第9話 月が見ている夜
「すごかったんですよ~~」
必要以上に顔を近付ける
斬りつけられた父親と殴られた次兄の治療は終わり、彼らも飲んでいる。
父親の傷は古部谷の非力が幸いした。天狗の妙薬のおかげで完全に血は止まっている。
酒は傷に良くないと思いつつ、千之助は止められずにいた。
なんせ皆九死に一生を得たのだ。それを喜ぶなと止めることはできないだろう。
白心が現れ、空の映像に千之助が背を向けた後のこと――
これは興奮したまま、あちらこちらから受けた報告を元に、千之助の頭で構成し直したものだ。
千之助の家族を解放した白心は、次に魔方陣を描いた。台の上に足で円を描き、その上で印を結んだ。
この間、
次々に強者たちが台へ昇ってきた。
黒ずくめで、手には大剣を持った身長二メートルを超える獣人たちだったという。
これは春実の目を通しているせいなので、千之助の脳内では普通の剣士たちに切り替わっている。
白心は仕込み杖のみでこいつらをあしらった。
片手では印を結び、残った片手だけで杖を操っていたというのに、台の上に両足を乗せられた者は一人もいなかった。
恐らく誇張ではない。
白心なら可能だ。
しかも、白心が片手のみで結び終えた術は、通常は両手でも四、五分もかかる契約だ。それを三十秒で結び終えたのだから、そこももっと賞賛があって良いのに、と千之助は思った。
だが、術を知らない家族たちでは気付くのはムリな話だ。しかし、その時に浮かべた、古部谷のマヌケな驚き顔だけは覚えていた。古部谷には、その術の難しさが分かったからだろう。
「円の中へ」
白心は短く指示した。
小さな円に身を寄せ合った。
円が光り出す。
その間にも古部谷の配下たちがずっと昇ろうとしていたが、全て阻止されていた。
「どうやら狙撃隊も潜んでいたらしい」
父親が見ていた。
古部谷が合図を出した――のに、姿を見せるはずの狙撃隊が現れなかったのだ。
多分、白心が前もって潰しておいたに違いない。
これは酔っぱらう前の父親と同じ見解。酔っぱらった後は、自分の気合いのおかげだと豪語していた。傷による出血で朦朧としていたのは無かったことになっている。
「はぐれ天狗め、我が魔術を受けてみよ~~」
家族の、古部谷に対する記憶は、相当酷いものになっている。恐らくそんな台詞は言ってないと思うが、千之助の頭の中でもそういう扱いにしておいた。
古部谷が使った術を白心は片手で弾いた。
対して白心はかなりの二枚目で捉えられていた。
効かぬわ――と言いながら、春実がその時の動きを再現してみせた。
白心もそんな台詞は言わないと思う――。
「いやあ、憧れちゃうわ~~」
と、頬を染める春実を見ると、寿黄と母娘なんだな――と千之助は感じる。
寿黄の言う――すごかったんですよ――は、ここの妖術対決のことだ。
片手で獣人を薙ぎ払い、もう一方の手で古部谷の術を牽制する。
「正に獅子奮迅、面目躍如、八面六臂の活躍!」
自慢げに四字熟語を並べた次兄だが、それほど賢く見えないのが残念だ。
焦れた古部谷が大技に出た。雷雲を呼ぶと、間髪入れず、白心の頭上に稲光を落としたのだ。
「大きな雷で、わたしたちも十分に攻撃範囲だったわ」
それほど危険な状況だったとは思わせない口調で夏香が言った。
白心は杖から剣を引き抜くと、白刃を振るった。
銀色の輝きが雷を一閃した。
一動作で稲光は分散した。
「千ちゃま、本当にすごかったんですよ」
何度目かの賛辞だ。
分散した雷光は台の周囲にいた獣男たちに直撃――彼らを弾き飛ばした。
「計算してもあんなに上手くは当てらんないよ!」
これは春実だが、こちらは酔っぱらっていない。しらふでここまで騒げるのもすごい。
そして白心はとうとう古部谷に斬り掛かった。
一瞬のことであった。
仕込み杖の細身の刃が古部谷の眉間を貫いた――
誰もがそう思ったらしい。
本人も例外ではなかった。
「驚愕に見開いた目と緊張感――あれは斬られた者の反応だ」
