5.Family - 家族
Family - 家族(1)
どこにでもあるであろう、何の変哲も無い二階建ての一軒屋をぼーっと見上げつつ、私は溜息を含ませながらポツリと呟く。
「……懐かしい」
ほんの数ヶ月しか住んでいない――というか、野良猫よろしく軒先で寝泊りをしていただけだというのにも拘わらず、そういった郷愁の念が自分から湧いて出たことに驚きさえもした。
しかし、その当時を振り返れば、旅をしていた数年よりも余程濃密で有意義な時間であったのかもしれないなと、私は一人思い耽る。
「二人とも成長してるだろうな……。伊吹少年は順当に行けば警察官か……。遥はおっとりしてたし、子供が好きそうだったから保育士になってたり? いや、意外と子供とかもう出来てたり……」
考えるように腕を組みながら家を囲む塀にもたれかかると、私に視線を送る女性が視界の端に入り、私は人差し指をピンと立てる。
「おー、そうそう。まさにこんなかんじで――」
「あ……ああ……っ!? あああああぁぁーーーっ!?!?!?」
目の前の女性は私を一目見るなり指を差し、発狂したように耳を
対して私は、面影のある容姿と聞き覚えのあるその声を聞き、自分があまりにも軽率な行動をとってしまっていたことにようやく気付く。
「か、かっかかか……かなちゃん……!? かなちゃんだよねっ!?」
飛びつかれるのではと体が直感的に反応して距離を置こうとするものの、背には壁があるためそれも叶わず、その人物はのそりのそりと歩きながら、追いやるように距離を詰めてくる。
追い詰められた私は早々に逃げることを放棄し、フードを目深に被って顔を隠し、声色を変え、苦肉の策へと転じる。
「あー……いや、えーっと……。私の名前は……
「びく……しい……?」
その人物は私の顔を覗き込むように腰を屈め、
「かなちゃんにそっくり……。あっ!? もしかして、記憶を取り戻したから私のこと忘れて……? だから、あの日病院を……?」
「ひ、人違い……です……。かなちゃんなんて人、私知りませんー……」
オフの有名人が見つかった時のような卓越したスルースキルを発揮したところで、目前の人物は疑いの視線を緩めることはなかったが、数秒の沈黙の末に、その人物は諦めたように大きなため息を一つ吐く。
「そっか……そうだよね……。怖がらせてごめんねー? 顔がそっくりだったから、お姉さん勘違いして早とちりしちゃったー……。考えてみたら、かなちゃんがあの時のままの姿なわけないもんねー」
「うぐぅ……!?」
悪意ゼロであるがゆえに、真剣のような鋭い切れ味を誇る言葉と罪悪感の刃が、私の胸に深々と突き刺さった。
しかしながら、そんなことには屈してはならぬと、私はなんとか正気を保つ。
「ビクシーちゃんだっけ? うちに何かようかな?」
正直なところ、逢って早々ながらに私には
そのため、このまま立ち去って悶々とするよりかは、自分に向けられた疑いを晴らしつつ、相手の近況を探るほうが精神衛生的に幾分か健全であるだろうと、私は性懲りもなく嘘を並べ立てる。
「この辺りで行方不明の姉を見掛けたという噂を聞いて聞きまわっていたら、この家に出入りしていたと聞きましてー……」
「お姉……さん……? もしかして……かなちゃんの妹さん!?」
その人物は私の手首をわしっと掴むなり門扉を開け放ち、玄関前まで私を引き入れる。
その状況に既視感を覚えている暇もなく、私は屋内へと強引に引き摺り込まれた。
「ビクシーちゃんのお姉さんのこと、私が教えてあげる!」
「あ!? いや、私は――」
嵐を彷彿とさせるような慌しさも、まるでその瞬間に時間が止まったように途端に静止し、不審に思った私は、思わず声を掛ける。
「ど……どうした……の?」
「う……」
「……う?」
「産まれ……る……っ!!!」
「はあ……? う、産まれるって…………………………マジ?」
大きくなった腹部を抱き抱えるようにしながら、遥は身を屈め、苦しそうにしながら扉にもたれ掛かる。
「ま、待った!? さ、さすがにここじゃマズイ!? どどど、どうすれば!? と、とと、とりあえず家の中で寝かせて……!! あ、あとは救急車……いや、この場合はタクシーか!? というか、どこに連れてくのが正解!? は、遥!? どこに連絡すればいいの!?」
支えるように私が肩を貸すと、遥は私の体に覆い被さるように身重の体を預けながら耳元で呟く。
「あ……」
「あ……?」
「相手を信じ込ませるなら、リアリティが必要不可欠って言ってたのは誰だったかなー? 迫真の演技だったでしょー? それに、私から逃げる必要なんてないって、前に言ったよねー?
「んなっ……!?」
恐怖すら覚えそうなケロリとした表情を遥が見せたことで、自分が相手の術中にはまっていたことにようやく気付く。
しかしながら時すでに遅く、家に足を踏み入れた上に拘束されている現状に逃げ道は無いと悟った私は、観念するように両手を上げる。
「はぁー……。まさか私が騙される側になるとは……」
「素直でよろしいー♪ かなちゃんがまた変な嘘つくからだよー? あのときのままの姿なのはちょっと驚いたけど、私がかなちゃんのこと見間違えるわけないでしょー?」
私から言質を取るなり、遥はこれ好機とばかりに質問攻めへと転じる。
「それで、かなちゃんは今まで何してたのー?」
「……ずっと旅をしてた。北から南まで、思うまま適当に」
「へぇー、羨ましいなー。それで、記憶は戻ったのかなー?」
「
「そっかー。それは残念だねー……。それじゃあ、どうして戻ってきたの?」
「……ちょっと通りがかったから立ち寄っただけ」
「うんうん。それでも、もう会えないかもしれないと思ってたから……また会えて嬉しいよ」
一問一答を繰り返した後、遥は大きな咳払い一つした後、私を見つめながら口を開く。
「……?」
「おかえりなさい、かなちゃん♪」
その言葉を聞いたその瞬間、それが記憶と呼べるものなのかは判らなかったものの、私の頭にその言葉がふと蘇った。
「行ってらっしゃいとおかえりなさいの数が多いほど、人は幸せになれる……か……。って、あれ……? これって誰に言われたんだっけ……?」
いつ、誰にそう言われたのかを思い出そうとしていると、遥は全体重を掛けるように私にしがみついてきたため、私は痺れを切らせるように疑問を呈す。
「遥? そろそろ離してもらえると助かるんだけど……? 別にもう逃げたりは――」
「ごめんねー。ちょっと動けないかもー……。なんか驚きすぎて、ほんとうに陣痛来ちゃったみたいー……」
見ると、遥の額には大粒の汗が流れ、呼吸は荒く、その言葉が嘘かどうかはともかく、体調が悪いうえに状況が
「さ……先に言えーーーー!!?」
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