第2話

今来た道をいくらか戻ると、お目当てのお店が見えてきた。

石作りの白い建物、なにやら看板らしきものがある。

看板は見たこともない文字で書かれているため、なんと書いてあるかは読みとれない。


その建物に近づにつれて何かに気が付く。

匂いだ。

それはスパイシーだったりジューシーだったりといろんな匂い。

どうもフィーの言う通りここは飲食店で間違いはなさそうだ。


店の前までたどり着くと、フィーはノブを捻って扉を開けた。


『いらっしゃーい。何名様で?』


どこからか声がする。


空気の振動によるものではない、頭に直接情報が伝わってくるようだ。

そのテレパシーのような問いかけに、フィーは自らの口を動かして返答する。


「二人だよ。一人はロボット、一人は人間」


『はいはーい。じゃあ好きなところに座ってね~。』


見ると街のあちこちで見たふよふよが店の中に漂っている。

こちらの応対をしたのはそれで間違いはなさそうだ。


店員らしきそれに促され、二人は座る席を探さんと店内を見回す。

どうも他には誰もいないようだ。


「あそこの窓辺にしようか」

「うン」


二人は道路に面した窓辺の席に腰を下ろす。


席につくと、さきほどのもやもや店員が近寄ってきた。


『おや、見ない顔だねお二人さん。もしかして外から来たのかい?』

「うんそう、船に乗ってきたんだ。さっき着いたばかりだよ」


『やっぱり?どうりで君たちにはちゃんと体があるわけだよ』


ふよふよがくねくねと体をうねらせる。

顔がない分動きでコミュニケーションをとろうとしているのだろうか、見ていてちょっと面白い。


「街を走り回ってたらお腹が空いちゃってね、いい匂いのしたここに来たんだよ。こ

こはごはん屋さんだよね?」


うねうねしていたふよふよが動きを止めたと思いきや、こんどは静かに縦に伸び縮みしている。

色々バリエーションがあるのだろう、落ち着いているようにも見えるのが少し不思議だ。


『そうだね、あってるよ。ただまあ基本的には僕らと同じ者向けのだけどね。』


「......なるほど。”同じ者向け”、ね。」


慌てたようにもやもや店員が体を伸び縮みさせる。

今度はさっきよりも動きがせわしない。


『大丈夫!君たちみたいな外の人向けの物もあるよ、たまに訪れることがあるから一応用意はしてるんだ。ただ味をみることができないから美味しいかどうかは保証できないんだけどね。それでもよければ』


「そうかい?まあ食べられるぐらいのやつなら大丈夫だよ。オイルはある?」


『オイルかい?』


もやもやはフィーの隣に座っているロッピーを見る。

ロッピーはカタカタと体から音を鳴らして答える。


『裏に少しだったらあると思うけど、それでいい?』


「うン」


『わっかりました!準備するから少し待っててね〜』


そう言うともやもや店員は店の奥へと引っ込んでいった。


「お腹、結構減ってる?」

「そコそコ」

「そう、じゃあ大人しく待っていようか」

「うン」


二人はぼーっと外を眺める。

今来た道、そこをいろんなもやもやが行き交っている。

そこには大小さまざまなもやもやがいた。

フィーが笑いながら呟いた。


「こうしてみると、まるで青空に浮かんだ雲みたいだね。ふふっ」

「フワフワシてルカらネ、ソウかモ。ダイショウさマざマ。タシュタよウ。」

「意志を持って動いている分、研究所の空よりも面白いかもね」

「イエてル」


たわいもない話をしながらのんびりしていると、突然店の奥から何かを弾いたような音が鳴る。

つられて見ると、奥からふわふわと一緒に一本の瓶と器がゆっくり空中を漂ってきた。


『おっ待たせぃ』


それらは目の前まで来ると空中でぴたりと静止した。

漂っていた器と瓶は、白塗りのテーブルの上にゆっくりと緩やかに着地する。


『オイル、それとなにかを煮たもの。これでいいかい?』

「うん、ありがとう」


目の前に置かれたものを見る。

瓶は透明、中には明るい緑色の液体が満たされている。

すぐ横の器からはなんとも言えない匂いが漂い、中には透明な液体に白く丸い物が浮かんでいた。


「さ、食べようか」

「イタダキまス」


ロッピーは銀の両手で瓶を挟み込むように抱える。

すると頭の上がパカリと開き、中から補助アームがにゅっと出てくる。

それが伸びて瓶の上部にくっついたと思うと、キュポンという音を立てて蓋が開けられた。


頭のお椀がぱかりと持ち上がり、すぐ下の穴があらわになる。

両手で挟むように掴まれた瓶は傾けられ、その穴の中にオイルがとくとくと注ぎ込まれた。


ロッピーが無事食事を行ったのを見ると、フィーはすぐ前の器へと視線を戻した。


「さて......」


少女は目の前に置かれたお椀を見ながら、懐からあるものを取り出す。

銀の匙、マイスプーン。


少女はそれを手に持ち、それで目の前のお椀から白いものをすくい上げる。

白い丸い何か。

それは何やらプルプルしている、何かの卵だろうか?


そんな疑問を持ちつつもすんすんと匂いを嗅ぐ。


「うん」


変わった匂いはしない、食べられないものではなさそうだ。

少女は恐る恐るそれを口へと運ぶ。


ふに、とした食感。

そして甘いスープ。


これには覚えがある。

いつかどこかで食べた味、これはもしや......。


「...白玉、だ」


『白玉......そういうのかい?』

「うんそう。」


物珍しそうに二人を見ているふよふよ店員は不思議そうにしている。

やはり二人のような存在はここでは珍しいのだろうか。


『店の奥にあったものを適当に組み合わせたんだけど、食べられるのかい?』

「うん、これは美味しい。いくらでもいけるよ」


『それは良かった。どうだい、もう一杯持ってこようか?』


「えっ」


それを聞くや否や少女は器を手に持ち、かつかつとものすごい勢いで中身を掻き込む。

そしてアッという間に空になった器をばっと差しだした。


「お願いします」

『あっはっは。ちょっとまっててね』


フィーが持っていた器がひとりでに空に浮かぶと、ふよふよ店員と一緒に店の奥へと引っ込んでいった。


と思いきやすぐ又奥から出てくると、また音のない言葉を投げかける。


『オイル、まだ食べる?』


「モウいイ、オナかイッぱイ」

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夢屑の探索 河津漱石 @wakazu9n

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