と、百ノ路が知ったかぶりをして言った。やはり賢くは見えない。
額に傷はなく、古部谷の前に白心はいなかった。
ただ、古部谷が、へなへなと崩れるように座り込んでいくだけであった。
当の白心は家族の近くにいた。
一歩も動いていなかったのだ。
千之助は、その術が幻影を対象に見せ、精神的ダメージを負わせるものだと気付いた。
通常なら古部谷だけに知覚できるはずだが、他の人にも見えたとなると、意図的だろう。
古部谷は座り込んだまま、鼻水と涙と涎で顔を汚していた。
「おしっこまで洩らしてたわ」
皆が口々に言った。
これで古部谷の道場は地に落ちたであろう。
空の映像を通し、全ての人がそれを見たのだから。落ちた権威で、千之助たちを追ってくることはできまい。
それが白心の狙いだったに違いない。
ゆっくりと自身も円の中に入ると、白心は術を発動した。
「一瞬でこの庵の前まで着いたのよ」
凄さに驚いた様子も見せずに義姉が語った。
治療して待っているように言い置くて、白心は翼を広げて飛んでいった――。
これが、千之助が見ていなかった間の出来事だ。
治療するところまでは、遠慮気味だった家族たちも、千之助たちがたどり着いた時には飲み始め、馴染んでいた。
何があったかを訊いている内に、太陽は沈んでいた。
ひと様の家にいながら、春実以外が酔っぱらっていた。ピークを越えた八光が寝ているだけで、まだまだ宴は終わらないようだ。
絡んでくる寿黄と春実を振り切って、千之助は部屋を出た。
廊下を挟んで向かいの部屋で白心は横になっている。
術を使い過ぎたのだ。
今はさくらが看病をしている。
様子を見に行くために廊下へ出た所で、また春実に捕まった。
屋根の明かり取りから入り込む月の光が、廊下を蒼く染めていた。
二人が立つには狭い廊下で、向かい合わせに立つ。
千之助が見下ろしたすぐ傍に春実のおでこがある。
「あのね、千之助――」
「なんだ?」
「あの時言ったことは忘れて。気の迷いよ」
「あの時――」
千之助の頭には、空を介して春実が涙ながらに言った――
「好きってことか?」
春実は下を向いて口をぱくぱくしている。
「昔から知ってたぞ」
千之助は言い切った。
すると春実の口が止まった。
しん――と廊下の藍が静けさに揺れる。
隣の部屋の騒ぎも収まり、話し声程度になっていた。
ちらと覗くと、一番うるさかった寿黄が床に突っ伏している。
永六と夏香の二人の会話が、静けさを生んでいるのだ。
代わりに聞こえてきたのは、虫の合唱だ。
庵の周りを転がるように広がっている。
どういう仕組みか分からないが、月光を間接的に捉えて天井の窓から廊下を照らしている。
宝玉のように澄んだ藍色は、時間による変化を見せない。
時間の流れが急に遅くなったように感じる。
触れ合うほどの距離で、春実はみじろぎ一つしない。
二人を一様な紺色が包む。
そうね――と、春実は呟くように口元だけで笑う。
再び時計が動き出した。
「あたしだって知ってるわよ。あんたがあたしをお姉ちゃんみたいに慕ってること」
「どっちかっていうと、妹?」
「あたしの方が年上でしょ」
「そうだっけ――」
春実との関係は、幼なじみというより、兄妹という意識の方が強い。この際、姉弟でもいいが、千之助はこの関係を崩したくなかった。
「なんだ~~オレの女に手を出してるのか~~」
部屋から百ノ路が顔を出してきた。酒の臭気が月の気配を乱す。
「あたしはいつからあんたの女になったのよ」
「昔からだよ」
「というか、
「誰が決めた」
次兄は千之助を充血した目で睨んだ。
「あ――父上」
もちろん千之助の冗談だ。
しかし百ノ路の顔が真顔になった。
「飲んでないよ――」
と言いながら目が泳いでいる。
「ほらほら、行くよ」
春実が苦笑しながら腕を引っ張ったが、次兄が止めた。
「あのな千之助――オレが言ったことも嘘だからな」
「何か、言ったっけ?」
「言ってないっけ――?」
