Fake - 偽り(3)

「もうひとつの……動機……?」


 制服少女が不思議そうに少年の顔を凝視すると、少年は慌てた様子で目を背け、そんな二人の様子を横目で眺めつつ、私は適温となったお茶で喉を潤しながら話を続ける。


「ここからは私の想像にはなるけど、以前までのキミはお母さんを一人で支えているつもりだった。大人になったら自分が支えていかなければという使命感すら背負っていた。だからこそ、人一倍勉学に勤しんでいた。しかし、両親が再婚したことによって家庭は安泰となり、キミはその重責や立場から唐突に解放された……というより、奪われたと言ったほうがいいかな? 存在意義を失ったキミは、自分は必要とされない、むしろこの家庭にとって邪魔な存在なんじゃないかと考え、習慣でありアイデンティティーでもあった勉強に一層励むことで気持ちを安定させながら、いち早く独り立ちしようと躍起になっているように見える」

「バカバカしい……呆れるほど想像力が豊かだな、お前……。何の根拠も無しに……」


 まるで小馬鹿にするように鼻で笑う少年ではあったものの、それが誤魔化すための嘘であることを、私は既に知り得ていた。


「キミは勉強だけじゃなく、隠れて体も鍛えていて、刃物を持った相手を制圧する方法も心得ている。そして、勉学や体づくりにすべての時間を割く理由――というより割かなければいけない一番の理由は恐らく、キミの部屋から見つかったに関係していると私は睨んでいる」

「……っ! それは!? か、返せ!?」


 部屋からこっそり押収しておいたものを懐から取り出すと、少年は驚いたように顔を歪ませながら慌ててそれを奪おうとする。

 だが、私はそれを頭上に掲げながらそれを阻止しつつ、制服女子へと横流しする。


「これって、入学案内のパンフレット……? 警察学校……。あっ!? そういえば、亡くなった伊吹いぶきのお父さんが、警察官だったって聞いたことが……。もしかして……」


 私たち二人の視線を一身に受けながら少年はテーブルに肘を突き、大きな溜め息を吐いたあと、仕方がないといった様子で口を開く。


「そうだよ……確かに俺は警察学校に進もうと思ってるし、父さんは警察官だった。犯人から一般市民を庇って殉職したって、母さんからは聞かされている。でも、それが理由じゃない……。父さんは家にいることはほとんど無かったし、小さい頃に亡くなってたから、思い出なんてほとんど無い。警察官だったことも最近知ったくらいだし……」

「それならどうして警察官に……?」

「もし……もしも父さんが生きていたなら……母さんがあれほどやつれた顔をすることも、俺のためにあんなに苦労することも無かったんじゃないかって……そう考えたことがたくさんある。だから、俺は強くなろう……強くなって母さんを支えられるくらい立派になって、安心させてあげようって……。だからけっこう前から警察官になることを決めていた……」


 今までのぶっきらぼうな態度から一変し、心の内を饒舌に語り始めた少年の変わりように驚きつつも、私は少年が家族にその話を打ち明けていなかった理由について、一応の納得を得た。


「なるほど……。もしもキミがお父さんと同じ道を歩んでいると知れば、お母さんが悲しい想いをしてしまうかもしれないし、最悪の場合、キミが警察学校に進むことを反対するんじゃないかとキミは考えた。だから、家族の誰にも打ち明けられなかった……と」

「普通に勉強して、普通に生活してても、普通の人間にしかならない……でも、普通じゃダメだ……。母さんを心配させたくない……だから、俺は死ぬわけにはいかないし、絶対に死んだりしない……。そのことを母さんに納得させられるくらいの強さが俺には必要だった……。だから……」

「強くなるのであれば、格闘家を目指しながら勉学に励むこともできるだろうし、警察学校に進むことを諦める道だってあったはず。キミはなぜその選択をしない?」


 思い詰めたように握り拳を見つめていた動きがピタリと止まり、少年は深く俯き、搾り出すような声を発する。


「それは……違う……。強くなりたいけど、俺のはそういうんじゃない……。俺は……警察官になりたい」


 のっそりと腰を上げて少年の真向かいに回り込み、私はしゃがみ込みながら少年の顔を覗き込む。


「夢は理屈じゃない。きっとそれがキミにとって譲れないもの――信念というよりは、正義感と言ったほうが正しいかな? キミが本当に求めている“強さ”はきっと、その身で誰かを守ろうとする正義感や、苦難に立ち向かおうとする勇気なんだと思う。そして、警察官になるに相応しい素質をキミは持っている」

「正義感……」

「そんなキミにだからこそ知っておいてほしい。たった一人ヒーローが居ても、世界中の人間を救えるわけじゃない。警察はヒーローでもなければ個人でもなく、組織だ。組織である以上、人と人との信頼関係で成り立っている。もちろん、家族だってそう。血の繋がりがあろうとなかろうと、人間である以上、怒りや憎しみがあれば争いだって生まれる。でも、今キミがやっていることは信頼を得ることとは真逆のこと。自分以外の誰かに自分のことを信用させたいのなら、まずは何をするべきなのか……キミなら判るはず」

「俺が……するべきこと……」

「はい、これ。伊吹いぶきならきっと大丈夫♪ 私は応援してるよ?」


 パンフレットを差し出しながら制服女子が屈託なく微笑むと、少年は何かを飲み込むように小さく頷き返し、顔を上げ、精悍せいかんな顔を私たちに見せた。


「警察学校のこと……母さんに話してみようと思う」

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