Family - 家族(3)
床の上で仏像のように背筋をピンと伸ばし、座禅をするように足を組みながら思考を巡らせるも、今ひとつ取っ掛かりを見つけられない私は、捻るように頭を傾ける。
「こういうのは見た目の第一印象が重要だったりするけど……まだ生まれてないから無理だし……。定石だと字画で決めたり、親とか尊敬する人の名前から一文字貰ったり、産まれた場所とか季節から決めたり……。そもそも生まれる前に名前を決めるって、よくよく考えると結構難しいな……」
「でしょー? ほんと困っちゃうよねー? せめて将来こんな姿になりますーみたいなの見せてくれたらいいのにー」
昔の人間は地位や功績によって名を変えたり、与えられたりしたと聞くが、生まれる前から決まっている名を与えられるよりかは、よほど合理的なのものかもしれないと私は人知れずながらに納得していた。
対して納得がいかないことといえば、自分の子の名前を考えさせておきながら、考えあぐねている様をまるで他人事のように笑い飛ばす、遥の態度だろう。
「無茶苦茶な……。というか、ひとが真剣に考えてるってのに、真剣さが微塵も感じられないのだが?」
「かなちゃんなら良い名前を考えてくれると信じてるから、私は安心して任せられるんだよねー?」
「まったく……。一応参考までに訊くけど、尊敬してる人は?」
「う~んと……かなちゃんかなー?」
「却下。となると親の名前か、産まれてくる季節……か……。
「えー!? なんで即答ー? 本当に尊敬してるのにー?」
遥の話を気持ち半分に聞き流し、再び思考モードに入ろうとすると、遥は突然私の頭部に手を伸ばし、私の目はそれをなんとなくながらに追う。
「なんだろう? 髪に何か付いてるよー?」
遥の手のひらに置かれている1センチほどの薄いピンク色の紙片のようなものが何なのか――それはこの季節柄のお陰か、一目で見当がつく代物だった。
「桜の花びら……?」
「また公園でお昼寝してたのー? 無用心だよー?」
「寝てない。それに、まだ公園周りの桜は蕾ばっかりで、一輪も咲いてなかった。どこかから飛んできたのか?」
掴みかけた光明を逃さぬようにと花びらを摘み上げ、それをまじまじと眺めながら、頭に浮かんできた単語を一つずつ並べてゆく。
「春……桜……花……蕾……? 光……輝く……希望……?」
なんとなく頭に思い浮かんだ言葉を並べるように呟いていくと、身重とは思えない速度で遥は突然立ち上がり、人指し指をピンと立て、私の鼻頭を貫かんばかりに指を差す。
「それだ!!」
「な……なに……?」
「春桜の蕾……! それ良いよ、かなちゃん!! こんなのどうかなー!? 男の子でも女の子でも大丈夫そうで、産まれてくる季節にもなっていて、私の名前に似ている名前――」
――バタン!!
「ハル姉、ただいまー。ちょっと近く通ったから、様子見に来たよー。また無理してないでしょうねー……って、あれ? お客さん?」
唐突な第三者の声に慌てて振り返ると、そこには婦人警官の制服に身を包んだ長身の女性が立っており、どこか見覚えがあるような容姿をしているその人物をガン見しながらも、私は飛び退るようにソファーの陰に身を隠し、フードを目深に被り直す。
「ん~? その子……誰? 近所の子……じゃなさそうだね? まさか、迷子? それとも、また拾ってきたとか?」
「ちょうど良かった。実はこの子はねー……」
「あー……えーっと……。わ、私は、怪しいものじゃなくて……」
その婦人警官は遠慮など無縁とばかりに、ズカズカとリビングに踏み込んできたかと思うと、私の目の前にしゃがみ込み、私の顔をジッと見つめ始める。
「ちょうど良いってことは、はは~ん? さては、迷子かなー? よしよしー♪ 怖がらなくても大丈夫だぞー? 私はれっきとした警察官だからさー?」
「それは見たら判るし、だから困ってる……」
出自不明の住所不定無職であり、叩けば大量の埃が出てしまう自分の立場を重々承知していた私は、向けられた視線から必死に顔を逸らすも、その行為が仇となったのか、婦人警官は時間とともに怪しむように徐々に目を細めていき、疑うような眼差しを私に向けはじめた。
「やましいことがあるってことは、家出かー? 親御さんと喧嘩でもしたのかなー? そいやっ!!」
「あっ!? しまっ……!?」
完全に油断しきっていた私の虚を突くように、婦人警官はフードを一気に捲り上げ、部屋に差し込む陽光の下に私の顔を晒した。
「う~ん……? キミ……というか、その顔……それにその声……。もしかして……
「先……生……?」
