Friend - 友達(3)

「ねえ、キミ。ちょっと、いいかな?」


 少年の呼び掛けに反応した女子生徒は足を止め、三つ編み濃紺のおさげを揺らしながらフワリと振り返る。


「……? 私……ですか? なんでしょうか……?」


 勤勉学生を象徴するような丸眼鏡の奥の瞳をこれでもかと細め、女子生徒は呼び止めた相手のことを怪しむように凝視したものの、次の瞬間には人が変わったように小さな瞳を大きく見開き、への字に結んでいた口をぽっかりと開けた。


「あ……。私にどのような御用でしょうか……?」

「えっと、御用ってほどのことじゃないけど……。ちょっとだけ話相手をしてくれない……かな?」

「話し相手……? わ、私と……ですか? それは構いませんが……私、口下手なので……上手く話せるかどうか……」

「いや、それはこっちのセリフなんだけど……。でも、良かった。正直、知らない人に話しかけられたりしたら、すぐに逃げられたり、断られたりするんじゃないかと思ってたからさ」

「知らない人……? 遠山伊吹さん……ですよね? 同じクラスの?」

「そう……だけど、俺のこと知ってるの?」

「は……はい。一度見た人の顔は覚えていますし、遠山さんは女子の間で――……ああ!? い、いえ!? なんでもありません!!」

「……? それじゃあ、話を……というか、一体何を話したらいいんだ……?」


 少年が考え込むように首を傾けつつ、チラチラと私に視線を送りながら救難信号を送ってきたものの、私は身振り手振りで「自分でなんとかしろ」と返した結果、少年の顔はしかめっ面に変化した。


「あ、あの……学校に顔を見せないのは、お仕事が忙しいからなんでしょうか?」

「えっ……? お仕事……?」

「忙しくて学校に通う暇も無いと小耳に挟んだものですから……」

「な、なんでそんなことに……? 噂が一人歩きするってこういうことなのか……。まあ、別のやりたいことに集中してるって点では同じかもしれないけど」

「やりたいこと……ですか?」

「自慢するようなことじゃない。将来、警察官になりたいってだけで」

「警察官!? すごい……ですね……! 同い年なのに、明確なこころざしを持っているなんて……私、尊敬します……!!」

「そう……かな? でも、今は引き篭もりみたいなもんだし……。それで、今度また学校に通い始めようと思ってるんだけど、本音を言うとクラスに溶け込めるかどうかちょっと不安でさ……。こうして君に話し掛けたのは、そのための練習の一環というか……」

「練習……ですか? それなら、私が協力します! 私、学級委員ですので!!」


 女子生徒が少年の両手を握り、少年はその行動に驚いたのか、すかさずそっぽを向いた。 


 ――バキッ……!!


「……っ!!」


 何かに気付いたような素振りを見せたあと、少年は何の躊躇いも無く女子生徒に飛びつく。


「――きゃ!?」


 それから1秒も待たずして、二人が立ち話をしていたその場所に大きな何かが落下し、衝突音とともにその周囲に破片を巻き散らした。


「だ、大丈夫!? 美空みそらさん!? 怪我してない!?」


 女子生徒に覆い被さっていた少年は立ち上がって手を差し伸べ、女子生徒は戸惑いながらもその手を取って同じように立ち上がる。

 見れば、二人から1メートルほど離れた地面に2メートル近くはありそうな看板がゴロリと転がっており、道行く人々は野次馬のように立ち止まり、周囲は騒然といった空気に包まれはじめていた。


「看板……? ボルトが腐食して上から落ちてきたのか……? でも良かった、美空みそらさんに怪我が無くて……。こんなに可愛い顔に傷でもついたら、責任取れるかどうか……」

「か、かわ……!?」

「ん……? 顔、赤いけど……ホントに大丈夫? というか、いきなり押し倒したりしてごめん」


 少年の指先が女子生徒の頬をなぞるように触れた瞬間、女子生徒の頬はみるみるうちに赤みを増していった。


「らら……らいじょうぶれす!?」


 物影からそんな二人の初々しいやり取りを窺っていた私は、思わず両の手を顔に当て、視界を閉ざす。


「天然無自覚系イケメンか……そっちの素質もあるのか……少年……。しかし、何でだろう……見てるこっちが恥ずい……」

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