Friend - 友達(4)

「ふぃ~……極楽極楽ぅ~……」


 少しばかり熱いお湯で満たされた湯船にどっぷり浸かり、一人では勿体無いほど広々とした浴槽を全身全霊で満喫していると、もう一人の人物が私の隣に位置取るように、ゆっくりと腰を下ろす。

 高校生とは思えぬほどの艶かしい肢体に目を奪われていると、その人物もまた私の様子をまじまじと観察しながら口を開く。


「かなちゃん。お行儀が悪いし、言ってることがお年寄りみたいだよ~?」

「こんなに広くて他に客も居ない状態なんだし、使わないのは勿体ないでしょ。むしろ使わて然るべきものを使ってあげないのは風呂に失礼。これはこの場に居る唯一の客である私たち二人に課せられた責務と言えなくもない」


 時の流れの影響なのか他の客は誰一人として見られず、ガラリとしただだっ広い大浴場を貸し切り状態で使用する形になった私は、こんな機会はそうそう無かろうと、鳥が羽を伸ばす代わりに四肢を目一杯に伸ばしていた。


「んー、まあそれもそうだねー。お風呂が故障でもしないと、こうやって来ることも無くなっちゃったし、他のお客さんが居ないことも珍しいだろうから、今日は特別ってことにしちゃおうかなー?」


 私の身勝手すぎる屁理屈に何故か納得した遥は、私同様だらけるように手足を伸ばし、リラックスモードへと移行する。


「あー……そうだなー……。まあ、近くに銭湯があって良かったよ。うん、ホントに」


 遠山家の風呂が老朽化によって脆くなり、いつ故障してもおかしくない状況だったというわけでは無論なく、メイドの仕事として真面目に風呂掃除をしていた際、うっかり力加減を間違えた結果、蛇口は原型を留めないほどぐにゃりと曲がり、それが何故か老朽化による破損ということで風呂が使用できなくなった結果、こうして近所の銭湯に二人で足を運ぶことに相成ったわけなのだが、当然ながら、破損させた張本人である私は人知れず罪悪感を抱いていつつも、「私が曲げました。テヘッ♪」などと言ったところで信じてもらえるとも思えなかったため、いっそ置かれている状況を全力で満喫してやろうではないかと開き直っている次第だった。


「それにしても、伊吹少年はなんで一緒に来なかったんだ? もしかして、風呂嫌いとか?」

「う~ん……? お年頃だし、昔から結構繊細なところもあって、人がいっぱい居て自分が目立つようなところには行きたがらないんだー」


 人がたくさん居る場所に行きたくないという理由は、私自身も十二分に共感できたものの、結果的に銭湯が貸し切り状態であることを考えると勿体無いことをしたなと、私は伊吹少年に哀れみの念を抱く。

 しかしながら、私は少々ある言葉が引っ掛かり、隣で呆けている人物にそれを訊ねる。


「二人は前から知り合いだったの? 両親が再婚したばっかりなのに、伊吹少年は遥のことえらく慕ってるみたいだし、遥は伊吹少年のことを随分知ってる感じだよね?」

「そうだよー。お父さんたちが結婚する前から、伊吹はよくうちに来てたんだー。だから、昔から結構一緒になって遊んでたし、幼馴染というよりはきょうだいに近いかなー? でもまさか、二人が結婚してこんなことになるなんて考えてもしてなかったんだけどねー」


 艶かしく肩に湯を掛け、遥は眠るように瞼を閉じながら答える。


「それどこのギャルゲ……。というか、そう考えると伊吹少年が一緒に来たがらなかった理由はそれかもな」

「どういうこと?」

「それは彼の面目のために伏せておく」


 今や家族とはいえ、もともとは他人である女子と肩を並べながら銭湯に赴くというのは、年頃の男子としてはなかなかに恥ずかしかろうと、私は伊吹少年の心境を悟って勝手に納得する。


「そういえば、かなちゃん。最近の伊吹の様子はどうかな? 二人でよくお外で遊んでるみたいだけど?」

「お外って……。まあ、近所に馬の合う同年代の友達も出来たし、クラスメイトの女子を助けて仲良くなったりで、まあまあ順調ではある。けど、学校に行くのはまだ少し抵抗あるみたいだから、あと一押しってところかな」

「へえ~……あの伊吹が……。さすがはスーパー家庭教師だねー。かなちゃんをスカウトした私の目に狂いは無かったみたい♪」


 遥は両手の人差し指と親指で輪っかを作り、眼鏡を模して私を覗き込む。

 ところが、遥はそのまま数秒間沈黙したため、私は思わず口火を切る。


「な……なに? 私の顔に何かついてる?」

「かなちゃんに聞きたかったことがあるんだけど、かなちゃんは?」

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