第2話 本の虫、立志
「オレは “てへぺろ” フーリック銀河第10番惑星カオモージ星から科学兵器を売りに来た!」
ここは剣と魔法の世界…そのはずだった。
この世界で唯一“魔法が全く使えない”という業を背負わされた私は、とうとう宇宙人まで引き寄せてしまったようだ。この世界、私にどんな恨みがあるっていうの⁉︎
「いやいやお騒がせしてすまねぇな。」
そいつは軽く頭を下げる…って、ほぼ一頭身だからこの表現が適切かはわからないけど、とにかく挨拶をかわした。まさに未知との遭遇である。
「ほ、本当に宇宙人…?」
恐る恐る聞く。
「おう。フーリック銀河第10番惑星…」
「あ〜わかったわかった!…って普通に言語が通じてるけど、こんな都合の良いことってある…?」
彼は確かに見たことないビジュアルをしているが、宇宙人を名乗ってるとは思えないくらい流暢に話している。
「おっ、そこに気づくとはお目が高い!
それは我が社の製品によるものだ。」
彼は意気揚々に、持っていた大きなドーナツのような機械に手を突っ込んだ。そういえば科学兵器を売りに来たって言ってたな…
「じゃーん!これだ!」
彼が取り出したの何とも歪な形の瓶のような何かだった。中に液体が入っている。
「これは“ホニャック”というアルコール飲料だ。これを飲めばあらゆる言語に適応することができるが×#→☆♪¥€%…」
「⁉︎」
急にわけのわからない言語を話し始め困惑していると、彼は先程取り出した瓶に口をつけ、中の液体を飲みだした。
「このように10時間で効果が切れてしまうんだ。」
「へ、へ〜…まぁなんで宇宙人が言葉通じるかはわかったけど…あたし お金ないしそんな商品いらないから他あたってくれないかな」
「ほんじゃ失礼するぞ」
「⁉︎ ちょっ…ちょっとなにやってんの‼︎言葉は通じるのに話が通じないよコイツ‼︎」
いきなり私の部屋に入るてへぺろ君。本当に失礼をする奴があるかーっ!
「こりゃあすごいな…」
目の前に広がるぎっしり詰まった本棚に彼は息を飲む。
「これ全部本か…?」
「そうだよ。ここ本屋だったから。まぁ随分前から閉めてたみたいだけど。」
魔力という超自然エネルギーにあふれた社会ゆえ、それを利用した技術というのが発展している。何かの発展には何かの衰退が付きまとう。本もまた例外ではない。
「魔動端末の魔粒子書籍が普及して、紙の本がなくなっていって…多分こんなに本が保存されているのはもうここぐらいじゃないかな。」
「魔粒子…?電子書籍みてーなもんか。辺境のわりには意外と発展してるんだな…って
紙!!??」
驚いた彼は、目を丸くしながら本棚を見回す。
「これ全部紙なのか!?」
「ちょっと大きな声出さないでよ!当たり前でしょ本なんだから。」
「お前金ないつったよな!とんでもねぇ大金持ちじゃあねーか!!」
「…?」
「お前の星でも紙文化が衰退してんだよな?なら話が早え。俺の星ではここよりもっと酷い。科学の発達で紙の需要がなくなり、生産がストップ。材料もなくなり、製造法もとうの昔に忘れ去られた。今じゃ紙はお前らの星でいう金よりもずっと高価に取引きされている!
それに本となりゃ地球の文化を示す貴重な資料にもなるからとんでもない値がつくぞ‼︎」
彼は興奮しながら本棚から本を取り出し、ページをめくっていく。本当に紙が貴重なようだ。
「あたしの世界でも紙の本はなくなったけど、紙文化そのものはまだ現役…やはり技術力の差や身体的特徴の違いからか…ってちょっと!!」
「ん?どーした?」
てへぺろ君が読んでいるのはノートだった。急いでそれを取り上げる私。
「なにすんだよいきなり!他の本とカタチが違ってたから気になって…」
「それはダメ!!!もう帰って!!」
「帰れん!全ての商品を売るまで帰れないのだ。」
「だったら他あたってよ!」
「こんな大富豪めったにいねぇよ!」
「アンタのよくわかんないモノに払うお金なんてないから!!」
こんなに声を張り上げたのはいつぶりだろう。しばし静寂に包まれる。ちょっとキツく言いすぎたかな…
「そうだ!よくわからないなら教えてやるよ」
「は?」
そう言うと彼はあたりを見渡し、机の上に置いてあった一冊の本を見つけ、私に見せてきた。
『そうだ、ダンジョン行こう』
観光雑誌だ。初心者から行けるダンジョンが紹介されている。
「何枚も付箋が貼ってあるけど、全部攻略難易度高めだな〜。まずは最初らへんの所に行ってみるか。」
一番最初に載ってるダンジョンのページを開き、私に見せる。完全に初心者向けのチュートリアルステージといったところで、出現魔物はスライムのみ。最下級のモンスターだ。
「とりあえずこの下級ダンジョンをうちの商品を使って攻略してみよう!お試しだから全部タダでレンタルさせてやろう!…ってどうした?顔色が悪いぞ。」
てへぺろ君にそう言われて気づいた。震えが止まらない。外に出ることを想像して体が拒否反応を起こしている。ここに鏡がないから確認できないが、彼の言うようにきっと酷い顔をしているのだろう。
「なにかあったのか?」
彼は心配そうに私の顔を覗き込んで聞いてきた。少し震えが収まってきたので、私の身の上話をした。ここは魔力という超自然エネルギーに溢れた世界で、私はその中で唯一、魔法が使えない人間であること。魔法中心の社会から弾き出されて、ここで1人暮らしていること。魔法を使える人間や人を襲う魔物などの脅威から身を守る手段がなく、人との繋がりも娯楽すらほとんどない私にとって、この古本屋の本だけが私の世界であり全てなのだと。
「ありがとう。こんなに自分のこと話したことなかったから、ちょっと気持ちが軽くなった気がする。」
一通り話し終えた時、ふと彼の顔を見た。震えている。私に同情してくれたのだろうか。今日初めてあった違う星の人間に対して涙を流すことができるなんて…
「ぷふぅ!」
否、
彼は笑っていた。
「ぎゃははははは!!ここの本が世界?自分の全て⁉︎バッカじゃねーの!!!」
私は絶句した。
「えーっと、そりゃお前らの星でいう『井の中の蛙』って奴じゃね⁉︎ピッタリじゃねーかあひゃひゃひゃひゃ!!!!!」
悔しくて、悔しくて、涙が止まらなかった。私がどんな辛い思いをしてここに辿り着いたのか、どんな酷いことを言われ、されてきたのか、どれだけ死のうと思ってきたか、何も知らない宇宙人に私の全てを否定された。
「魔法世界の住人でないアンタにはわからないだろうけど、あの雑誌の最初のページに載ってる最下級モンスターにすらボコボコにされるんだよ⁉︎スライムたちも戸惑って二度見三度見かましてきたよ‼︎そんな あたしが外に出るなんてっ…ははっ…あはははははは」
自分で言ってて情けなくて笑えてきた。しばらく2人で笑いあっていた。
ひとしきり笑ったあと、彼は言った
「さぁいつまでも引きこもってないで家でるぞ」
「だからスライムにすら勝てない あたしなんかが…」
「お前がスライムに出会ったとき、そこに誰かいたか?」
私は首を横に振った。私がスライムに遭遇したのは10歳のころ。遠足で最下級ダンジョンに向かったときのことだったが、当然友達などおらず、足手まといの私は早々に置いていかれてしまった。10歳児程度の魔法でも簡単に倒せてしまうのがスライムというモンスターだが、私には戦うすべがないし、助けに来てくれる仲間もいない。スライムから一方的な暴力を受けた。
「だが今は違う、オレがいるからな!」
彼は得意げに言う。しかし私はここでの生活に満足しているし、危険を冒してダンジョンへ行く理由がない。それにまずこの怪しすぎる宇宙人を信用することができないのだ。
「ここ…古本屋なんだよな?」
「そうだけど?」
「随分年季も入ってるようだ。たたでさえ古い店で売ってるものも古いときたら、情報も古いに決まってる!」
彼はそう言ってさっきの観光雑誌の最後のページを見せてきた。
「発行日は?」
「30年前…」
「さっき一通り見回ったが、ここにある観光雑誌じゃあコレが最新だった。どういうことかわかるか?お前の世界とやらは30年前で止まっちまってんだよ!!」
わかっていた。わかっていたが、なるべく考えないようにしていたことを、さっき会ったばかりの宇宙人にズケズケと言われた。
「止まったままの世界にずっと閉じこもったまま死んでいくのか?自分の目で、この世界を見たくないのか?」
このまま終わるなんて、そんなのいやだ。私だって本物の世界を体験したい‼︎
「10年経ちゃあ世界は変わる、30年もなりゃ相当だ。お前の世界を更新するため、とりあえずこの本の内容を確かめに行こうぜ!!!」
彼はそう言うと私の手を引き、ドアを開けた。
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