第3話 本の虫、出発

「さて、これからダンジョンへ向かうわけだが、道中なにが起こるかわからねぇから防護服を装備しておこう。」


持っていた大きなドーナツのような機械に手を突っ込みながら、てへぺろ君が言った。おそらく、その機械は亜空間と繋がる扉のようなもので、そこから商品を取り出しているのだろう。


「防護服…?ビ…ビキニアーマーとか言い出すんじゃないでしょうね…」

「なんじゃそりゃ。ホラこれ、さっさと着替えて来い。」




「たしかに露出はほとんどないけど…」


てへぺろ君から渡されたのは、ピッチピチのライダースーツのような服だった。これはこれで恥ずかしい…。流石にその格好のまま冒険するわけにはいかないので、その上から普通の服を着て、魔導士らしく大きなトンガリ帽子とマントを装備し、冒険の準備は完了だ。


「おまたせ〜」

「ちゃんと着てきたな?よしっ、ほんじゃ行くか!」


そう言うと、また道具を取り出すてへぺろ君。今度はレジャーシートのようなものを取り出した。非常に薄い素材だが、これも機械らしい。


「これは“マッハマット”。ここに乗って目的地を言えばあっと言う間に連れてってくれる。この星のデータはもうダウンロードできたから、どこへでも行けるぞ。」

「魔法の絨毯みたい…」

「だから魔法じゃねぇって。ほんじゃ出発!“第一スライム群生地 スラランド”へ‼︎」


私とてへぺろ君を乗せたマットは宙に浮き、3秒ほど空中で静止した後、凄いスピードで飛行した。


「このマットの周囲にはバリアが展開されていてるから、安全な空の旅を補償するぜ!」


マットの上に乗ってるだけとは思えないくらい快適な乗り心地だった。これが宇宙の技術…。

皆が箒に跨がり空を舞うなか、ひとりメキメキと掃き掃除の腕を上げていた私がずっと夢見ていた空からの景色。

私にとって雲というものは壁紙の模様でしかなかった。それがなんということであろう。今それは足元に浮かんでいる。山もそうだ。高く聳える木々などの重合体。それが緑の絨毯になっているのだ。


「綺麗…」


この瞬間だけでも、外へ出た価値があるだろう。私は初めて彼との出会いに感謝した。


「そういやお前、まだ名前聞いてなかったな」


たしかに…状況が状況なものだから、のんきに自己紹介なんてしてる暇なかった。


「あたしはリイレ。改めてよろしく。」


私が名乗った瞬間、なぜか驚いた表情を見せるてへぺろ君。


「ぷふぅーっ!くくくくっあひゃひゃひゃひゃ‼︎」

「ちょ、ちょっと!何がおかしいの⁉︎」

「ぷふっ…はぁはぁ…。いやぁ『リイレ』ってのはオレの星で、『左乳首に生えてる毛』って意味なんだよっ。あひゃひゃひゃひゃ‼︎」


前言撤回である。彼との出会いを呪った。



楽しい空の旅は本当にあっと言う間に終わり、ダンジョンの入り口へ着いた。観光雑誌に載っていたとは思えないほど寂れたところだ。山の中なのだが、木は枯れており、地面からゴツゴツとした大きな岩が所々露出している。


「な、お前の世界、全然違ぇだろ?」


私は頷いた。本に載っていた写真では、入り口までの道はもっと整備されていたのに、今は道なき道といった感じで荒れ果てており、看板すらなくなっている。この30年の間に何があったのだろうか…。


「この洞穴から入るんだな。」


ちょうど私の背丈ほどの穴を潜り、進んでいく。洞穴の中だが、光輝く鉱石がたくさんあるため、視界は良好だ。


「こっからまだ明るそうだが、いざって時には暗視スコープもあるから安心しろ。星が出ない夜だろうが丑の刻参りをバッチリ視認できるぞ。」

「どこで覚えたのその文化…」


鉱石に照らされた道を慎重に歩いていく。

しばらく進んでいると、なにか違和感がある。


「なにもなさすぎる…」


いくら下級ダンジョンといえど、もうモンスターが出現しているはずだ。しかし、10分ほど歩いてみたが1匹もエンカウントしない。とうとう開けた空間に辿り着いた。天井は私の背丈の倍以上はある。


