高級そうめんを全力でプレゼンするエッセイ

あきのりんご

揖保乃糸はいいぞ。

『揖保乃糸』という高級そうめんがある。


 その存在は広く知られているが、スーパーでよく見かける商品は下から二番目の等級であることを知る人間は意外に少ないかもしれない。

 スーパーで見るのは青い柄の入った袋に「上級品」と書かれ、そうめんの束には赤い帯がかかっている。


 実はこの帯、種類・等級によって色が違う。

 厳選された小麦を使用したもの、限られた資格を持った者しか作れないものなど内容によって帯の色が変わってくるが、その中でも「特級」と書かれた黒い帯のものは、製造時期も製造者も限られているという。


 贈答品としてよく利用されるのはこの黒帯の「特級」である。


 赤い帯の「上級」は食べたことがある人も多いと思う。

 しかし黒帯はあまりいないのでは?

 何? 食べたことがある? お中元でいただいた?

 あなた、上流階級の人間だな⁉

 そんなあなたは帰った、帰った。

 これは黒帯なんて食べたことのない人に向けたエッセイだ。

 一番上の等級は「三神」だが、さすがに「三神」は製造量がかなり少ないのでここは「特級」でいく。


 まず言っておくと、赤帯の「上級」は美味しい。

 ふだんスーパーのプライベートブランドのそうめんなんかを食べていると違いがわかると思う。

 ただ、「絶対にこれでなくては」とまではいかなかった。

 少なくとも私にとっては。

 だから結局いつものプライベートブランドに戻ってしまう。

 美味しいけど高いんだもん。


 でも、「特級」は格が違う。

 薄い木箱に入っているところから既に違う。

 箱から風格が漂っている。タダモノではない。

 そして開けてみれば乾麺の状態でもわかる、麺の細さ。

 細い、圧倒的に細い。これが職人のなせる技か。


 そうめんの原材料は小麦、塩、油。

 雪花石膏アラバスターのように白く輝くそうめんは、そのどれも高品質のものが使われていると推測できる。

「特級」クラスになると、厳選された小麦を使い、限られた職人だけが厳寒期(十二月〜翌年二月)にのみ、製造できるのだ。


 私は「特級」を茹でるため、大き目の鍋に水を入れ火にかけた。

 いい具合に湯が沸いたところで、そうめんの帯を外して投入する。

 紙で出来た帯は、黒地に金色の印字がされている。

 それだけでこれはとてもいいものだと主張しているように思える。

 湯に入れられた乾麺は、ぱらぱらと解けて湯の中で舞っているようだ。

 湯がく時間はたったの二分。

 茹で足りないのもダメだが、茹ですぎてもいけない。

 時計を確認しながら、菜箸で鍋の中をかき混ぜる。


 この段階でも違いがわかる。

 安い麺はしっかりかき混ぜていても、ちょっと目を離すとすぐに麺と麺がくっついてしまう。

 それなのにこの麺は一本一本がきれいにバラバラになって湯の中で踊り続けている。


 頃合いを見計らって菜箸で麺を数本取り上げる。

 ぱくっと口に入れると、温かい麺から感じる強めの塩味。


 美味しい。しっかりとした麺の味を感じる。

 鍋を火からおろし、中身をザルに上げる。流水で洗い粗熱をとると、水と氷を入れたボウルに麺を移す。

 ボウルの中で麺を洗いながら、ここでも安物との違いを実感する。

 麺の手触りが全然違う。

 弾力があるのだ。

 安い麺は少しひっぱるとすぐにちぎれるが、これは細いのに麺の一本一本に力強さを感じる。

 見た目だって違う。ツヤツヤと輝いている。

 しっかり麺が冷めたところで、ふたたびザルに上げる。


 ところで普段は濃縮タイプのめんつゆを使っている人が多いのではないだろうか。

 我が家も冷蔵庫に常備しているのは当然、濃縮タイプである。

 二倍、三倍とあるが、こういう濃縮されたタイプは煮物などにも使いやすくて重宝する。なんたって安いし。

 私は甘みの強いめんつゆは好きではないので、かつおだしの効いた甘くないタイプを使う。


 普段の麺料理であればそれで十分なのだが、「特級」相手ではそうはいかない。

 繊細な「特級」には、濃縮タイプでは濃すぎて下品に感じてしまうのだ。麺の風格に負けるというか、麺に対して申し訳なく感じてしまう。

 なので、ここはストレートタイプのめんつゆを強く推奨する。

 その中でも、同じ揖保乃糸ブランドのめんつゆがオススメである。

 だしがよく効いていて、めんつゆだけで飲めるほど美味しい。

 本当にぐびぐびいける。(いくな)


 水を張った器に「特級」を入れる形でも十分美味しいが、できれば水切りした麺を一口分ずつきれいに皿に並べるといいだろう。

 見た目も美しく楽しめる。何より高級感がある。

 ただ、きれいに並べるのはセンスが必要なので、無理することはないと思う。

 ストレートめんつゆなので、余分な水分でめんつゆが薄まらないようにする程度のことだ。


 必要であれば薬味――ネギ、生姜、大葉、お好みで茗荷あたりだろうか――を刻んだりおろしたりして用意するといい。

 だが最初のひとくちは薬味無しで食べてほしい。

 しっかりと冷やされた麺を口に運ぶと、つまみ食いのときとまた違った食感がある。

 まず塩味を感じ、すぐに小麦の風味が口の中に広がる。

 そしてなにより、歯ごたえが素晴らしい。

 噛むごとに小気味よい弾力を感じる。

 噛むたびに、口の中で一本一本の麺を感じるのだ。


 さすが特級品。

 こんなにコシのあるそうめんはほかに食べたことがない。

 これはただのそうめんではない。

 おそうめんだ。

 おそうめんさまと言っていいだろう。

 麺が美味しいので薬味はいらないぐらいだ。

 そしてツルツルと滑るように入っていくのど越し。

 そうめんとめんつゆのマリアージュ。

 何もかもが素晴らしい。


 あっという間に食べ終わると、残されたのはきれいに麺がなくなったお皿と飲み干しためんつゆ容器、そしてほとんど減らなかった薬味。

 次からはもう薬味は必要ないな。使ってもせいぜいネギぐらいだ。


 そしてもう、後戻りができない体になっていることに気づく。

 私はもう一度この「特級」を味わうために、アマゾンでそうめんをポチるのだった。

 もちろん、めんつゆも忘れずに。

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