私の顔を見て“先生”などと呼ぶ人物は、後にも先にも一人しか思い当たらず、私は改めて婦人警官の顔を直視しはじめる。
「まさか……伊吹少年……なのか……? 全然判らなかった……というか、その顔……。うぐっ……!?」
「だ、大丈夫かっ!? 先生……っ!?」
その瞬間、視界に写る光景が何かの映像と重なり、頭の中に電気が走ったような感覚を覚え、まるで後頭部を殴られたようなその衝撃によって思わずその場に片膝を突くと、二人は慌てるように私に駆け寄った。
耳鳴りのようなキーンという音が残る中、頭の中に浮かんだ白黒の映像が色味を帯び、それは鮮明に蘇った。
「これって……。ふふっ……あははは……。そういうこと……だったのか……。忘れてたとはいえ、あれだけ同じ時間を過ごしていたっていうのに……笑うしかない……。ははは……」
「きゅ、急にどうしたんだ……先生? って、ちょっと!? ど、どこに行くんだよ!?」
駆け寄った二人を押し退けるように立ち上がると、私はそのまま玄関を目指して足を進める。
予知能力などなくともそうくることは判ってはいたものの、当然のように私を呼び止める声が投げ掛けられ、私の手首は強く掴まれ、否応なしに立ち止まることを余儀なくされる。
「また何も言わずにどこかに行くつもり!? 先生だろうとなんだろうと、理由も言わずにどこかに行くのは間違ってるよ!? 私たちが先生のことをどれだけ探したと思ってるの!? ハル姉なんて、体が――」
「――伊吹っ!!」
一喝するように遥が叫ぶと、伊吹少年は萎縮するように固まりながら開いた口を閉ざし、私の手首を解放する。
「かなちゃんには……かなちゃんの事情があると思うの……。私達の前から突然居なくなったのも、何か理由があるんだろうなーって、なんとなくわかってる……。かなちゃんには記憶を取り戻すっていう目的があるし、私が
以前、私が我儘だと指摘したことを憶えていたのか、遥は誇らしげに胸を張りながらニッコリと微笑んだのだろうが、一方でその表情からは何かを憂うのような感情が垣間見え、それが強がりであり、本心ではないことを私は俄かに悟っていた。
だからといって、私がするべきことは変わらないのだと自らを律し、奥歯を強く噛み締めながら、後ろ髪引かれる気持ちを振り切るようにリビングの扉を開け放つ。
「我儘は無事に卒業できてるみたいで感心した……。それに、私よりもずっと大人になっていて驚いた。私の口からはもう、我儘だとか子供だなんて言えない……。遥は……その子のお母さんなわけだし」
「待ってくれ……!? すぐにじゃなきゃ駄目……なのか? せめて今日くらいは一緒に……!!」
私は振り返り、伊吹少年の顔を見つめながら大きく首を横に振る。
「願ったからこそ、私はここに居る。この出会いは必然であり運命……でも――間違い。ここに居ていいのは、
言葉の意味が理解できないとばかりに、二人は怪訝そうな表情で互いの顔を見合わせていたが、私はそれに構うことなく重い口を開き、物語を語り始める。
「……これはとある少女の話。両親を幼くして亡くした少女は、複雑な家庭環境のせいか人と接することに不慣れだった。そのせいで少女には友達の一人もいなかった。そんな孤独な少女を気に掛けてくれたとある少女と出会い、二人は親友と呼べるほどの間柄になった。だけど、友達の少女はある事故からその子を庇って命を落とした。再び一人ぼっちとなった少女は絶望し、自らを
「……? 突然、何の話……?」
一方は怪訝そうに眉間の皺を深くしながらその場で固まり、もう一方は私の話に聞き入るように目を閉じていたが、私はお構いなしに話を続ける。
「そんな少女の前に妖精が現れ、一度だけ過去へと戻ることができる魔法を少女に与えた。その魔法は
「妖精に……魔法……? 急にファンタジー……。あっ! これってもしかして、先生お得意の創作話……?」
「少女が魔法を使ったその瞬間、少女は一瞬だけこう考えた。『過去に戻れるのなら、一度でいいから両親に会ってみたい』……と。そして、少女は両親の生きていた時間まで遡り、母親と出会い、一緒の時間を過ごす事が出来た。だけど少女は、一緒だったその時間を楽しんだりすることはあっても、母親との再会を喜ぶようなことは一度だって無かった」
「どうして? せっかく再会出来たのに……?」
「少女は過去に戻る際、あるものを失っていた。自分がそこに存在する理由や、自分についての情報――つまり、
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