第8話 心の天秤

「おやまあ――」

 素っ頓狂な声に千之助は目を覚ました。朝一の山菜を取りに来た村人らしい。

 切り株を背にして、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 陽も思いの他高い。

 寝すぎたか――と思いつつ、同じく切り株を背にし、千之助の肩を枕にしているさくらに目が行って動けなくなった。

 それでも数秒だ。

 すぐにさくらが動き出した。

「おはよう」

 と言いながら、背伸びをして、ゆっくりと立ち上がった。

 特に何の感慨も無い所作に、千之助はちょっとがっかりした。

 なんで隣に寝てんだ――とか言いながら顔を真っ赤にしていたら、かわいいのに――。

 千之助が場違いに考えながら立った。

 さくらが袖から帽子を出して被って振り向いた。

 顔が真っ赤であった。

「恥ずかしかったのかよ――」

 思わず千之助の口をついた。

「当たり前じゃろうが!」

 売り言葉に買い言葉だ。

 口げんかには発展しない。その前に村人が声を掛けてきたからだ。

「こんなとこで、寝とるとは」

「すいません、道に迷っちゃって――」

「どちらへ向かってたんで?」

 千之助は、目的地は月鳴山げつめいさんで、そのために山を越えて、まず村へ行こうとしていたことを告げた。

「あれま――村はすぐそこだぞ」

「――へ?」

 村人が指差したのは斜面のすぐ下であった。

 目を凝らすと、木々の隙間から僅かに村らしき平地と建物が見えた。

 確かにほんの三十分ほどの距離だ。

 さくらも唖然としていた。

 千之助は村人にお礼を言うと、斜面を下り始めた。

 登る時は気付かなかったが、かなり急であった。

 途中、斜面に掘った穴と板で作った屋根を通り過ぎた。お地蔵様が二体、狭そうに並んでいた。

 あれ、あんなに小さかったっけ――?

