつもりもないなら、こっちにも用は無いぞ」

「提案はできるからさ。訊いてくれよ」

 千之助はさくらと顔を見合わせた。二人揃って一本角のメガネへ視線を戻した。

「じゃあ、教えてくれ」

 メガネは威厳を取り戻そうというのか、一つ咳払いをすると、持っているファイルを開いた。

「さくら殿を代表から外す方法はないが、生かす方法はある」

「それは?」

「教えられない」

 メガネが悪戯心満載の笑顔で答えた。

「おぬし、いい加減にせんと、わしが斬るぞ」

 さくらが冷ややかに言った。

 余りの冷淡さに、関係のない千之助まで謝りそうになった。

「いやいや、そういう意味ではなくて――本当にもう……。我らは教える立場にないんだ。ただ生かす方法はあるんだ。ヒントは出す。後は考えてくれ」

「――まあ、それでいいぞ」

 千之助が言うと、振り向いて、扉を開けた。

 午後の強い日差しが入り込んできた。

 眩しさに目を細めつつ、外を窺うと、ひとの気配がした。

 広い境内を埋め尽くすひと達――当然全て鬼であるから、立ち並ぶ頭の海は色々な形の角が広がっていた。

 うわあ――とまだ明るさに慣れない目を細めながら、千之助は社から出た。

 歓声とざわめきの入り混じる空気感が出迎えた。

 さくらとメガネが並ぶ。

「見てくれ」

 メガネが空を指差す。社の庇が隠していない薄青の空に文字が浮かんだ。

 最終決戦――と大きくあるが、他にも文字がある。

 見えない部分を確認するため、階段まで歩み出る。

 対戦カードだ。

 千之助一人に対し、スイトピー、リリー、そしてさくらの順番で勝ち抜き戦を行うということだ。

「なんと――、これでは千之助に死ねというのか」

 さくらがメガネに噛み付く勢いで言った。

 それを千之助が止めた。

 メガネを見射る。

 彼は、ふざけた所も、罠にかけようという歪みも、全くないほどの純粋な視線で見返してきた。

 ギャラリーが左右に割れていく。

 石畳の上に二人の女が残った。

 ぽっちゃりした身体に、頭の両脇の二本と襟足の数本、ランスを持ったスイトピー。

 細身の黒い服と、風にそよぐ長い黒髪に、額から上向く二本角。葉っぱのような眉毛が特徴の、デスサイズ使いリリー。

 この二人は強い。一度手合わせて知っている。軍の手練をあっさりと全滅できたのも納得の強さだ。

 一対一で雌雄を決する――いずれはしなければいけないことだ。

 連戦ということを含めても、千之助に依存は無い。

 ただ、さくらを救う方法がこの片寄った対戦カードにあるという――

 それは何か――?

 対戦相手の最後が、さくらだ、ということに着眼する。

 方法はまだ分からないが、メガネを信じるとするのなら、スイトピーとリリーに勝つことにヒントはある。

「千之助、戦う必要は無いぞ」

「そんなわけにいかないでしょ」

 さくらが千之助の袖を引っ張った。

「わしと逃げよう、千之助。お前に死なれたら、わし――わし――」

 言葉にならず、ただ袖を握る手に力がこもる。

 さくらはまだ屋内の影の下にいた。

 哀願と懇願が凝縮された決心は、二つの世界から逃げ切ることさえ厭わない表情だ。

 そこまでの決意があるなら、一緒にどこまでも行ってやろうという気にはなる。

 だが、千之助は思う。

 どうせなら陽の当たる場所で、真っ直ぐに一緒に生きたい――と。

 千之助は袖の手を優しく包んだ。

「千之助――?」

「大丈夫。僕に任せて」

 さくらの目が大きく、ただ強く千之助を見ている。

「僕を信じて」

 千之助が微笑むと、やっと、そしてゆっくりとさくらは指を離していった。

 完全に袖から手が離れると、千之助もさくらの手を離した。

「行ってくる」

 千之助が凛と言うと、さくらの手が迷いに浮かんだ――が、伸ばしたのみで空を掴んで止めた。

 頷いて千之助は振り向き、そして境内へと下りていった。

 石畳の感触がブーツの靴底に当たる。

 この石畳から恐らく石段へ続くのは、ひとの世界と同じ造りだ。階段との境目で思い存在感で鎮座している、石製の鳥居も見覚えがある。

 ランス使いがゆっくりと歩み出てきた。

 一歩ごとに、はみ出しているお腹が揺れた。

「やっと勝負がつけられる。――我が同胞、ケルベロスにお前の御霊を差し出すのだ。そうすればボクは二段階上の堕天使へ進級できるのだ」

 相変わらず立ち位置の曖昧な鬼であった。

 千之助は言動に呆れても、その攻撃力には油断はしない。

 勝つために戦うつもりであった。

 だからこその二刀流――兜割と長剣の柄に手を掛けた。

 スイトピーもランスを構えた。

 上段に据えて、先端を千之助に向ける。

 隙が無いのはさすがだ。

 喉の奥が張り付きそうであったが、気にしている暇は無い。

 千之助の体勢が徐々に下がっていく。

 ぴんと張り詰めた空気――汗の伝わる音さえ聞こえそうであったが、均衡を崩したのは千之助でも、スイトピーでもなかった。

「わしの――わしの負けじゃ!」

 さくらであった。

 千之助はさくらを振り向いた。

「わしは負けを宣言する!」

 さくらが大声で言い放った。

 境内にいる人々に動揺が走る。

「さくら――」

 千之助は名前を呼んだが、空の名前に変化は無かった。

「今の言葉は受理されない」

 メガネが境内の軒下で、事務的な口調で言った。

「何故じゃ」

「条件を満たしていないからだ。だからあなたの立場は変わらない」

「条件じゃと――」

 千之助も全く同じことを心で言いながらメガネを見た。

 刹那――メガネの視線も千之助に向けられた気がした。

 本当に一瞬で、気のせいだと言われると自信が無いくらいだ。

 今は事務的な態度で変わらず立っている。

 だが、今のはヒントだと伝えられた気がした。

 メガネに掴みかかろうとしているさくらを呼び止める。

「なぜ、止める!」

「大丈夫だから、そこで待ってろ」

 さくらが涙目を浮かべた。

「何もせずに、おぬしを喪ったら、もう二度とわしは自分を許せなくなる」

 大声でそう言った。

 境内は水を打ったような静けさで、戸惑いに似た空気が千之助たちの会話を聞いている。

 それはそうだ。

 鬼であるさくらと、ひとである千之助が互いを慮っているのだ。

 だが、構っている暇はない。

「僕だってそうだ。君を喪いたくない。だから、君を守るために――君を堂々と手に入れるために、僕は戦うんだ」

 千之助の言い返しに、さくらが一瞬息を呑んだ。

「破廉恥な言葉をよくまあ抜け抜けと――」

 さくらは満更でもなさそうな表情であったが、目を逸らさずに言った。

「さくら――僕にまかせろ」

 千之助は言って、微笑み、そして続けた。

「僕が何とかするから」 

 さくらが頷くのを確認し、千之助はスイトピーと同じ石畳に降り立った。

 兜割を引き抜き、長剣を鞘から抜き放った。

「お待たせ」

「ボクの妖刀ムラサメが血を吸いたいと疼いているよ」

 刀じゃないよな、それ――千之助は心で思った。

 一呼吸の間で、スイトピーが地を蹴った。

 千之助も待たない。

 二刀を構えながら彼女の正面へ走った。

 土煙を伴い迫るランスを兜割で受け、後方へ流す。

