【拾捌】姉妹の再会

 良く晴れた空の下で、桜の花が咲いている。

 ゆら子は、咲き始めたばかりの桜の花を見上げた。

 耳には大勢の警官の声と、ザクザクと土を掘り返す音が届いているが、一般人であるゆら子は正弥と共に少し離れたところで待機させられている。


 今まさに、櫻木宗一郎の日記の内容を頼りにして、丘の上にある一本桜の根元を掘り返していた。

 昨夜、あのまま掘り返しに行くのだと思っていたが、手続きや調査があったり、暗がりでの作業は危険ということもあって日が昇ってからになったのだ。だが、準備を整えただけあって、もし春子が見つかったら、そのまま伯父を逮捕する段取りもついているとのことだった。


「……正弥さん」


 ゆら子は、隣で佇むばかりの正弥の右手に己の左手を重ねた。

 彼は肩を揺らして体をこわばらせたが、それも一瞬のことでぎこちなく握り返してくれる。意外なことに彼の手は、ゆら子の手よりも冷たい。


「桜が咲いています」


 気の早い花弁が風に乗ってゆら子達のところまでやってくる。

 あの日も、花びらが舞っていた。

 正確にいえば、あの日舞っていたのは風花――花ではなく、白い雪だったが、ゆら子には春に舞う桜の花びらとよく似て見えた。掴もうとすると手のひらから逃げて行く様もそっくりだ。


 ゆら子にはたくさん話したいことがあった。

 あの日、暗がりの中に潜んで姉が埋められていくところを見ていたこと。

 あの日、もし貴方がお姉ちゃんを埋めてくれなかったら私がしなければならなかったこと。

 あの日、葉すら落とした木に降り注いだ雪が桜の花のように見えたこと。

 あの日、すごく寒かったこと。

 どれも子どもじみていてみっともないことばかりだ。

 でも、どれもあの日からずっと、誰にも話せずにいたことだった。いや、今だってまだ早い。ちゃんと終わってからじゃないと……


 ――秘密にしてね、ゆらちゃん。


 って、春子が許さないだろう。

 だから、代わりにゆら子は正弥の手を握る手に力を込めた。

 あの日から、ずっとゆら子の手は冷えたままだったけれど、彼の手はもっと冷たかっただろう。


「出ました!」


 一本桜の周辺が俄かに騒がしくなる。

 複数の場所でそれぞれ掘っていた人々が、一か所に集まり、慎重に作業を始めた。どうやら、手掛かりが出たらしく、そこを重点的に探すらしい。


「ゆら子ちゃん。これから確認して貰うことになるけど……」

「はい。私は大丈夫です」


 真面目な顔をしている寛次郎に頷き返したゆら子は、正弥の手を放そうとした。しかし、正弥によってしっかりと繋ぎ直される。


「僕も一緒に行くよ」


 その人は、まだ穴の中にいた。

 掘り起こされたばかりで、ところどころ土を被っている。

 それでも、骨の白と着物の空を映した色天色は良く見えた。短く切られた髪の毛も……

 その近くへと屈みこんだゆら子に引きずられて正弥も側へと屈みこむ。周りのことを気にかける余裕を失くしたゆら子は、いつかの様に着物の裾をそっと掴んだ。


「綺麗だね。お姉ちゃん、青い色好きだものね」


 あの日――最後に姉が離れから出掛けた日と同じ言葉が出た理由はゆら子にもわからない。

 あの時とは違って、春子は笑うこともゆら子の頭を撫でることもなかった。四年という月日は、春子から血と肉を拭い去り、白い骨にしてしまったから。もう二度と姉妹はわかりあうことが出来ない。

 あの日、『綺麗だね』と言ったゆら子の気持ちを春子は気付いていたはずだ。「行かないで」と言えなかったから、代わりにそう言っただけ。残念なことに、春子に一番似合う色は……彼女が一番綺麗に見える色は桜色だった。彼女が憎んだ桜色だった。


 ぽたりぽたりと涙が零れて、晴れやかな空の色を濡らしていく。

 そっと正弥がハンカチを差し出してくれるが、ゆら子は首を振って断る。

 まだ春子のために泣けたことに、ゆら子は驚いていた。

 どんなに酷い人でも姉だからなのか。或いは――そう、或いはやっぱりわかりあえないことが辛いのかもしれない。


 しばらく涙を流し続けたゆら子は、左手の熱を頼りに呼吸を整えて、


「姉がいなくなった時に着ていた着物で間違いありません」


 ただそれだけを告げた。

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