Forbid - 禁忌(5)

「……一つ聞かせて。あなたは私の知ってるペリメなの?」


 突然のカミングアウトに未だ動揺を隠せない私ではあったものの、これ好機とばかりに確認を挟む。


「この本をあなたから受け取り、組織を離れると聞いたあの瞬間、別れたくない、離れたくない、近くに居たい……そんな想いを抱いたことはおぼろげながらに覚えています。ですが、彼女たちマイナデスと融合を果たし、力を得た今の私は、あなたの存じている私とは違うのかもしれません」


 ペリメが私に抱いていた想いを知って躊躇ためらいこそしたものの、彼女自信のその言葉に後押しされるように、私は一層の覚悟を決めて重い口を開く。


「三ヶ月前、ペリメが去り際に残した言葉がずっと引っ掛かってた。遥や伊吹少年を巻き込まないために、自らの意思で組織に戻るように仕向けるための脅し文句なんだろうと最初は思っていたけど、組織が私を連れ戻すために遥や伊吹少年に危害を加えようとしているのであれば、事故を装って二人の命を奪えばいいだけの話で、私に不幸が起こることを知らせる必要なんてない。だとすると、ペリメは組織の意向とは違った思惑で助言をしたことになるけど、二つの不幸を起こした実行犯がペリメであるのなら、その行動とその発言には整合性がなくなる。だって、だからね」


 ここに至るまでに組み上げた持論を並び立てると、ペリメは少しだけ顔を歪ませながら沈黙し、そして目を背けた。


「目の前で起こる出来事に介入することは出来ても、離れた場所で起こる出来事を防ぐことは出来ない――裏を返せば、不幸は私の周りでしか起きず、近くに居る間であれば私にも防ぐことが可能。懸命な判断とは、狂気によって自制が効かなくなった時のことを見越しての発言。結局、。三ヶ月前のペリメが私に伝えようとしていたこと……それは、


 左腕に力を込めると、、流れるようにそれを逆手に持って本に突き立て、それとほぼ同時進行に、懐中電灯から取り出した乾電池を右手に持ち、本へと近付ける。

 すると、本は一瞬のうちに炎を纏うように発火し、一瞬で起こったその出来事に驚いたのか、ペリメは身を逸らしながら本を地面に落とす。


「わ……私の本が……っ!? 駄目ですっ!? お願い、消えてください!?」


 本全体を包み込むように燃え上がる炎は、まるで昼間のように周囲を照らし、ペリメは着ていた上着を脱ぎ、炎を払うよう鎮火に当たる。

 しかし、努力や懇願など無意味であると嘲笑うかのように炎の勢いが衰えることはなく、赤く、そして激しく燃え続けた。


「その本に染み込ませたのは無水エタノール。私の体には、鋭利なもので傷つけられると、それを攻撃とみなして体内に取り込んでしまう特性と、取り込んだ体内の異物を外に出そうとする二つの特性がある。それでさっき思いついたんだけど、普通は常温で気化するような液体でも、注射器みたいに先端が尖ったものの中に入れて体に刺せば、体内に隠して持ち運べるんじゃないかって」


 空になった注射器を捨てつつ、今度は右手に持つ乾電池を見えるように持ち替えて、私は話を続ける。


「それとこれは最近覚えたサバイバル術で、乾電池とガムの包み紙を使うと、火を起こすことが出来る。最初からその本を燃やそうと考えて病院で準備はしてきたけど、燃やすためには近付かなければ難しいし、気付かれないようにする必要もあったからそこが悩みどころだった。だから、そっちから近付いてくれたのは好都合だった――なんて言っても聞こえてないか」


 私が長々と講釈を垂れている間に炎は鎮火して白煙を上げ、本だったものは黒い灰の山だけを残して跡形もなくなっていた。

 地面に座り込み、灰を掻き集めるようにして抱き抱えるペリメの小さな背に哀愁のようなものを感じつつ、私はその背を背後から抱き締める。


「この力があれば、あなたという存在に近付ける……そうすれば一緒に居られる……そう考えていました……。ですが、それも出来なくなってしまった……。私の手はもう、あなたという存在に決して届きはしない……」

「たとえ触媒が消えてマイナデスの力を失おうと、Re-Actorリアクターによる精神融合を元に戻すことはできない。つまり、あなたの中に眠る狂気は生き続ける。きっとそれは、あなたを苦しめ続けることになる」


 左手でペリメの顎を上げながら固定し、頚動脈にメスの腹を当てると、指先からドクンドクンと血の脈動を感じ、接していたペリメの体からは全身が強張るような緊張が伝わってきた。


「あなたを止めること――それがあの時のあなたの望み。だから、私があなたを。依頼料はサービスしとく」

「ありがとう……ございます……」


 ――ブスッ。


 膜を突き破ったような感触が指先に伝わり、私は持っていたメスからそっと指を離す。

 そして、ペリメは振り返りながら顔を上げ、を怪訝そうに眺めていた。


「どう……して……?」

「……やーめた。私はヒーローなんかじゃないし、組織に属する人間でもない、普通の人間。人を裁く権利や資格も無ければ、他人を軽々しく殺めたりする殺人狂でもない。あの二人に感謝するといい」


 任務の途中で人を殺めた過去もあったが、そこに後悔や罪悪感といった感情は湧かず、たとえ相手が同じ組織の人間であっても躊躇はしないだろうと断言できるほどに、私にとって他者の命を奪うという行為は普通のことだった。

 だが、遥や伊吹少年と共に過ごしたことで、人を知り、優しさを知り、命の尊さを知った私にとって、以前までの“普通”は、今の私にとっての“普通”とは程遠いものになっていた。

 そのことに気付いたからこそ、私の手はペリメの命を奪うことを躊躇ためらった――私は自らに言い聞かせるように結論付けると、その場を立ち去ろうと背を向ける。


「私も変われたんだから、あなたも変われる。きっとね」

「ま、待ってください!? ⅩⅦセブンティーン!? どこに行かれるおつもりです……!?」


 強引に呼び止めるられるという、幾度となく経験したその展開への解決策を既に見出していた私は、自らの両耳を塞ぎ、制止する声など構わずに堂々と歩みを進める。


「聞ーこーえーなーいー。私はもうⅩⅦセブンティーンじゃないし、どこにも戻らない。遠山家にも、組織にも、もちろんあなたのもとにも。誰かを不幸に巻き込むくらいなら、皆が私を忘れるその時まで、私はまま、自由に旅をする」

「相変わらずの気まぐれで……突拍子もありません……ね……。でも、あなたらしいです」


 一度として振り返ることなく、夜も深い林の中を無心で突き進みつつも、しがらみの残らぬよう置き土産を残すように一言だけ呟く。


「これで本当に最後。さようなら……ペリメ」

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