 通り過ぎざまに長剣で斬るつもりであった。

 しかし火花を上げそうな音を立てて過ぎる鋼鉄の槍は重かった。

 千之助は長剣も重ね、弾き飛ばされるのを耐えた。

 スイトピーが急制御をかけ、円を描くように身体を回した。

 ランスに押されて千之助は飛ばされた。

 着地したが、石畳を降りた姿勢で滑っていく。

 スイトピーとの位置が逆転した。

 悲鳴が周囲から上がった。

 ランスの風圧がギャラリーに当たったのだ。

 周りを巻き込みかねない――千之助は場所を変えることにした。

「こっちだ!」

 叫ぶと、石段へと走り出た――までは良かった。

 眼下に急角度の石段がかなり下まで続いていた。

 嘘――――

 跳ね上がっていた千之助の身体が下方へ落ちていく。

 千之助は焦りながらも何とか足を下ろした。数段飛ばしで徐々に速度を抑えていく。

 下まで三メートルという所で、何とか落ちるのを止められた。

 ――と、後ろから圧迫感が後頭部を刺激した。

 千之助は振り向きながら、長剣を振るった。

 躊躇いもなく真っ直ぐにスイトピーが落ちてきたのだ。

 ランスと長剣が弾き合う音が、石段の空気を震わせた。

 打った千之助は残り三メートルを落ち、飛んで来たスイトピーは数段上に戻った所へ着地した。

 千之助は足下が地面ではないことに驚いていた。

 硬さが逆に動きづらい。

 同じ色をした硬い道はずっと続いていた。勾配とカーブを繰り返している。

 走っているのは自動車ばかりだが、ひとの世界では見たことのない形の自動車が多い。家よりでかいものまで平気で走っている。

 一山越えただけでこの世界の違いとは――唖然としかかるが、観光の余裕はない。

 スイトピーが一気に駆け下りてきた。

 千之助は逃げるように道を横断し、端に設置された鉄の板まで退がった。

 板に遮られた下を覗き込む。

 さっきと同じヘマはしない。

 二メートルほど下に民家の屋根があった。

 千之助にとって見慣れた瓦屋根だ。

 スイトピーの接近を待たずに屋根へ跳び降りた。がしゃりと瓦が千之助の体重を受け止めた。すぐに位置を替えた。

 大棟側へ上って振り向くと、千之助のいた場所に巨体が落ちてきた。

 スイトピーだ。ランスの重みもあり、着地と同時に瓦が砕け、足が屋根を突き抜けた。

 あ――という表情を浮かべた千之助だったが、彼女も同じ顔付きになった。

 スイトピーは勢い良く足を引き抜くと、千之助を追ってきた。

「このランスが重いせいだからね!」

 顔を真っ赤にしながら、ランスを振り回してきた。

「分かってる! 分かってる!」

 千之助は大きくランスを弾くと、下へ降りた。

 ガラスと呼ばれる透明な板が、家の側面に嵌められている。

 知っていても初めて見るガラスに感心していると、その向こうでおばあさんが驚愕の表情で見ていた。もちろん頭部には角が揺れている。

 上からスイトピーが降りてきた。

 四角い石を積み上げた塀へ走る。追いながら振るわれたランスが、物干竿を蹴散らした。

 飛び散る竿の破片をくぐり抜け、千之助は塀の上へ飛び乗った。

 ひとの国でも見そうな塀と家が建ち並んでいる。

 しかし道はどこを見ても歩行者が溢れていた。

 もちろん鬼だ。

 千之助は地面ではない道路へ降りると、勘に任せて走り出した。

 追ってくる気配を背に、ひとのいない場所を探す。

 それが全く無かった。

 どこにいってもひとと遭遇する。

 走っていると徐々に石で出来た真四角な建物が増え、ひとの数も増えているようであった。

「道を間違えたか?!」

 細道を抜けると、広場のような所に出た。

 高層な建物が奥に有り、高い位置に走っているのは、電車とかいうものだ。

 千之助は行ったことがないが、あの建物は駅というものだろう。

「しかし、ひとのいない所はないのか――!」

 鬼たちの好奇な目が千之助に集まる。

 その表情が間髪いれず、一様にぎょっとした顔付きになった。

 後ろから来たスイトピーに対してのようだ。

 振り向くと、すごい形相で駆けてくる。

 スイトピーは、道を出た所でランスを下へ付いて息を整えながら、

「逃げずに、勝負、しろ――」

 切れ切れに言った。

「ひとの居ない場所を探してたんだ」

「鬼の国に、そんなとこ、あるわけ、ない――」

「それは――申し訳ない」

 スイトピーが二、三回、呼吸を繰り返すと、ランスを構えた。

 ひとが小さな悲鳴と共に散っていく。

 収まるよりも先に、スイトピーが迫った。

 まだ周りにひとがいるため、大振りできず、千之助はランスを返しきれなかった。

