結婚報告のために帰郷したら、なぜかVtuberになってしまった
藍条森也
……おれは、結婚したかっただけなんだ
……おれは最初からいやだったんだ。
そうさ。嫌でいやで仕方なかった。大体、いくら世話になったからって親戚夫婦に結婚報告なんて必要か?
おれは幼い頃に両親を亡くし、親戚に――
その家にはおれよりふたつ下の娘がいて、そいつがなにかと言うとおれをイジってくるのも原因のひとつだったろう。
その家にどうしてもなじめなかったおれは、高校卒業を機に都会の大学に進学。寮住まいをすることで親戚の家からはなれた。それからは一度も帰ることなく、過ごしてきた。
――二度とあの家に近づくことはない。会うこともない。
そう思っていた。それなのに――。
結婚を間近に控えたおれの彼女が言ったのだ。
「やっぱり、結婚のご挨拶には行かなきゃだめよ。とにもかくにも育ててもらったんでしょう?」
……まあ、たしかに。
折り合いは悪かったとは言え、昔のマンガにあるようなこき使われたわけではない。生活は普通にさせてくれた。大学までの学費も出してくれた。その点に関しては一応、感謝している。
親戚とは言え、他人に過ぎない身としては充分すぎるほどの厚意だったのかも知れない。おれだって突然、それまでほとんど合ったこともない親戚の子供、なんてものを養わなきゃならない、なんてことになったら歓迎することは出来ないだろう。
その気持ちはわかる。
わかるからこそ、距離をとるのがお互いのためだと思い、関わらずにきたのだが……。
なにぶん、彼女は古風な家の出で、考え方も堅苦しい。お世話になった相手への結婚挨拶も出来ないような人とは結婚できない。その一点張り。おれがなにを言おうと聞く耳をもたない。
とうとう、おれは折れた。
いくら、会いたくない相手とは言え、彼女との結婚が出来なくなるのはあまりにも惜しい。そこで、挨拶に行くことを承知した。
……まあ、惚れた弱みというやつだ。
彼女は飛びあがって喜んだ。彼女の喜ぶ姿を見るのはたしかに心地よかった。それはいいのだが――。
「……なあ。せめて、ダルダルを連れて行くのだけはやめないか?」
「なに言ってるの、絶対だめよ。ダルダルは大切な家族なんだから」
「ヘビだぞ⁉」
そう。
おれの彼女は大の爬虫類好き。とくにヘビに目がないと来ている。
おれと付き合う前からヘビをペットとして飼って――彼女曰く『ペットを飼っているのではなく、家族と同居している』とのこと――いた。
まあ、趣味は人それぞれだし、そのことに文句をつけるつもりはない。しかし――。
ヘビと言っても二、三〇センチ程度の小物なら可愛くもあるだろうが……よりによってアミメニシキヘビ!
世界最長のヘビ!
体長五メートルはあると言う大物だぞ!
そんなものをどうやって連れて行けって言うんだ⁉
おれも彼女も車の免許なんてもっていないと言うのに……。
「あら、簡単よ」
彼女は本当に簡単そうに言った。
「そのときのための新幹線じゃない」
体長五メートルのヘビを連れて新幹線に乗る?
乗れるのか?
絶対、拒否されるだろう?
おれはそう思ったのだが――。
強烈なヘビ愛に
果たしておれの思ったとおり、帰郷の旅は
なにしろ、このダルダル、図体がでかいくせに
彼女に言わせると『そこが生きたオブジェみたいでいいんじゃない。その静かさに
正直、おれにはまったくわからない趣味だ。これさえなければかわいいし、優しいし、清楚だし、家事はうまいし、よく気がつくし、本当に完全体女子なのだが……。
ともかく、おれと彼女――そして、ダルダル――は新幹線に乗って結婚挨拶に行くことと相成った。
もちろん、最初から苦難の連続。
自分では身動きひとつしようとしない体長五メートルのヘビを運ぶのがどれほど大変か!
