Fake - 偽り(2)

「代わりのお茶淹れるねー♪」

「ありがとう」


 三人揃って居間へと戻ると、制服女子はご機嫌といった様子でそれぞれの湯呑みに茶を注ぎ、少年は緊張した面持ちで私に睨みを効かせ続け、私は私で湯呑みに茶が満たされるのを今か今かと待ち侘びていた。


「……で、さっきの話の続きだけど、私はキミが引き篭もっている原因を調べるようお姉さんに頼まれただけなんだ。不快な思いをさせて悪かった」

「頼まれた……?」

「家族にも口を割らないんじゃ、正攻法ではキミの口から事実を語らせることは出来ない。だから、まずはキミの本音を聞き出しやすい状況を作ろうと思って、お姉さんには設定の上では亡くなってもらうことにした」

「赤の他人になら話せることもあるだろうから、いっぺん死んで? ……なんて言われてたけど、そういう意味だったなんて思ってなくて♪ ゴメンねー?」

「まあ、私が説明しなかったのも悪い」


 椅子に腰掛けながらお茶を一口だけ啜ると、想像を超えた熱さによって一滴も飲めなかった私は、それをテーブルへと戻し、何事も無かったかのように話を続ける。


「コホン……! まあようするに、だ。本音を引き出すには、正しい判断が出来ないほど精神的に追い詰められた状況を作るのが手っ取り早い。それに当事者が居ない状況になれば、人間の本音は自然と漏れやすくなる。キミがお姉さんのことを大事に想ってることは、最初に会った時から判っていたからそれを利用させてもらった。あとはそんな嘘を信じてしまうような仕掛けも必要だろうと思ってを用意した」


 ポケットに隠し持っていたものを私がテーブルに出すと、それを一目見た少年は赤面しながらうな垂れた。

 それは一般家庭に広く普及しており、絶妙な甘さと酸味を併せ持つ、主にトマトを原料とした赤い液体状の調味料――ようするにトマトケチャップであり、家庭でお手軽に血糊として用いる事が出来るという、定番中の定番アイテムだった。


「いくらなんでも、騙すにしては度が過ぎてるだろ……」

「やりすぎだったことは素直に認めるけど、それが本当のことであると信じさせるには説得力……つまり、相応のリアリティが必要不可欠だし、現にキミは自分の想いを喋ってくれた」

「はあ……? 俺は何も言ってないし、お前なんかに俺の気持ちがわかるわけないだろ?」


 不機嫌そうながらも赤面しながら食って掛かられ、まるでツンデレのような態度をされて悪くないなと思いながら、それを鼻で笑い飛ばした。


「キミは私が家庭教師の話をしたとき、『教わることなんて何も無い』と言ったよね? 勉強がしたくないのなら、『そんなの必要ない』と答えればいいのに。だからあの時点で、キミには勉強したいという意思が存在するんじゃないかと私は思った。そして、キミを挑発してあの部屋に押し入ったことで、私の仮説は確信に変わった。あれだけの量の本があれば勉強には事欠かないし、自室でもないあの部屋にキミが居たことこそが何よりの証明」

「た……たまたま調べ物があっただけで、あの部屋に居たのは偶然だ……」

「ふ~ん。まあ、キミが心理学にご執心なことも、私はもう知ってるけど?」

「なっ……!?」


 図星を指されたことを体現するかのように、少年は自分の胸元を押さえた。


「他人の部屋にある本を床に落としたとしても、普通はなんとも思わない。たとえそれが親の本であれ、驚いたりマズいだろうと焦りはしても、すぐに怒ったりはしない。キミが私の行動に怒りを覚えたのは、あの部屋の本のことを大事に思っている現われであり、特に心理学の本には大きな反応を見せていた」


 私がそう断言すると、悔しそうな表情を浮かべながらも肯定も否定もせず、ただそっぽを向いた。


「さてお次は、勉強が大好物であるはずのキミが、なぜ学校に行こうとしないのか。キミが他者とのコミュニケーション能力に問題を抱えていることは否定できないし、学校でトラブルを抱えている線も考えられたけど、自主的に勉学に励むくらい熱意のあるキミであれば勉学で遅れを取るはずも無いし、イジメられているのなら痕跡の一つのくらいはキミの部屋にあるだろうと思ったのだけど、それらしきものは見つからなかった」

「まるで入ってきたみたいな言い方だな……って、まさかお前!? 勝手に俺の部屋に入ったのか……っ!?」

「書斎に行く前にお姉さんから教えられていた部屋に行ってはみたんだけど、残念ながらキミの姿が見えなかったから、かくれんぼでもしてるのかな~……なんて思って、悪いかな~とは思ったけど、クローゼットの中を確認したり、念のため学校鞄の中身を開けちゃったりはしたかも?」

「誰がそんなところに入るんだよ!? はるかさん……やっぱりというか、コイツ絶対に危ない! 変質者だ! とっとと追い出そう!?」

「まあまあ伊吹いぶき、お茶でも飲んで落ち着いて。変質者さんにだって人権はあるんだよ~?」

「それはそうだけど、変質者ってところを否定してもらえると助かるかなー……。まあともかく、結論として私はこう考えた」


 私は少々呆れながらも、少年のことをズビシッと指差しながら、探偵が犯人を明かすときのように顔をキメる。


「学校に行っても非効率であり、時間の無駄だから、行く必要性を感じていない……キミはそう考えたんじゃないかな?」

「ひこうりつ……? ひつようせい……?」

伊吹いぶき少年は周囲の勉強に追いついていないどころか、ずっと先のことまで自力で学んで知っている。だから、学校で学ぶようなことを教えられるくらいなら、勉強する環境が整っている場所でした方がマシ。そして、によって、キミは家で勉強することを選び、ここにいる」

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