 そもそも地蔵なんか無かったはずであった。

 千之助は気付かなかったことにして、早足で麓へ滑るように下りた。

 頭上に木が覆っていない空が久しぶりのような気がした。

 空へ向けて大きく背伸びをした。

「あそこに泊まらなくて良かったのぉ……」

 さくらが追い越しながら言った。

 気付いてたのかよ――これはさすがに呑み込んだ。

 村は過疎化したように見事に老人だらけであった。

 あちらこちらで元気そうに動き回っているが、夜にはすぐに就寝してしまうのかもしれない。灯りは一つも見えなかった。

 それでは、山上から村に気付けないのもしょうがないと、千之助は納得した。

「山を越えてきたとか?」

「難儀なことやな」

「黒髪が綺麗な娘子だなあ~~」

「なんや、駆け落ちか?」

「若いってのはええのお」

 通りを抜けるだけなのに、周りには人だかりができていた。

 さくらは背中にひっついて、千之助も愛想笑いのみで返事が出来ずにいた。

 で、いつの間にか、武家の息子と庄屋の娘が周囲の反対を押し切って手に手を取り合って追われるように山を越えてきた――ということになった。

「まあ、間違ってないよな」

「合ってはおらんじゃろ」

 小さなつぶやきに周囲のじじばばたちが反応する。

「かわええわあ」

「家に欲しいぞ」

 さくらが恥ずかしげにまた背中に隠れた時だ。

 騒ぎとは別のざわめきが、村を覆った。

 数人の視線を追うと、空に影像が映し出されていた。

 道場の広場のようだ。台に数人が座らされ、下の方には同じ服を着たひとが並んで立っている。

「千之助――」

 さくらの声が引きつった。

 台の上のひとに見覚えがある。それもそのはず――

 父と長兄、次兄、そして古部谷秀照こぶたにひでてるだ。

 千之助の家族が縄で縛られ、まるで罪人のような扱いで映し出されていた。

「あいつ――」

 千之助が奥歯を噛み締めながら言うと、古部谷が嫌みな笑顔を貼付けながら声を上げた。

久慈間千之助くじませんのすけ、聞こえているか。空を見て、俺にひれ伏せ。お前の家族の命がかかっているんだぞ」

 そこから古部谷の千之助否定が始まった。併せて自分自慢も加えていた。

 結論でいえば、古部谷が千年神話の代表にふさわしいと言いたいらしい。

「あいつは、敵である鬼のメスを連れて逃げたのだ。色香に惑わされた愚か者だ!」

「そこは間違ってないな」

「バカモノ」

 千之助のつぶやきに、さくらが戒めるように短く言った。

「ひとの世界の、未来の為、俺が代表になる! 俺がひとを繁栄させてやる!」

 ああいうのが一番信用ならんのだ――じいさんの一人が呟いた。

「ところが、代表権を得る為には千之助、お前をこの手で殺さなければならない。逃げたお前を捜し、捕まえて、俺の前に引き出す必要がある。そこでこの術だ」

 古部谷が手を広げた。

「見えるか、空に映し出した今現在の我が道場を。どういう状況か、一目で分かるだろう。お前の逃亡を助けた家族を、反逆罪で捌く所だ」

 すすり泣く声が聞こえた。恐らく長兄だ。

「この術は影像を一方的に伝えるのみだが、大声で応えれば、空に張り巡らされた感応網が反応し、その場所を特定できるのだ」

 やることが相変わらず下衆げすいな――千之助は眉を顰めた。

「家族を殺されたくなかったら、叫べ。すぐに軍の精鋭が向かい、お前を逮捕する。お前がここに来たら、家族は解放してやるぞ」

 家族の様子が映し出された。

 どっしりと構える父親と、泣き顔がひどい状態の長兄。そして、投げやりな感じの次兄。なぜか家族の日常がそこにあるようであった。

 三人の無言のメッセージに、千之助は気付いた。