百ノ路が首を傾げた。
「さ、飲みなおそうねえ」
今度こそ春実に連れられて百ノ路は部屋へ入っていった。
いやいや、飲んじゃだめだろ――千之助は心で思いながら、白心の寝床へ向かった。
引戸を開けて中へ入る。
他の部屋とは違い、ここだけは畳が敷いてある。箪笥や、書物が並べられた棚など、他に比べると生活観も強い。
白心の部屋だ。
真ん中の布団で白心が寝ており、その横にさくらが正座をしていた。
千之助は隣に腰を下ろす。
「入る前にはノックをするものじゃぞ」
「そんなに他人行儀な仲じゃないって――」
さくらが驚いた顔を向けた。
「友達だぞ」
その余りの驚きに、千之助は思わず補足した。
うんうんと納得するように、さくらの顔は白心の方へと戻っていった。
「あと、剣の師匠で、人生の師匠でもある」
「人生の――?」
言うなり、さくらの顔が赤くなった。
明かりの無い部屋でも分かるのだから相当だ。
とはいえ、何に反応しているのか、全く分からなかった。
さくらが落ち着くのを待って、千之助は尋ねた。
「白心の具合は?」
「術の使いすぎじゃろうな。消耗が激しい」
それは千之助にも分かった。
瞬間移動が出来る術者なんて、白心以外に聞いたことが無い。
白心には感謝してもしきれないほどの恩が出来た。
白心が助けたのは千之助の家族だけではない。
千之助とさくらも助けられているのだ。白心が来なければ、捕まっていたのだから。
あの場を逃れて村を出た所で、千之助とさくらは、思いもよらない光景に出遭った。
古部谷の宣言通り、軍の精鋭たちが村へ来ていた。
だが、その足は村の手前の森で止まっていた。
正確には、止められていた――だ。
怨嗟に近い唸り声が、森へ入った途端に耳に付いた。陽が頭上へ向かう頃合の、乾き始めた森の香の中に、湿った生臭さを感じた。
「千之助――これは……」
さくらも気付いたようだ。
無視をする選択肢は、彼女にはないようだ。そちらへ歩き始めた。
数分としないうちにその場へたどり着いた。
さくらが悲鳴を呑み込んだ。
千之助は彼女を庇うように背へ隠した。
ふわりとした木漏れ日の中で、軍人たちがひれ伏していた。
立っているのは二人しかいなかった。
いや、これも正確ではない。
立っていたのは軍の者ではないからだ。
「おや、来たね。うちの占い通りだ」
「いやいや、ボクの血に隠された能力が発動したのさ」
リリーとスイトピーだ。
千之助たちが立つ位置は五十センチメートルほど高くなっている。
そこから見下ろすと、木々の隙間を埋めるように人が散乱していた。五体満足な者はいない。多少の差こそあれ、死んでいるか、あと数分で死ぬかの違いしかない。
緑に飛び散った鮮血と斜に差し込む木漏れ日の中、無造作に立つ二人の娘は余りにも場違いに思えた。
スイトピーが嬉しそうに笑いながら言った。。
「この前会った時に『千里の蛇』というものを君につけておいたのだ」
「へ?」
「それはボクの右腕の星龍王と繋がっているからな、居場所が分かるのだ」
右腕をひらひらとさせている。
「千之助、あいつは何を言っておるのじゃ」
さくらが脅え気味に訊いてきた。
「気にするな。ただの変人だ」
「ま――」
スイトピーがむくれた。それを見ている限り、普通の鬼の女子に見える。
ただ、二十人はいた軍人をたった二人で全滅させる実力は計り知れない。
「今日は午前の方が吉なのだ。早く戦おうぞ」
リリーがデスサイズを構えた。
スイトピーもランスを突きつけている。
一対一でも逃げるのが精一杯の相手だ。二人が相手では勝てる気がしない。
それでも千之助は剣の柄に手を掛けた。
「さくら――少し、
「千之助、あいつらは――」
「大丈夫だ。何とかする」
根拠の無い自信だが、口をついて出た。
さくらはしばらく千之助へ視線を預けていたが、頷き、そして数歩離れていった。
「何とかする――か。言うねえ」
「さすがひとの国、最後の代表者」
「何――」
どういうことだ――?