「もうこのダンジョンは機能してないのかもな。」

「そうだね…30年経ってるし。もう引き返そうか。」


私たちが踵を返そうとしたその時、


「誰だ?」


どこからか声がする。


「ひいぃっ‼︎」


不意を突かれたものだから、情けない声を出す私。身構えるてへぺろ君。

足音が聞こえる。どんどんこちらに近づいてくる。ここではモンスターはスライムしか出現しないはず…。しかしスライムは喋れないし、足音が聞こえるのはおかしい。ということは…人間⁉︎

声の主の姿が見えた。小柄な老人といった出立ちで、腰も曲がっていて、杖を付いている。だが、一目みてわかった。彼は人間ではない。紫色の肌、真っ白い髪、赤く光る目、そしてこめかみ辺りから伸びる大きな角。魔族だ。それもかなりの上位種だろう。


「貴様ら誰だ?どうやってここに来たのだ。ここら一帯は強力な結界で覆われているはずだが…?」


結界…?それが本当なら、この辺りの地が荒れ果てていたのに説明がつく。でも私たちは普通に侵入できた。


「おそらく“マッハマット”に展開していたバリアで相殺したんだろう。」


いや上位魔族の結界を打ち消すバリアの性能に驚きだわ。そんな技術が普及しているそっちの世界が恐ろしい。


「なぁじーさん、オレたちはこのダンジョンを攻略しに来た冒険者なんだけど、こりゃあどーいうことなんだ?」


テンパって何も喋れない私とは対象的に普通に馴れ馴れしく話すてへぺろ君。


「“ダンジョン”か…そいつは20年前までの話だな。ここは私以外にモンスターはいない。今は私の隠居の場となっている。」

「20年前…これって…いや…まさか…」

「どーした?リイレ。何か思い当たることがあるのか?」

「うん… 20年前…魔物を統べる最上位魔族『魔王』と人類の希望『勇者』の一騎打ちがあったんだ。勇者は見事魔王を討ち取ることができたんだけど、相討ちという形で決着が着いた…と伝えられてるわ。あたしが生まれるちょっと前の出来事だけど、大人たちがよく話してたから知ってる。子供たちの間でも勇者は憧れの存在だった。」

「ふん…私の指示通りに伝わってくれたようだな。」


老人がニヤリと笑いながら呟く。


「指示?どういうことだ?」

「それは私の考えたシナリオだ。事実とはかけ離れたフィクションなのだよ。」

「ボケてんのか、じーさん」

「フハハハハ。嘘かどうかは貴様らが勝手に判断すれば良い。教えてやろう。本当の出来事をな。」


そう言って老人は語りだす。


「魔王は飢えていたのだ。刺激に。生の実感に。圧倒的な力がもたらしたのは“退屈”だったのだ。彼は待った。自分と対等に戦える者が現れるのを。気がつけば歳を取り、力は衰え、もう待つことも疲れてきた。そして20年前、彼の前に最後の挑戦者が現れた。」

「そいつが“勇者”か。」

「うむ。しかし、魔王の期待に応える者ではなかった。一撃だ。魔王は一撃で勇者を葬った。」

「そ…そんなわけ…」

「全盛期をとうに過ぎた老いぼれが だ!!魔王は人間に失望した‼︎この世界に失望した‼︎自分の強さを呪った‼︎魔物たちを置いて、適当なダンジョンを見つけ、周囲に結界を張り、ここで1人ただ寿命が来るのを待っている。今貴様らに伝わっている伝説は、勇者の仲間の生き残りによって伝えられた創作なのだよ。」


私は完全にパニックになっている。情報を飲み込めない。脳が理解を拒んでいる。


「魔王が生きてた…ってか今 目の前にいるってこと…⁉︎」


みるみる血の気が引いていく。震えが止まらない。そんな私をよそに、彼は動じることなく言った。


「リイレといい魔王といい、諦めるのはまだ早いぜ。」

「どういう意味だ?小僧。」

「良かったな。待ち人は今、目の前にいるってよ。」

「ちょっと、てへぺろ君…何言って…」

「最期にいいもん見せてやるよ。冥土の土産だ。オレたちが引導を渡してやる。」

「……ガキが」

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