3.Friend - 友達
Friend - 友達(1)
生い茂った草むらの影から顔を覗かせながら周囲の状況を伺い、複数に散らばる候補のうちの一個体に対象を絞り込むと、私は人差し指を立て、そちらを指し示す。
「あの赤毛……。獲物はアレにしよう」
「獲物って……まだ子供じゃん……」
「選り好みしてられる状況じゃないだろ。それに、利用できるものを何でも利用することは単純に選択肢を広げ、生存率を上げることに繋がる。どんなに嫌いなものでも、生き抜くためには食べる。そうでなきゃ、戦場や自然の中で生き抜くことなんて出来はしない」
私同様に草むらで肩を並べる人物が、まったく乗り気ではないといった様子で小声ながらに苦言を呈すと、私は先達者の役目とばかりにそれらしい言葉を選び、さもそれが当たり前なのだと講じるように並べ立てる。
しかしながら、共感を得られたような手応えはなく、それを肯定するかのように少年は呆れたような深い溜息を漏らした。
「それはそうだろうけど……戦場って……。なんか適当にそれっぽいこと言って、俺を言いくるめようとしてないか……?」
「まあいーからいーから。何事も経験ってことで、四の五の言わずに行ってこい。私はここで見てるから。というわけで、レベル1、ミッションスタート」
「あーはいはい……。分かりましたよ……た・い・ちょ・う」
隣に並ぶ背を少し強めに叩くと、少年は渋々といった様子で茂みから立ち上がり、獲物へと忍び寄る。
すると、赤みがかったボサボサ髪の少年がその気配を察して振り返り、怪しいものを観察するように目を細めた。
「や、やあ……キミ……。何してるの……かな?」
「なんだオマエ? 見かけない顔だな? どこ小だ?」
「小学生じゃなくて中学生なんだけど……。こ……この辺りに住んでるんだけど、俺と一緒に遊んでくれない……か? 俺、友達いないから……遊び相手が欲しいんだ」
伊吹少年は私の教えた台詞を一言一句違わずなぞるものの、当人は照れているような焦っているような情緒不安定といった様子であり、それは傍から見れば不審者そのものだった。
それが伊吹少年でなければ事案などと呼ばれても仕方のない光景ではあったものの、獲物はそんな状況を然して気にした様子もなく、すっくと立ち上がり伊吹少年を下から覗き込むように見上げた。
「遊び相手……? ふ~ん……。それなら、オレとバスケしようぜ? オレが勝ったらオマエはオレのコブンな?」
「子分……? 俺のほうがだいぶ身長高いし有利なんじゃ……。まあ、子供の言うことだし付き合ってやるか……」
「いいね。それじゃあ
「先生……? い、いつの間に……? ていうか見てるんじゃ……?」
私が姿を見せた途端、伊吹少年は驚きの表情を浮かべるも、私は何食わぬ顔で話を続ける。
「うっし! オレはいいぜ!」
「伊吹隊員。今の私は先生ではなく隊長である。それと、これは忠告。どんな小さな生き物も、女性や老人、子供であろうとも、敵に立ち向かうための知恵や逆転の一手を持ち合わせている――そのことを覚えておくといい」
「……はあ?」
「それじゃあ、オマエからはじめていいぜ?」
赤毛の少年がバスケットボールを放り投げ、それを受け取った伊吹少年がボールを地面に何度も叩きつけながらリズム音を鳴らしはじめると、自然と場の緊張感は高まっていき、何の合図もなく試合は静かに始まった。
………
ものの数分も経たないうちに両者の勝敗は決し、伊吹少年はその場に
「負けた……? こんなチビ相手に一本も取れなかった……?」
「バスケは学校で一番上手いからなー、オレ! というわけだから、お前はオレのコブンだ!」
「クソッ……!」
「なあなあ? 次、ねーちゃんも一緒にやろうぜ? 二人でオレの相手してくれよ?」
「二人で……? ほう……」
私は顎に手を添え、少しだけ考えてから口を開く。
「私は遠慮しておく……と言いたいところだけど、隊員が敗北したとなれば隊長の私が何もしないわけにもいかないし、隊員の尻拭いも監督者の務め――ってことで、相手をしてあげるよ。私一人で」
「隊長……? ねーちゃんがコイツの? それじゃあ、ねーちゃんに勝てばオレが隊長ってことだな!?」
赤毛の少年が息巻く様子を見て、私はそれを鼻で笑った。
「その理屈はわからないけど、構わないよ。まあ、勝てればの話……だけど?」
………
――シュパ!
バスケットゴールのネットが快音を鳴らし、その直後、赤毛の少年は愕然といった様子でその場に膝を崩した。
「負けた……。オレとほとんど身長変わらないのに……女子なのに……負けた……」
「……身長はだいぶ私のほうが高い」
手を差し伸べると、赤毛の少年は渋々ながらに私の手を取って立ち上がった。
「も、もう一回勝負だ!!」
「何度やっても同じだと思うけど。というか、泣きの一回どころか、もう何度目になるんだか……。諦めない姿勢は誉められるけど、自分の身の丈を
「む~……」
バスケットボールを回収し、それを赤毛の少年にそっと手渡すと、近くで観戦していたもう一人の少年を手招きで呼びつける。
「さて、少年達にひとつアドバイスをしてやろう。目に見えるものはほとんどの場合真実じゃないし、目に見えるものを最初から信用してはダメだ。見た目で相手に舐められるというのは、小さいものからすれば有利なハンデとなり、相手に付け入る隙があるという証明でもある。どんな相手でも決して侮らないこと。そして、弱みは強みになるということ。この二つを覚えておけば、今後の人生の中できっと役に立つことだろう」
「弱みが……強み……?」
「……? なんかよくわかんねーけど、言ってることはスゲー気がする!! ねーちゃん……いや、師匠! オレを弟子にしてくれ!?」
「はあ!? ば、馬鹿言うな!?
私のことを取り合っているようで少しばかりムズ痒く感じながらも、私は腕を組んで考え込む。
「う~ん……。そもそも私は家庭教師兼メイドとして雇われてる身だし、伊吹少年は生徒である前に私のご主人様ってことになるんだけど……」
「めいど……? オレのコブンがコイツで、コイツの先生がメイドの師匠で、師匠の弟子がオレってことだから……結局、誰が一番エライんだ……?」
「というか、然り気無く弟子にカウントするなよな!?」
「そんなんオレにはカンケーないもんね! オレは師匠の弟子になるんだ!!」
争い合う二人の手を取って私がそれを繋ぎ合わせると、二人の少年は同時に沈黙し、そして首を傾げた。
「誰が偉いかなんてどうでもいい。自分がどう思ってるかが重要。ってことで、みんな友達ってことでいいんじゃない? なんか二人とも馬が合いそうだし」
その直後、繋がれたはずの手はパァンという大きな破裂音とともに分かたれ、両者は互いが互いの顔を指差した。
「誰がこんな単細胞バカと!?」
「誰がこんな頭でっかちと!?」
「……やっぱり、馬が合ってるじゃないか」
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