 古部谷が約束を守るはずがない。

 千之助が名乗り出た所で、陰で家族は皆殺しにされる。

 ましてやあいつの狙いは名誉だ。

 一緒にいるさくらを見逃すはずもない。

 千之助を殺し、代表権を得た後で、さくらも殺す気だ。

 さくらは、同族の鬼にも命を狙われている身だ。千之助が捕まれば、それだけで危険度は高まってしまう。

「どうした? 聞こえんぞ――」

 古部谷の厭らしい言い方には苛ついたが、千之助は無視をすることに決めた。

 お前らも呼びかけろ――古部谷が千之助の家族に声をかけた。

「あいつは勘当した息子だ。どうなろうと知ったことではない」

 父親だ。その『勘当』という立場がまだ生きていたことに千之助は苦笑した。

「な――……。まあ、いい。八光はっこう、お前はどうだ。死にたくあるまい。弟に助けてくれと言うがいい」

「死ぬのは嫌だよ~~、恐いよ~~」

 長兄は縛られたまま、涙でくしゃくしゃになった顔を上げた。

「だけど、千之助が死ぬのはもっと嫌だよ~~」

 そのまま八光は泣き続けた。

 八光兄貴――千之助は気弱ながらも、いつも優しい兄の名を呟いた。

 ちっ――古部谷が舌打ちした。

「オレは何も言わんぞ」

 次兄は要求されるより先に言った。

「何でオレがあいつのために何かを言わなきゃならんのだ」

 怒っている理由が意味不明だ。

 百ノもものじらしい物言いだ。

「お前ら――」

「フン!」

 三人が同時に言った。

 千之助は血の繋がりを感じ、笑みが溢れた。ついでに涙も零れた。

 自分を信じてくれる家族のありがたみを感じながら、千之助は空に映し出される三人へ頭を下げた。

 頭を起こすと、千之助は踵を返して歩き始めた。

「行くよ」

「千之助――?」

 空を見上げる老人たちの隙間を縫って行く。

「見捨てる気か?」

「僕が代表になって、境ケ原さかいがはらに行った時点で、あの人たちとは縁が切れてる。それは、互いに分かっていることだ」

 千之助は突き放す言い方をした。

 それ以外に、さくらが自責の念に囚われないようにはできない。

「でも――」

 さくらが食い下がる。

 その時、影像の向こう側が騒がしくなった。

 千之助は空に目をやって、驚きに声が出なくなった。

 白い着物に襷とはちまき、薙刀を持った女性三人が乱入してきた。

 寿黄すおう夏香なつか、そして春実はるみであった。

 どうして――声にならず、千之助は心でそう言った。

 父親たちを助けに来たのだとは分かる。

 だが、それが無謀であることも分かっているはずだ。

 道場の横から飛び出て、走り込んで来た。

 誰にも止められることなく、台の上に飛び乗った――が、台に乗った所で三人の動きが止まった。

 古部谷の嘲笑が空から降るように響いた。

「お前らを逃がした理由はこれだ。これほど思い通りに事が運ぶとは、笑いが止まらんよ」

 古部谷の術だ。その範囲に入った者の動きを封じる据置型捕縛術だ。

「どうだ、この演出。堪らんだろう、千之助~~。そろそろ叫んでも良いのではないかあ」

「笑止! 久慈間家には、こんな事で信念を曲げる者などおらん!」

 義姉が凛と言い放った。

「あたしゃ、千ちゃまが無事ならそれで――」

「お前らの意見は聞いてな――」

「黙れ、狐尻男!」

 春実が古部谷の言葉を怒号で遮った。

 意味の分からない罵り言葉だ――千之助は心で言った。

 おかげで金縛りからは解消された。

「千之助、ごめん! あたしがこのバカ男に情報を漏らしたばっかりに、こんな大事になって! あなたは責任を感じずに、あなたの道を進んで――。……本当にごめん――。ごめん……好きだったよ」