戦いに集中しなければならないが、言葉が引っ掛かった。
代表は千之助を含め三人がいたはず。それが最後だと言うのなら――。
こいつらが殺したってことか――。
二人は無邪気に笑いながら近付いて来る。
「さあ、抜きなよ。戦いの女神がボクの肩から飛び立つ前に!」
「昼を過ぎると、君の運気も最悪なものに変わるよ」
千之助は体勢を低くしていった。
あと数歩近付いたら出るつもりであった。
その時――
大きな羽ばたきが頭上から降ってきた。
落ちる――に近い勢いで下りてきたのは白心であった。
「千之助、剣を抜くな」
高台の先端――二組の間へと立ちはだかった。
スイトピーとリリーが足を止めた。
「はぐれ天狗の白心殿か――」
「邪魔するというのか?」
白心は二人から千之助へ視線を動かした。
「わたしの庵に行くぞ」
二人の鬼の娘が不平を洩らした。
「この者たちはわたしの客人だ。それでも手を出すというのなら、わたしも相手になるぞ」
こう言われると真意を測りかね、リリーとスイトピーは得物を下げるしかないようだった。
千之助も既に剣から手を離している。
「近日中に、こやつは鬼の国へ行く。そこで決着をつけるがよい」
白心はそう言うと、背中を向けた。
さくらを続かせ、千之助も二人を警戒しながらも庵のある方向へ登り始めた。
リリーとスイトピーは納得したのか、攻撃をしかけてくることも、ついて来ることもなかった。
さくらの肩越しに、揺れる白心のポニーテールが見えた。
千之助には分かり得なかったのだが、この時の白心はかなり疲労していた。
家族を庵の前に移動させた後、すぐに飛び立ったのは、千之助とさくらを迎えに来るためだったのだ。
無言のまま、少し登った所で、白心は倒れてしまった。
千之助が背負ってここまで運び、そして寝かせたのは、もう半日も前のことだ。
未だに目覚めないとは、いつもはタフな白心らしくない。
「眠っていれば治るであろう」
と言うさくらに、千之助は頷いた。
おかげで助かったけど、余り無理をしてくれるな――千之助は、静かに寝息を立てる、はぐれ天狗へ視線を落とした。
天井へ屹立する鼻は相変わらず柔らかそうで、甘噛みしたくなるのを堪えるのが大変であった。
「千之助、これからどうする気じゃ?」
さくらの真面目な問いに、千之助は思考を切り替えた。
「もちろん鬼の国へ乗り込むさ」
「――死ぬ気か?」
「そんなつもりはないけど、解決しないことには何も始まらないからな」
さくらが黙った。
廊下向こうの家族の声は収まり、夜は動物や虫のものになったように途端に外が騒がしくなり、この部屋の沈黙を強調した。
「そんな根拠の無い手段に命を張るより、皆で遠くへ逃げてはどうだ?」
千之助は首を横に振った。しかし、さくらも食い下がってくる。
「わしは――皆に死んでほしくないのじゃ」
「分かるよ。分かるけどね、その選択は危険な気がするんだ」
「――どういう意味じゃ?」
千之助は座り直して、さくらの方を向いた。
「僕は楽観的な性格だが、千年神話を嘗めていない。勝負をないがしろにしたら、何が起こるか分からない。そんな恐ろしさを感じている」
さくらが目を伏せた。彼女は頭が良い。
言葉から、想像して仮定を描き、それが予測不能な事態になると想定できるのだ。
「さくらのためには神様とだって戦ってみせる――あの言葉に嘘は無い。だけどさくらの命を掛け金にして、無駄に神様に逆らうつもりはない」
賭けなら、勝てる確実性の高い方法を選ぶさ――と千之助は言った。
が、さくらは目だけではなく、顔まで伏せていた。
前髪が垂れて表情は隠れているが、恥ずかしくて赤くなっているようだ。
何にだ――千之助が頭を傾げていると、布団の方から大きなため息が漏れた。
「ひとの寝室でいちゃつかないでくれ。こっちまで恥ずかしくなる」
「起きたか――」
「大丈夫ですか?」
さくらの白心への態度が変わっていた。尊敬の念が込められている。
いつの間に警戒心が無くなったのか――。
「だいぶ回復したよ」
白心がゆっくりと起き上がる。
千之助が手を貸している間に、さくらは、枕元へ置いておいた白湯を湯飲み茶碗へ注いで渡した。
いつものおっとりとした言い方ではあるが、少し元気がないように思えた。
喉を湿らすように一口含むと白心は言った。
「まだ鼻を狙っていたとは――。言っておくが、舐めても怒るからな」