彼女とふたり、ひいこら言いながらなんとか駅まで運んだ。その途中、通行人に驚かれるわ、通報されて警察はやってくるわ……。
なにしろ、現在ではアミメニシキヘビは
駅に着いたらついたで予想通りの
乗せることを
「イヌやネコならいいのにヘビはだめだって言うの⁉ 同じ生き物なのに差別する気⁉ 訴えるわよ!」
いまのご時世、『差別』という言葉には誰も逆らえない。まして『訴える』とまで言われては……。
結局、駅員の方が折れるしかなかった。
彼女は勝者の笑みを浮かべて新幹線の乗客となった。大事なだいじなダルダルと共に。
……それからがまた大変だった。
乗客たちは驚くわ(そりゃ、驚くわな)、子供には泣かれるわ。かと思えば逆に怪獣扱いして興奮する子供もいるし……。
極めつきは道中の事態。
同じく帰郷中だったご婦人のペットの子ネコをダルダルが呑み込んでしまったのだ!
子ネコをトイレに連れて行こうとケージから出した瞬間、子ネコはさっとご婦人の腕を抜け出し、走り出した。その
野生の本能に火が点いたのだろう。ダルダルは目にもとまらぬ素早さで身を伸ばすと子ネコを呑み込んでしまった。止める間もない早業だった。
いや、お前な……そんなに素早く動けるなら少しは自分で動け!
おれは思わずツッコんだが……もちろん、そんなことですむわけがない。
大事なペットを食われたご婦人は怒り心頭。飼い主である彼女に怒鳴り散らす。彼女も負けじと応戦する。普段はおっとりとした優しい気質で、他人と言い争ったりしない
とにかく、放ってはおけない。ここはおれがなんとかしなければ。
おれはご婦人に言った。
「大丈夫! おたくの子ネコちゃんは無事です!」
「なにが無事だって言うのよ! この怪獣に呑まれちゃったのよ⁉」
「怪獣とはなによ! ダルダルはアミメニシキヘビって言う由緒正しい生き物なのよ!」
相手のご婦人に劣らず怒り心頭の彼女をどうにかなだめて、追いやって、おれはご婦人に説明した。
「ヘビは獲物を丸呑みにします。つまり――おたくのネコちゃんはまだこのヘビのなかで生きているのです!」
アミメニシキヘビは本来、獲物に巻き付いて絞め殺し、それから丸呑みにする。しかし、ダルダルの場合、ペット用に繁殖された個体なので基本的に死体しか食べたことがない。生き物を殺す必要がなかったので、わざわざ巻き付いたりしない。そのまま丸呑みにする。
「おれがダルダルの体内に潜り込んで子ネコを助けてきます!」
そして、おれはその宣言を実行した。
ダルダルは体長五メートルのアミメニシキヘビ。その胴体は人間のおとなでも入り込める太さがある。そのなかに潜り込んで子ネコを捕まえ、合図を送って引っ張り出してもらったのだ。
ネコはダルダルの胃液でベトベトだったが、傷らしい傷はなかった。飼い主のご婦人は子ネコを抱きしめて号泣している。一方、おれの彼女は――。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 痛かったでしょう、苦しかったでしょう、本当にごめんね!」
必死に
おれではなく、ダルダルに。
おれだって子ネコに劣らずダルダルの体液でぬるぬるなのだが――。
ちっとも構ってくれなかった。
結局、おれはダルダルの体液に濡れたまま残りの旅をつづけることになった。
……うう。周囲の視線が痛い。
ぬるっとなにかがすべる感触がした。
ダルダルがおれの肩に
なぜか知らないが、ダルダルのなかに潜り込んで以来、やけにおれにくっついてくるようになった。
「なによ、なによ、そんなにくっついちゃって。いつの間にそんなに仲良くなっちゃったのよ⁉」
彼女はプリプリ怒っている。しかし、これは――。
『仲良くなった』と言っていいのか?
