Forbid - 禁忌(2)

「――遥っ!!」


 息を荒げながらリビングに突入すると、筋力トレーニング真っ最中だったであろう伊吹少年が顔を上げ、困惑に満ちた表情を浮かべる。


「び、ビックリした……。先生か……。何だよ、いきなり騒々しいな……」

「やっぱり帰って……ない……」

「帰ってない……? 一緒に銭湯行ったんじゃ……て、あっ!? ちょ――」


 私はそのままリビングの扉を閉め、慌しく玄関へと立ち戻って靴を履きなおし、外に出ようとドアノブに手を伸ばす。

 その瞬間、私の手は虚しくくうを掴んだ。


「ただいまー。って、あれ? かなちゃん? もう帰ってたんだー?」


 遥は普段の様子で玄関のドアに鍵を掛けながら、硬直している私にあっけらかんといった表情を向けるも、私は動揺してしまい、その顔をじっと見上げることしか出来なかった。


「どうしたの、かなちゃん? そんなに真剣な顔して?」

「あー……えっと……。今までどちらに……?」

「んー? 卵と牛乳を切らしていたの思い出したから、ちょっと回り道してお店に寄ってたんだー」

「へぇ……そっか……」


 買い物袋を掲げてニッコリ微笑む彼女にペースを乱されながらも、私はなんとか我を取り戻し、その手から買い物袋を奪い取る。


「じゃなくて……! そういうのは私の仕事! アイアム、メイド!!」

「あー、そっかー。それもそうだねー。ついついー♪」

「遥を一人で帰らせた私にも落ち度はあるけど、とりま今度からは痴漢撃退道具の一つくらい持って出掛けるように!」



◇◇◇



「今日はお買い得だったねー♪」

「別に買い物なんて付き合わなくてもいいのに。受験生なんだから、時間は有効に使ったほうがいいと思うんだけど?」

「かなちゃんと一緒にお買い物の時間を楽しむことは、私にとっては息抜き……というより、ご褒美だよー♪」

「そういうのはいいから」


 ペリメから宣告を受けてから三ヶ月ほど経過した。

 しかしながら、私達の生活にはこれといった変化は見られず、あるといえば伊吹少年が学校に通い始めたことだろうが、これといった問題どころか、水を得た魚のように以前より生き生きと過ごしており、青春を謳歌しているようで微笑ましいとさえ思うほどだった。


「えー? 嘘じゃないのにー……。かなちゃんって、他人の好意に鈍感なところあるよねー……って、あれって……おーい! 伊吹ー! 今帰りー?」


 大きな道路を挟んだ向かい側の歩道に見慣れた顔を見つけた遥は、行き交う人々の目など少しも気にした様子も泣く大きく両手を上げ、大声を響かせながら、信号が点滅している横断歩道を足早に渡り始めた。

 伊吹少年もまた、こちらに気付いて友人に別れを告げるように手を振っていたが、そこで異変が起こった。


「……っ!?」


 遥は頭部に手を当て、数歩ほどフラフラ歩いたかと思うと、横断歩道の中央付近でしゃがみ込んだ。


「遥……?」


 どうしたのかと思ったのも束の間に、信号は青から赤へと変わり、まるでそれを見計らったかのように、タイヤの滑る音が私の耳へと届く。

 見れば、道路でうずくまる遥にトラックの車体が迫り、伊吹少年がそれを助けようと道路に飛び出そうとしている姿を確認できた。

 だが、それが自殺行為であることを無意識に察した私の体は自分の意思とは関係なく動き、遥共々、二人を道路脇へと突き飛ばしていた。


 ――バギィ……!!


 自分の体が重力から解き放たれるかのように宙を舞い、地面を数度ほど転がったあと、私は冷たく硬いアスファルトに寝そべることになった。

 ゆっくり瞼を上げると、地面と平行になった私の視界に二人分の影が私に駆け寄る姿が映る。


「先生……!? し……しっかりしろよ!?」

「かなちゃん!? かなっ!? 死んじゃヤダよ!?」


 鬼気迫った形相で私のことを心配する二人に、私は心配させまいと笑みを浮かべ、その頬に触れる。


「二人とも……無事で……良かった……」


 その温もりを手のひらで感じながら、私の意識はそこで途絶えた。

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