4.Forbid - 禁忌

Forbid - 禁忌(1)

「あー、気持ち良かったー♪ 広いお風呂もたまには良いかもねー♪」


 湯上りの火照った体に夜風が染み入り、私はその心地良い感覚に浸るようにダラダラと足を進めていたのだが、遥はそんな私との歩調を調整しながら、先導するように少し前を歩いていた。


「そういえば、かなちゃん。さっきの話の続きだけど、前のお勤め先ではなんて呼ばれてたの?」


 突然、脇腹を突かれた錯覚に陥りながらも、私は渋々と答える。


「えっと……ⅩⅦセブンティーン

「セブンティーン? 17番目って……社員番号? 海外の企業かな……?」

「……さあね。私もよくは知らない」


 そう名付けられた理由を知ってはいたものの、そのことについてこの場で説明することは出来ないと判断し、私はただ事実だけを答える。


「それなら、私もそう呼んだほうが良い?」

「今までどおりでいい。一応、今の名前はそこそこ気に入ってるし」


 本音を言うと、私はⅩⅦセブンティーンという名が嫌いだった。

 その理由は、なんか中二病っぽいとか、自分が管理された存在であることを否が応でも認めざるをえないとか様々あったが、何よりも自分という存在が人間として扱われていないことが私にとって一番の不服ポイントだった。


「そっかー。気に入ってるのかー。そっかそっかー♪」


 遥から記憶喪失からっぽさんという名で呼ばれたときの私は、それがヘンテコなあだ名であろうと、他の誰でもなく私という個の特徴を示したことが嬉しかったし、彼方かなたという人間らしい名を与えられたときには、初めて自分が一人の人間になれたような気さえ起きていた。

 だからこそ、私に人として生きる道があることを示し、そのきっかけを与えてくれた遥の願いを聞き入れても良いのではと考え至ったわけではあるが、そんな子供みたいな理由を馬鹿正直に話せるような毛の生えた心臓を、私は持ち合わせていなかった。


 ………


 二人で雑談をしながら帰路を辿る途中、私がふと立ち止まると、数歩ほど先に進んでいた遥が連動するように、私の挙動に気付いて振り返る。


「ん? かなちゃん……? どうしたの?」


 私は踵を返すように背を向け、遥に事を告げる。


「悪い。ちょっと用事を思い出した。先に帰っててくれる?」

「えっ? それなら私も一緒に……」

「待たせたら湯冷めするし、風邪を引かせでもしたらメイド失格だろ。いいから先に帰ってて」

「う~ん……でも、結構暗くなってきたし、最近は変態さんも多いって聞くから、かなちゃんみたいな可愛い子は狙われちゃうかもしれないよー?」

「可愛いかどうかは置いておくとして、私は強いから問題無い」

「相変わらずの自信だねー。でもまあ、伊吹に稽古付けられるくらいだから、それもそうだねー。それじゃあ、私は先に帰ってるねー?」


 遥に手を振って見送り、頭上に輝く少し欠けた月を確認した後、礼儀作法よろしく周囲に人影が無いことを確認した私は、暗がりに向かって声を投げ掛ける。


「私としては二度と会うつもりは無かったんだけど、今日は何の用?」

「連れないこと仰います。そのような言葉を聞かされたら、人間誰しも寂しく感じてしまうものですよ?」

「思ってもないことを」


 暗がりの中から姿を現した人物は、案の定、私の見知った顔だった。


「それでペリメ。わざわざ姿を見せたってことは、何か私に用事があるってことでしょ?」

「ええ。良い報せと悪い報せがありますが、どちらから先にお聞きになりますか?」

「……それじゃあ、良い報せで」


 ペリメは大きな咳払いをすると、眼鏡のズレを正すようにそのフレーム部分に触れる。


「今後、我々の組織はあなたに対して、表向きは不介入とすることを決定しました。つまりあなたは晴れて自由の身です」


 私のことを冷たい視線で見据えながら淡々と語り、私は言葉の端々に垣間見える違和感に眉を曲げながらも、もうひとつの用件を聞く。


「人を容疑者か囚人みたいに……。それだけ聞けば良い報せだけど、悪いほうは?」

「近いうちに、あなたの周囲に不幸が起こります。いえ……正確には

「周囲に……不幸……? まさか、ってそういう意味?」


 ここ最近で不幸と呼べる出来事を思い返せば、思い当たる節は幾つかあったものの、その中でも印象的かつ真っ先に想起されたその出来事を思い出した私は、抱いていた疑問が腑に落ちたと同時に、良い報せも悪い報せであったことを俄かに悟る。


「落ちてきた看板……あの事故は偶然降ってきたものじゃなく、伊吹少年を故意に狙ったもの……。私を直接狙わず、周囲の人間に矛先を向けたのは、私との対立を避けようとしているからであり、事故や不幸を装って痕跡を残さなければ、私に直接手を下したことにもならず、恨まれる謂われも無い……そうやって私から居場所を奪い、私が自分の意思で戻ってくるなんて筋書きを考えてる、と。まあ、組織内部のことを熟知してる私は最上級危険因子だろうし、目の届かないところで野放しにしておくよりは、首輪をつけて飼い慣らしているほうがよっぽどマシって考えるのもわかるけど、陰湿で回りくどいし、考えることも安直だな」


 私の居場所を奪うためだけに、一般人である伊吹少年を平気で巻き込んだことに憤りを覚えると同時に、表舞台に決して姿を現すことのない秘密組織が私を連れ戻すためだけに動いたことに驚き、それほどまでに自分が危険視される存在であることを改めて知らされることとなった。

 

「でも、ペリメ。私が言うのもなんだけど、それを私に聞かせた時点で、計画は丸潰れになる。どうしてそれをわざわざ私に伝える?」


 私がそう問うと、ペリメは夕闇に染まった空を見上げながら、ボソリと呟く。


「そろそろ日も落ちて、暗くなってきましたね。こんな道を少女が一人で歩くのは危険だとは思いませんか?」

「何を突然……? ……っ!!」


 一瞬そう思った直後、その言葉の真意に気付いた私は、すぐさま通りの先を凝視する。

 だが、日の光が落ちた今となっては、道の先をまで見通すことは叶わず、その姿を確認することは出来なかった。


「遅かれ早かれ、不幸はいずれ……そして必ず訪れます。たとえあなたと言えど、目の前で起こる出来事に介入することは出来ても、離れた場所で起こる出来事を防ぐことは出来ません。ⅩⅦセブンティーン。あなたならば、懸命な判断ができると私は信じています」


 ペリメの言葉も話半分に、私はフルスロットルで道を駆け出す。

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