Friend - 友達(2)
「――引き籠っていた理由も、警察学校のことも、お母さんには正直に話して進学することも了承もしてもらえた……それでも、少年は学校に行くのは気乗りしない、と……?」
他人のベッドの上で仰け反りながら、小説を読む片手間に私が呟くと、勉強机に向かい合いながらスラスラとペンを走らせ、真面目に勉学に勤しんでいる少年が僅かながらに頷く。
「こっちの学校にはまだほとんど行ってないし、気兼ねなく話せる相手なんて一人もいない。記憶喪失だったんなら、状況も似てるし、その辺り上手くやってたんじゃないのかと思って……試しに訊いてみただけ」
「ふ~ん。まあ、頼りにされてるってのは、家庭教師冥利に尽きるし、悪い気はしないね」
「頼りにしてるとか……そういうんじゃないし」
表情こそ窺えないものの、少し上ずった声や頬を掻く仕草からみても、照れ隠しをしているのは明らかだったため、私はその言葉を口に出す。
「おー、出たツンデレ。ありがたやありがたや」
「なにソレ……? よく分かんないけど、結局そのへんはどうなんだよ?」
私はにやにやと笑みを浮かべるに留め、思い出すように瞼を閉じる。
「んー……自分のことを知る人間が周囲に一人も居ないってのは確かに不安だったし、知らない相手と接するのはなかなかに神経を使った。状況が状況だっただけに、周りの人間すべてが敵なんじゃないかって思うくらいにはね」
「敵……?」
「あー……そこは、比喩表現というかなんというか……。まあ、私のことはさて置くとして、少年の気持ちはわからないでもない。結局のところ気兼ねなく話せる人間が近くに居ないから、不安が拭えないってことだよね?」
当たり障り無いように自分の失言を誤魔化すと、少年は少々沈黙したあと、まごまごした様子で口を開く。
「えっと……そりゃあ……まあ……」
「一人で始まる旅も、二人になった途端に楽になったり、話がどんどん進みはじめたりするし、NPCとか仲間モンスターも、居ないよりはだいぶマシだもんな~」
「はあ……? 何の話……?」
読み進めていた雑誌を私がパタリと閉じると、少年は椅子を回転させて振り返り、怪訝な表情を私に見せた。
「う~ん……。とはいえ、伊吹少年の場合は練習が必要か。あの態度と毒舌じゃ、仲間どころか敵を作りかねない」
「毒舌? 俺が? じゃなくて、何の話をして……」
その事実を私の口から告げようと、少年は自覚ゼロといった様子で腕を組みながら首を傾げた。
「まだ、午後3時……時間的にはちょうど良さそうだな。せっかくだから、日が落ちる前に――」
「だーかーら、さっきから何の話してるんだよ?」
壁掛け時計の時間を確認した私がベットから立ち上がると、少年は一層表情を曇らせ、不機嫌そうな視線を私に向けた。
「――ようするに、だ。無いのなら作れば良い。けど、それにはまず練習。そういうわけで伊吹隊員。これ以降、私のことを呼称する際は、私を敬いながら“隊長”と呼ぶように。これは命令である」
「だから何がそういうわけなんだよ……もうワケわかんない……。大体、隊長って……子供の遊びでもするつもりかよ? アホらし」
すかさず伸ばした私の人差し指が少年の眉間から数センチというところでピタリと止まると、少年の表情もまた、ピタリと固まった。
「少年がまず正すべきは、そういう協調性の無さと、最初から他者を見下すような態度であると私は言っている。行きたいんだろう? 警察学校?」
「うっ……!? それは……」
自覚が芽生えたことを確認した私は、片手を引っ張って椅子から立ち上がらせると、そのまま背を押しながら部屋の出口へと誘導する。
「というわけだから、早速ひと狩り行こうぜ♪」
◇◇◇
「――レベル2。狩りの基本は、息をひそめ、獲物が自分のテリトリーに入ってくるのを待ち、素早く仕留めることである」
「……つまり?」
大通りの路地に肩を並べながら私は顔を出し、双眼鏡越しに通りの奥へと視線を向ける。
「この大通りは学生たちの通学路になってるから、まずはこの辺りで待ち伏せる。獲物が通ったら、タイミング良く声を掛けて仲良くなる。それが今回、少年に与えられたミッションだ」
「なんかやけに雑な内容だな……」
「私が全部決めてたら練習にならない。というわけで、早速来たぞ。性別は女子。少年と同じクラスで、席はひとつ前。名前は
所持していた双眼鏡を手渡すと、少年も身を乗り出し対象を捕捉する。
「どこでそんな情報を……? というか、女子……? でも、これって周りから見たらナンパなんじゃ……」
人差し指を左右に振りながら、私はチッチッチと舌を鳴らす。
「狙った獲物を捕まえるという意味では一緒だが、相手の習性を知り、得意な立地を生かし、用意周到に罠を仕掛けることで成功率の底上げを行う。云うなればこれは、知的戦略ゲーム。相手のことを何も知らず、返り討ち上等で手当たり次第に無謀な戦いを挑むナンパとはワケが違う。少年だって、周囲からの視線やプレッシャーも抑えられるし、相手と一対一という状況であれば前回と要領は同じ。校内でいきなり知らない大勢と話すよりは、マシな状況だとは思わないか?」
「いや、それはまあ……そうだけど……。俺、あの子の情報一切持ち合わせて無いんだけど……?」
「アドリブ力もコミュニケーションには必要なものなのだ」
「いや知的要素どこにいったよ!?」
「というわけで、対象はすぐそこまで迫っている。ミッションスタート!」
「はあ……。なんかまた、言いくるめられてる気がする……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます