第5話 諸手続き -2

 次の日の午後、雫が来た。

「お出かけ用のかっこ、用意してきたから」

 祐斗の衣類と前抱っこひもとパパコートだ。雫は面白がって用意したのだが、セナはあまり見た目を気にしない。だから自分でも楽しんでいる。

「すぐ用意するから待ってろ。そうだ、祐斗の支度、頼む」

 祐斗の世話をしながら雫は待った。

 寝室から出てきたセナは、黄色のタートルネックにブラウンのVネックセーター、腕には黒のロングコートを下げて出てきた。カッコいい、と雫はため息をつきそうになる。

 左耳の縁に3つくらいピアスをつけ始めたのを見て雫が驚く。

「ね! 穴、開けられるの!?」

「開けられるよ」

「ヴァンパイアって体の復元力強いんでしょ?」

「そうだよ。だから傷を負ってもすぐ治る」

「ピアスの穴は?」

「ああ、そのままにしてるんだ。人間社会に出る時はつけてる」

「カモフラージュのために意思の力で開けてるってこと?」

「そうだよ」

 雫は考え込むような顔を見せた。形のいい耳を3つのリングが縁取っている。

「どうした?」

「なら、どうしてヒロは見つかったのかなって」

「あいつ、そこまでの力が無かったんだろ。こういうのは普通のヴァンパイアには無理なんだ」

「セナは普通じゃないの?」

「多分」

「他に何が出来るの?」

「内緒」

 どうやらセナは自分の体を自力でコントロールできるらしい。


 セナの運転する車に、祐斗を抱えて雫は乗った。まだ薄い髪の毛を撫でながらお喋りを続ける。

「私ね、セナは髪染めて、カラコンつけて目の色誤魔化してるのかと思ってたんだけど」

「そんなのすぐにバレるよ」

「そうなんだ……」

「なに、怖くなった?」

 セナはくすっと笑った。

「全っ然! すっごく不思議!」

「これでもいろいろと大変なんだよ。常にその色にしてなくちゃなんねぇし。さっきお前の言ってた復元力ってヤツで戻りそうになるんだから」

「じゃ、ずっとストレス抱えてるの?」

「ストレスねぇ……」

 そんな風に分析したことが無い。聞かれて初めて考えた。

「そうなのかな。確かに日本に来て睡眠時間増えた」

「体格とかも?」

 そろそろ雫に答えるのが面倒になって来た。それに質問の内容が答えたくないものになっている。

「これ以上の質問は無し! お前さ、あんまりヴァンパイアのことに詳しくなんねぇ方がいいぞ。普通の人間はそこまで知らないんだから」

 ちょっと不貞腐れはしたが、確かにそうかもしれない。ついうっかりどこで何を喋るかも分からない。

「いざとなったら祐斗なんか放っといて逃げるからな」

 生き延びるためならそれも仕方ないだろうとは思う。

「祐斗、捨ててくの?」

「自分の命捨てるよりはマシだ。それに祐斗を逃走に巻き込みたくない。そんときはお前んとこで頼む」

「……分かった」



 役所は機能的ではあるが、冷たい雰囲気が漂っている。じろじろと見られてセナは牙を剝きそうになった。

「そう怒んないで」

「ここの連中、人を人として見てねぇだろ」

「それ、あんたが言うとすっごく可笑しい」

 ひそひそと小声で言い合う。

 まずは受付だ。

「ご用件は?」

「子どもが生まれたのでその手続きに来ました」

 雫がセナに代わって言う。

「ではこちらにご記入の上、三番窓口においでください」

「はい」

 受け取った用紙に記入するのはセナ。子どもを抱いているが、自筆でないと認められない。

「へぇ、思ったよりきれいな字」

「お前の俺の評価って低いよな」

「そりゃ! 普段のセナを見てるとね」

「どういう意味だよ」

 そのセナの手が止まった。

「これ」

「どうしたの?」

「母親んとこ、どう書けばいいか分かんねぇ……お前の名前でもいいか?」

「ばっ! バカ、なに言ってんのよ! いい? 昔付き合ったことのある女性が急に現れて子どもを置いてどこかに行っちゃった。調べたけど名前が偽名だったらしくて分からない、そう言えば?」

「うわ、お前犯罪者かよ!」

「うるさい!」

「俺、悪事に手を染めたことなんて無いんだぞ」

 そうは言っても他に手立ても無く、その通りに窓口で言った。

「そうですか。じゃ、母親の欄は空欄でいいですね?」

「はい」

「ではこれで受け付けます。お疲れさまでした」

 雫に小声で言う。

「日本の役所ってチョロいんだな」

 セナは雫に足を踏まれた。


 ちょっと買い物をして車に戻った。

「あんなんでいいのかよ。ヴァンパイア狩りには熱心だけど人間管理ってヤツは適当なんだな」

「お役所ってそういうもんなの。これでセナは戸籍上のお父さんになれたのよ。良かったわね」

「良かったって言うか……おい、これに付随するデメリットはなんだ?」

「世話をするくらいで、たいして無いんじゃないの?」

 それが大嘘であることが後々分かっていく。

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