Fake - 偽り(5)

「組織を……抜ける……? ⅩⅦセブンティーン。あなたにしては面白い冗談……ですね?」


 一大決心の末の重大発表であるにもかかわらず、ペリメの反応は思いのほか薄く、無表情のまま首を横に傾けたにとどまっており、恐らくは冗談や愚痴程度にしか聞こえていないといった様子であったため、私は仕方なく言葉を付け加える。


「冗談じゃなく、真面目の大本気オオマジ

大本気オオマジ……ですか。そうですか……」


 ようやく私の言葉が本気であると悟り、ペリメは困惑したように額に手を当てながら天を仰ぎ、眼鏡のレンズに月明かりを映した。


「なんかさ、自分でもよく判らないんだけど、誰かに必要だって言われて、初めて素直に嬉しいなー……なんて思ったんだよねー……。慈善活動なんて柄じゃないし、組織で働かされてる間はそんなこと全然考えもしなかったのに」


 私は振り子の要領で勢いをつけてその場に立ち上がり、親指と人差し指で円を作ると、煌々と輝く月にかざして重ね見る。

 すると、輪の向こう側に見える月は一層輝きを増し、まるで空に浮かぶ一粒の真珠の如く煌きながら、私の目を照らし出した。


「それはもしかして……あなたの……?」

「どうだろう? よく判らない。でもたぶん、ああいう環境のほうが私には合ってるのかもって素直に思えたってのは事実。だから、普通の環境に身を置いてみるのもありかな~……なんて思ったりして?」


 受け取った本を懐に入れると、ペリメは後退りしながら数歩ほど距離を置き、月が落とす花弁の闇に溶け込むように身を隠した。


「相変わらずの気まぐれで突拍子もありませんね。ですが、承知しました。あなたがそこまで仰るのであれば仕方ありません。上層部には私から報告しておくことにします。しかしながら、ⅩⅦセブンティーン。あなたは組織内部のことを知りすぎています。上層部がどう判断するのかは私にも判りません」


 冷たく変化したその声色に対抗するように、私は笑顔を浮かべながら振り返る。


「そんなの関係ない。私を処理しようっていうのなら、私は全力で排除する。もしも、私を引き戻すために小細工を仕掛けようっていうのなら、私は全力を以って返す。万が一にでも、あの家族に危害を加えようものならタダでは済ませないし、末代まで呪う……いや、。その覚悟があるというのであれば、どうとでもするといい」


 所存表明を終えると、ペリメは月影の中で苦々しい笑いを浮かべながら私に背を向けた。


「あなたが仰ると冗談にもなりませんね。そう付け加えて報告しておきます。では、機会があればまたお逢いしましょう。ⅩⅦセブンティーン

「機会があれば、ね。……あ、そうだ」


 立ち去ろうとするその背を引き止めるように声を上げ、私は肝心なことを一つだけ付け添える。


「もしも今後逢うことがあっても、その名で呼ぶのはやめてほしい。今の私は――」



◇◇◇



「本当に、こんなところでいいの?」

「働くなら、職場から近いほうが良いし、せっかく普通の家族になれそうなところに私がお邪魔するのは野暮ってもんでしょ。もともとこういう暮らしに興味はあったし、伊吹いぶき少年にあんなこと言っといてなんだけど、集団生活ってのもなんとなく苦手だからちょうど良い」


 庭に設置されたキャンプ用テントの中に潜り込みながら、私はそう答える。


「興味はあった……? もしかして、記憶が……?」

「あ……いや……そんな気がするってだけ」

「そっかあ……。でも、早く記憶が戻るよう私も全力で協力するからね!」

「ありがと」


 適当に相槌を打ちながらテント内部を整えて顔を外に出すと、制服女子は縁側に上がってガラス戸を開けようとしていた。

 そこで制服女子は思い出したように振り返り、出てきたばかりの私と目が合った。


「あ。ここの鍵は開けておくから、お風呂とか家にあるものは自由に使っていいよ? メイドさんといっても、一緒に生活するんだから遠慮は要らないからね? かなちゃん?」

「仕事服も支給されてるし、住ませてもらう上に食事付きともなると、家庭教師だけじゃ割に合わないから……まあ仕方がない……。とはいえ、危機管理意識の薄い家主とその家を守る番犬役も掛け持ちかー……働かざるもの食うべからずだな……」

「んー? 何か言った?」

「いや、何にも……。それより――」


 先行きを危惧しながらも、私はふとあることが引っ掛かって問い返す。


「一応確認しておくけど、って私のこと……?」

「そうだよー。私がはるかだから、彼方かなたちゃん。だから、かなちゃん。良いと思わない? 遥か彼方! いつまでも記憶喪失からっぽさんって呼ぶのは失礼かなって思ったから、頑張って考えてたんだよー?」

「それなら最初から変なあだ名で呼ばないで欲しいものだけど……。それと、伊吹いぶき少年が何度か呼んでいたからあなたの名前はなんとなく知ってはいたけど、自己紹介はされた覚えが無い」

「ええ~っと……あれあれ? 私、まだ自己紹介してなかった……?」


 私は肯定するように大きく頷き返す。


「あ……あはははー……。コ……コホン! そ、それじゃあ改めまして……。私の名前は遠山とおやまはるかです。ヨロシクね? 友達はみんな“はる”って呼んでるからそう呼んでくれてもいいよ?」

遠山とおやま……はるか……はる……。私が“かな”であなたが“はる”……。どことなく違和感あるような無いような……?」


 ――それが偶然なのか、はたまた必然なのか、誰かが知るわけもなければ、神であろうと判るはずもない。

 私たちは互いの名すら知らぬままに出会い、そして縁あって友人となった。

 しかし、のちに私はこの運命ともいうべき出会いに感謝しながらも、呪うこととなった。

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