 最後の方は涙混じりの小さな声であった。

「千之助――!」

 さくらが叱咤するような声で名を呼んだ。

 だが、千之助は空へ応えるつもりは全くない。そう決心したのだ。

 無言で、また歩き出す。

「そうだな、これだけいるんだから、見せしめに一人くらい殺してもいいかな」

 きしん――と鞘鳴りの音と歩く音を、千之助は背中で聞いている。歩く足は止まらない。

 空から降りてくるのは暴力的な静けさであった。

「良い事考えた。一人にちょっとずつ傷を付けて廻り、死ぬまでそれを続けよう。何巡できるかな~~?」

 サディスティックな声色を、千之助は無視した。

 だが、さくらが付いてくる気配がない。

 振り向くと、さっきと同じ所に立っている。

 小さな手が握られ、震えている。搾り出すように、さくらは言った。

「久慈間千之助――おぬし、本当にこれでいいのか? このまま見過ごせるのか?」

「――良いと言ったはずだ」

「わしは良くない!」

 さくらは千之助へ顔を向けた。羨望の込められた漆黒の双眸が、真っ直ぐに千之助を射る。

「え――?」

「わしが認めた千之助は、こんな凶事を恭順できる男ではない! どんなに苦境の道だろうと、平然と、しかし他人のために鼻歌混じりで歩ける男だ!」

 千之助は随分と買いかぶられている気がした。

「わしをがっかりさせないでくれ――」

 そう言うと、さくらは振り返った。

 顔は空へ向いている。

 まさか――千之助が思った時には遅かった。

 おとなしい子は暴れたら手に負えない――といった二面性を思い知った瞬間であった。

「聞けい、崩壊猿男!」

 さくらの声が村に響き渡った。

 空で古部谷が驚きと屈辱に顔を引きつかせていた。

 そうだろうとも、一度ならず二度までも意味不明な呼び方をされたのだから。

「だ――誰だ?」

「わしは宝条ほうじょうのさくら。おぬしが殺したがっている鬼じゃ!」

 家族の皆が顔を見合わせている。

 古部谷が印を結び、手を動かした。

 皆の視線の動きから、どうやらこちらの映像も見られるようになったらしい。

「ほう――お前がいるってことは、そこに千之助も――」

「そいつは関係なかろう! おぬしがわしを殺したいのじゃろうが!」

「いや――そうじゃなくて――」

「そんな所で引っ込んでおらんで出てこんか! 相手になってやるぞ!」

 さくらは帽子を脱ぎ捨てた。角がひょこりんと立ち上がった。

 とうとう古部谷が黙った。

「おぬしは英雄の器ではない。英雄とは、狙ってやった時点で英雄ではないのだ。わしがおぬしをぶち倒し、それを証明してみせるわ!」

 何を――古部谷が強がる言葉を探そうとした刹那、千之助の父が立ち上がった。

「よく言った、さくら! それでこそ久慈間家の嫁だ!」

「何をのたまってるんだ――?」

 思わぬ言葉に、千之助の思考が麻痺をした。

 髪の隙間から覗くさくらの耳が、徐々に赤くなっていく。

 他の家族も頷いているが、春実だけが膨れて、顔を逸らした。

 千之助は何も考えられないまま歩みを進めた。

 ゆっくりとさくらの横に立つ。

「ようやく来たか、千之助――」

 古部谷の口元が歪んだ。笑ったらしいが、うまくいかなかったようだ。さくらに毒気を抜かれたせいであろう。

「お前より俺の方が優れていることを証明してやる――」

 体裁を整えようとする古部谷だが、勢いは弱い。

 見ているのは門下生ばかりではない。空を見上げている全てのひとが見ているのだ。

 虚勢を張るためか、古部谷は、短剣をすぐ近くの春実に突きつけた。

「止めんか!」

 父親が怒鳴ったが、逆に古部谷の逆鱗に触れたようだ。

 横に振った短剣が永六えいろくの背中を走った。

 父上――!

 空の映像に動揺が広がる。

 倒れた父親に次兄が駆け寄った。古部谷はその次兄の首筋に短剣の先を押し付けた。

「千之助! お前は鬼の繁栄を望んでいる裏切り者だ! その家族も同罪――殺しても誰も文句は言うまい!」

「つまらん男だな」

 喉元の切っ先も気にならないように次兄が言った。

 がつん――骨が当たる音がした。古部谷が次兄を殴り倒したのだ。

「やめなさいよ、バカ男!」

 吐き捨てるように言う春実へ、古部谷は短剣を向けた。

 その目は血走り、呼吸が激しくなっている。

 冷めていく家族たちと対照的に、古部谷の様子が暴力じみていく。

 このまま殺戮行為に及ぶのではないかと、村人たちの背中にも緊張が走る。

「鬼の繁栄を望んでいる裏切り者か……」

 千之助は頭を上げた。

「――だったらどうする?」

 これに驚いたのは古部谷だけではない。

 隣のさくらも目を見開き、紅潮した頬で見上げた。

「本気かよ――」

「千年神話とは、遺す種族を決める戦いだ。ひとが優れているのなら、天は迷い無くひとを遺す」

 千之助は空へ向かって、術越しに古部谷を睨んだ。

「しかし自分の欲のために、関係のないひとたちを人質にとることが、種族として優性を示しているか――だ」

 古部谷の剣を持つ手が震えた。

「ずっと考えていた。僕より強いやつはいる。なのに僕が選ばれた意味を――」

「そんなもの――気まぐれだろ! そうでなければ、まず俺が選ばれるはずだ!」

 千之助は首を横に振った。

「それは有り得ない。ひとの世界はお前のように、欲のために他人を犠牲にするやつが多くなっていた」

 家を取り囲んでいたひとたちがまず浮かぶ。あれこそエゴの現れである。

「そんな種族を遺せるだろうか――」

 自分の言葉を確かめるように紐解いていくと、思考の核が見えてくる。

 それが結論であるかのように、自然と声に出ていた。

「絶対にそんなことはない。僕はそう思う」

「だからって鬼を遺すというのか? お前はひとだろうが!」

 ひとであること――千之助はそれが何も響いてないことに気付いた。

 鬼を遺すことが正しいかといえば、それも正解とは限らない。鬼が優良種族かどうかなんて、千之助には分かり得ないことだ。

 ならばどこで判断するか――。

 視線を下ろすと、まだ千之助を見ているさくらと目が合った。

「――何じゃ?」

 さくらは小声で訊いた。でも目はしっかりと千之助に見据えたままだ。

 心に占めているものが、何か分かった気がした。

「さくら――僕は君が認めてくれるほどの男じゃない」

「そんなことあるものか」

「あるんだよ。そんなに大それた人物じゃないんだ」

 千之助は微笑んだ。

 次にまた古部谷を見上げた。

「僕は、ひとだとか――鬼だとか――、そんな種族なんかどうでも良い」

 道に出ている老人たちも千之助を見ている。

 術を通して、道場にいる者たちも見ている。

 そして、更にひとの世界にいる者たちが見ている。

「ひと――人間属のことじゃなくて、生きている者の総意だと思ってくれ」

 千之助は古部谷に――というより、自分に言い聞かせるように続けた。

「ひとは生きているうちに、誰かを幸せにするように出来ている。それは親だったり、子供だったり、兄弟だったり、恋人だったり、配偶者だったり――自分ではない他者のためだ」