「その時から目覚めてたか……」
「そんなことを考えておったのか?」
さくらの目が冷たい。
「白心さん、いちゃついておらんからね」
思い出したようにさくらが続けて言った。
白心が口元だけで笑った。
はいはい――とその唇は言葉よりも雄弁に語っている。
さくらにも伝わって、居心地悪そうにもじもじしていた。
「千之助、神様と戦う前に、お前は二人の鬼と戦わなければならない」
「昼間のやつらか――」
何となく分かった気がした。
リリーとスイトピーは鬼の代表なのだ。
さくらを含め、三人残っているということだ。しかもひと側の勝者を殺し終えていると言っていた。
つまりは――
「ひと側の代表は、お前しか残っていない」
「僕があの二人に勝たないといけないんだな」
「その子を助けるためには――な」
リリーとスイトピーは変な子だが、実力はある。
一人なら倒せるかな。もう一人は刺し違えても――。
「それは止めておけ。後に残る者が悲しむ」
わたしも含めてな――白心は寂しく笑った。
「そうだぞ、千之助。約束しとくれ、死なない――と。わしが助かっても、おぬしがいなくては――――」
さくらが逡巡した。
言葉は決まっているが、口から出せず、開いた口から声が出たのはそれから数呼吸後であった。
「――困る」
しかも色気の無い言葉であった。
分かった――と千之助は苦笑しながらも返事をした。
色気は無いが、存分に重い言葉であった。
それにしても、白心の専売特許である読心術をさくらも発動したのか――と勘ぐってみた。
だが、「お前は分かりやすいのだよ」と白心に返された。
「僕も簡単に命を諦めたりしない。その代わり、君も容易く捨てないでくれ」
「うん――?」
「さくら殿を襲ってきた狙撃者と、男二人組の鬼だろ」
千之助は頷いた。
「当初はあいつらが代表者で、僕を狙っているのものだと思っていた。よくよく考えてみたら、狙撃は初めからさくらを狙っていた」
「目的は代表権の譲渡だろうな」
「言い換えればさくらの命だ。僕がそんなこと許すもんか」
白心は頷いた。
しかし、隣のさくらは顔を必死に逸らしていた。
あれ? どういうこと――?
「恥ずかしいのさ」
「読んだの?」
「読めたのか?」
二人に詰め寄られ、布団の上で白心は身体を引いた。
「女心を推理しただけだ」
ふうん――と色々なことが分かる白心に感心していると、さくらが小さく言った。
「母上も姉上も優しいひとじゃった。だけど道場を守るのに必死で、わしは戦いの才能が無くて――。怒られたことはあまり無いが、逆に褒められたり、真っ直ぐと大事にされてた記憶も少ないのじゃ」
確かにさくらは照れたり、顔を真っ赤にするスイッチが多く、導火線も短い。
純粋なんだろうな――。
「だからお前が守ってやれ。千之助」
白心に千之助は頷いた。
「またわしのことを言っておるのか?」
さくらが俯きながら言うと、白心は優しく微笑んだ。
千之助――と白心は胸元から紙を一枚取り出した。
受け取って開いた中には場所の名前が記してあった。
だが、千之助には覚えのない場所であった。
「これは鬼の国の神社じゃな」
「鬼の国――?」
「あのメガネが協力してくれてな、おかげでわたしは鬼の国のメガネに会えた。お前と会えるように段取りを付けてきたから、明日の昼ごろにそこへ行け」
「鬼の国でもメガネなのか?」
「会えば分かるさ」
千之助はさくらを見た。
「この場所は近いのか?」
「ここから鬼の国までの距離が分からんからな。ただ、かなり西だから昼に着くには今出てもギリギリかもしれん」
「ならすぐ行こう」
立ち上がりかけた千之助を白心が止めた。
「落ち着け。瞬間移動の術を用意してある」
「でも白心――」
「心配するな、わたしは使わん。残念ながら、そこまで回復はしていないからな。だからそうなることを想定して、『だいだらの木』の前――千之助、お前が術の勉強をした所だから知っておるよな」
千之助は頷いた。
「そこに魔方陣を用意した。出口にも同じ魔方陣があるから、簡単に発動できる。お前でも大丈夫さ」
「そうか。何から何まですまんな、白心」
いいさ――白心は微笑んだ。
「じゃあ、皆が寝静まったら、出発しよう」
さくらが頷いた。
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