そして、どうにかこうにか親戚の家にたどり着いた。
新幹線をおりてこの家までたどり着くまでも苦難の連続だったのが、まあ、いままでと似たり寄ったりなのでわざわざ言う必要もないだろう。
そして、結婚挨拶もつつがなく終了した。ダルダルの存在にはさすがに驚いていたが。
『折り合いが悪い』と言うことは向こうにとってもおれのことなんて興味はないと言うこと。結婚して縁が切れるなら好都合とあっさり了承してくれた。
『さっさとあの怪獣を連れて帰って欲しい』との思いがあったのも確実だが。
ともかく、これで彼女も納得してくれたし、帰ることができる。
帰りは帰りでまたも苦難が待ち受けているのにちがいないのだが、ともかく、挨拶をすませたことで気は楽になった。ところが――。
この旅で最大の苦難はこの直後に待ち受けていた。
「キャアアアッ!」
とんでもない悲鳴が響いた。
幼い子供を連れて帰郷していたこの家の娘が叫んだのだ。半狂乱になって駆け込んできた娘の言うことには、
「うちの子があの怪獣に驚いて穴に落ちちゃったのよ!」
おれは即座にその穴に駆けつけた。
そこにはすでに何人ものおとなが集まり、なんとか助け出せないか相談していた。
おれは穴をのぞき込んだ。
かなり深い穴のようだ。子供はまずいことに奥の方にはまり込んでしまったらしい。
深く、狭く、しかも、途中で曲がっている穴。とても、人間は入り込めない。幼い子供がいるのでは重機で掘り返す、などというわけにもいかない。かと言って――。
「あんな小さな子供だ。手作業で穴を広げていたらとてももたないぞ」
もっともだ。
そんなことでは間に合うはずもない。助け出せたときにはすでに死体になっていることだろう。
「ど、どうしよう……」
彼女もさすがに青くなっている。
親戚の娘は半狂乱のまま騒ぎまくっている。
そのなかではおれはひとり、静かに覚悟を決めた。
深く、狭く、曲がりくねった穴。人間には入れない穴。しかし――。
ここにはいるのだ。
その穴のなかに入っていける存在が。
一匹だけ。
アミメニシキヘビのダルダル。
そして、子供は無事、救出された。
親戚の娘は幼い子供を抱きしめ、号泣している。
彼女もホッと胸をなで下ろしている。そして、おれはと言えば――。
またも、ダルダルの体液でぬるぬるになっていた。
子供を救出するにはこれしかなかった。
ダルダルを穴に潜り込ませる。そして――。
子供を食わせる。
前述のようにヘビは獲物を丸呑みする。そして、ヘビは本来、夜行性であり、暗闇のなかでも獲物を捕え、呑み込むことが出来る。ダルダルが子供を呑み込んだ頃合いを見計らって引っ張り出し、おれが再びダルダルのなかに潜り込んで子供を引っ張り出す。
一応はおれとダルダルのコンビプレイによって子供を助け出すことが出来たわけだ。
号泣しつづける親戚の娘を見ながらおれは言った。
「……風呂に入りたい」
ともかく、こうして結婚報告の旅は終わった。
帰りは帰りでやはり、大変だったのだが、どうにかこうにかなんとかして帰り着いた。
そして、おれは彼女と結婚した。
苦難を乗り越えての結婚だっただけに感動もひとしおだった。
おれと彼女はふたりで暮らすために大きめのアパートに移った。もちろん、ダルダルも一緒だったが。
話はこれで終わるはずだったのだ。
おれは彼女と結婚してめでたしめでたし。
それで良いではないか。
そのはずではないか。
物語はハッピーエンドで終わるべきものだろう?
ところが――。
そうはならなかった。
おれとダルダルの救出劇を動画配信したバカがいたのだ。
なんの因果かそれが大バズりしてしまった。それと知った彼女は『ダルダルが大人気!』とはしゃいでしまった。そして、おれはなぜか彼女とふたり、ダルダルの生活を配信するVtuberになってしまった。
――身動きひとつしないヘビの動画配信なんて誰も見るわけない。
おれはそう思っていたのだが――。
『まさに、生きたオブジェ!』
『静かなその姿に癒やされる!』
……彼女と同じ趣味の持ち主がこんなにいたとは。
配信はたちまち人気沸騰。会社勤めするよりよっぽと稼げるようになってしまった。それはもちろん、嬉しいのだが――。
「は~い、ダルダル。今日もご馳走よおっ」
Vtuberになって以来、妻のダルダルへの溺愛ぶり強くなる一方。それはもう、下にも置かない厚遇振り。『ダルダルのおかげで稼げているんだから』と言われればなにも言えないわけなのだが……。
では、おれは?
「あなた、ダルダルのケージ、洗っておいてね」
「あなた、ダルダルのご飯、買ってきてあげて」
「あなた、ダルダルをお医者に連れて行って」
……おれは本当に妻の夫なのか?
おれこそダルダルの世話係として飼われているだけじゃないのか?
ダルダルは以前とは比べものにならない豪華な食事をして、下にも置かない厚遇を受けて、まちがいなく幸せになった。
しかし、おれは?
どうして、こうなった?
答えないでくれ!
完
結婚報告のために帰郷したら、なぜかVtuberになってしまった 藍条森也 @1316826612
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