 空の映像の中で、父親は頷き、長兄と義姉が見つめあい、次兄が春実を見て、春実だけは目を逸らした。

「英雄や勇者ならきっと幸せに出来る人はいっぱいいるだろう」

 もう一度、さくらへ視線を移す。

「だけど僕には、それほどいっぱいのひとを幸せにはできない。普通の男だからね」

 揺れる瞳に、千之助が映っている。

「一人幸せに出来ればいい――そう思ってる」

 だから――と、千之助は再び空を見上げた。

 今度は古部谷ではなく、術の向こうでもなく、はるか遠くの『何か』に向かって言った。

「僕はさくらのためだけに戦う。この子を幸せにするためだけに戦ってみせる!」

 おおお――近くにいた爺婆たちが感嘆の声を上げた。

「ひとだろうが、鬼だろうが、神様だろうが、その邪魔をするというのなら、僕が相手になってやる!」

 声の余韻が世界を渡る――

 二秒、三秒――ほんの数秒だが、千之助には長く感じた。

 やばい、言ってしまった――そう後悔するには、充分の時間であった。

 勢いに乗ってしまったとはいえ、千之助は激しく後悔した。

「よし、よく言った。さすが我が息子だ!」

「さっき勘当したって言ってたじゃないか――」

「というか、お義父さまも百くんも、頑丈ですね」

「千ちゃまの子ならあたしにも孫だよ!」

「あたしは反対~~!」

 良かった、良かった――長兄はまだ泣いていた。

 空の上の騒々しさは当事者不在だ。

 忸怩たる思いに囚われていた千之助は、更に辟易とした感情を重ねた。

「なんだよ、子供って――孫って――」

 千之助は、千之助以上に照れているであろうさくらを見られず、視線を泳がせるだけで精一杯であった。

「調子に乗るなよ、千之助!」

 古部谷が震えるように言った。

 おかげで、千之助は意識を切り替えられた。

 こいつの相手をしてる方が楽だ――そういう感覚だ。

「そこは畦林村あぜばやしむらだろ。時間稼ぎはもう充分だ。既に近くの軍隊を差し向けてある」

 古部谷が空威張りのような大声で笑った。

「軍隊が何だ。言ったはずだ。邪魔をするなら相手になるってね」

「世界に勝てるはずがなかろうが!」

「勝つさ! 勝たなきゃ、さくらを幸せにできないだろうが!」

 その時だ――

 ばさっと強い羽ばたきと共に何かが降り立った。

 遅れて白い羽根が数枚舞い降りる――。

 膝をつく姿勢で、春実と古部谷の間に姿を見せたのは白い天狗であった。

白心はくしん――」

 人前に出るのを嫌い、俗事には関わろうとしなかった、はぐれ天狗であった。

「天狗――だと――?」

 白心は素早く印を結び、左足を台へ打ち付けた。

 どん――それだけで春実たちが術から解放された。

 なに――驚愕の古部谷を余所に、白心は台を走り抜けた。剣を三度動かしただけで、永六たちの戒めを切り、皆を解放した。

 白心が、目だけで千之助を見た。

 空を通って心は伝わる。

「行こう」

 千之助はさくらの手を取ると、村の出口を目指した。

「いいのか、お前――」

「大丈夫だ」

 さっきの千之助の理論からいえば、白心は何人ものひとを幸せにできるひとなのだ。

 なにより、白心ほど信頼できる友はいない。

 安心して任せられる。

 お幸せに~~と囃し立てられる村人たちに背中を押され、千之助とさくらは畦林村を後にした。

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