 脇腹に衝撃が走った。

 身体が大きく後ろへ吹っ飛んだ。

 転がりながら、それがスイトピーの蹴りであることに気付いた。かなり重い一撃であった。

 それでもすぐ立ち上がった――が、ランスが真横に視界へ入ってきた。

 両の手の剣を交差させて受けるが、硬質な音を響かせ、千之助は大きく弾かれていた。

 道の硬さを背中に受けて、跳ね返り、そのまま数メートルを滑った。

 地面の暖かさが恋しいよ――と思いつつ、すぐに身体を起こした。あちこちに痛みはあるが、まだ無視できるレベルだ。

 走らされたことを怒っているのか、スイトピーが汗と呼吸にまみれながら、走り寄ってくる。

 立ち上がると、千之助はタイミングを計るため、スイトピーの迫る距離だけ後ずさる。

 二メートル幅の橋に入っていた。下は川ではなく道路だ。見たことの無い数の自動車が行き来している。

 ここだ――千之助はここなら他の人を巻き込まずに済むと気付いた。

 中程まで走ると、剣を構えて振り向いた。

 スイトピーがランスを突き出しながら走ってきた。

 その先端を長剣で弾いては兜割で攻撃、兜割で弾いては長剣を打つ。

 反面、両脇の鉄製の手すりが邪魔で、今度はスイトピーが動きを限定されている。

 一気に勝負を決める――千之助が前に出た時、スイトピーが防戦に苛立って大槍を頭上で回転させた。

 千之助の身体が受けた剣ごと宙へ舞った。

 橋から下の道路へ落ちる――

 自動車が迫る。荷台に四角い鉄の箱を背負った大きな自動車だ。

 千之助は身体を回してその上へ転がるように落ちた――というか、本当に転がった。

 勢いを弱め、後部側で何とか踏ん張って落ちるのを堪えた。

 そのままさっきの橋の下を潜る。

 通り抜けたところで、スイトピーの様子を見ようと振り向いた。

 彼女は橋上にいなかった。

 宙へ跳んでいた。

 橋から跳び、ランスを大きく引きながら、自動車へ落ちてくるところだった。

 千之助は跳ね上がるように荷台の上へ戻った。

 スイトピーが突き出した円錐形の切っ先が、鋼の箱の横っ面を貫いた。

 突いた勢いで、大型自動車の後部が大きく振れた。

 三メートル以上もある車体が斜めに傾いていく。

「ありえねえ――」

 呟く千之助の身体が、倒れていく自動車から放り投げられた。

 道路を越え、反対側の土手へ落ちた。

 大きな川であった。

 季節の草に満ちた土手と、広めの川原、そして静かな流れを湛えた大きな川――ひとの世界と変わらぬ風景が、落ちていく視界に捉えられていた。

 見とれたのは一瞬だ。

 息吐く間など無い。

 すぐ後ろに気配を感じ、長剣を振り上げた。

 ギンっと長剣を弾くと、ランスが肩を掠めていった。

 スイトピーの攻撃だ。

 すぐ後ろを飛んでくる。

 草が生い茂る斜面へ着地すると、千之助は川原へ向かって、両足で滑り降りていく。

 一撃をくわえたスイトピーも追随する。

 土手の斜面をバランスを取り、滑りながら交差する。

 スイトピーがランスを横殴った。

 千之助は頭上すれすれで下を滑って抜けた。

 通り抜けざまに、長剣の刃を彼女の右腕の下へと押し付けた。

 交差の直後で、剣を引く。

 ぎゃっという悲鳴と血飛沫が斜面を濡らす。

 右腕の腱を狙ったのだ。

 武器を手放すか、それとも倒れるか――どちらかだ。

 その千之助の予想は裏切られる。

 スイトピーはランスを握り直し、バランスを崩しながらも突いてきたのだ。

 千之助は胸を掠めた円錐形を抱えた。

 そして斜面を思いっきり踏み込んだ。

 踏み込んだ足で、スイトピーの腹へ膝を蹴り上げた。

 ランスを抱えたまま、そして膝蹴りの姿勢のまま、千之助とスイトピーは斜面から河原へと真っ直ぐに落ちた。

 スイトピーは背中から、千之助は膝を彼女の腹へ置いたまま、地上へ激突した。

 ぐふう――変な音を立てながら、スイトピーが苦悶の表情を浮かべた。

 千之助はその体勢のまま、首へ長剣の刃を押し付ける。

 しばらく、二人の荒い呼吸だけが聞こえていた。

 睨み合っていたが、ふ――とスイトピーの目が緩んだ。

「参った――」

 搾り出すような声で、スイトピーが負けを宣言した。

 千之助は抱えていたランスと、首に突きつけた長剣を離すと、立ち上がった。

 空の文字がスイトピーの脱落を示した。

 千之助はそれを確認すると、スイトピーを見下ろした。

「ごめんね……」

 彼女は答えず、ぜいぜいと喉を鳴らすだけであった。

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