9本目(2)笑いの筋肉

「さて……」


「フム……」


「え、えっと……」


 先の日とは別の日、セトワラの部室に江田とエタンと倉橋の三人が集まっている。


「本日はお忙しいところ集まってもらって感謝するっす」


「問題ナイ……」


「メルシーっす、エタン」


「あ、俺も別に良いんですけど……」


「あ、あ、あ……」


「ん?」


 倉橋が首を傾げる。


「ありがとぅーっす! 倉橋くん!」


「い、いや、江田パイセン、そこは無理にチャラ男に寄せなくても良いっすから!」


「ありあーっす!」


「今度は野球部に戻ってる!」


「……ダメっすか」


「ダ、ダメっていうか……その中間は無いんですか?」


「中間っすか? それはどうしてなかなか難しいことを言うっすね……」


「そんなに難しいことですか⁉」


「ちょっと、やってみてもらって良いっすか?」


「え? ま、まあ、良いですけど……行きますよ? ありがとうございまーす!」


 倉橋が元気よく頭を下げる。


「うわあ……」


「いや、うわあ……って! なんでちょっと引いているんすか?」


「こりゃあ無理っす……」


「いやいや! 全然無理じゃないっすから!」


 お手上げ状態の江田を倉橋がなだめる。


「野球ばっかやってきた自分には……チャラ男になるなんて無理っすよ!」


「そもそもならなくて良いんですよ、別に!」


「えっ⁉」


「いや、こっちがえっ⁉だわ……どうしたんすか、江田パイセン」


「ううむ……スランプかもしれないっす」


「挨拶でスランプって、色々手遅れって感じがするっすね……」


「やはりそう思うっすか⁉」


「あ~あ~この際それは忘れましょう」


 倉橋が江田をなだめ続ける。その甲斐もあってか、江田が落ち着きを取り戻す。


「……申し訳なかったっす、大分取り乱しましたっす」


「くり返しになるが、問題ナイ」


 椅子に座って傍観していたエタンが立ち上がり、江田に答える。


「それは頼もしいっす」


「江田センパイの復活がオオキイ……倉橋がいい仕事をしてくれタ」


「って、おおいっ!」


 エタンの言葉に倉橋が反応する。エタンが首を傾げる。


「……なにカ?」


「いや、あの、俺もさ、一応先輩なわけじゃん?」


「それが何カ?」


「お、俺にもさ、敬語を使うべきじゃね?って思うわけよ」


「ハア~」


 エタンがため息交じりで俯く。倉橋が驚く。


「えっ⁉ た、ため息⁉」


「逆に問うガ……貴方は尊敬されるに値する人物なのカ?」


「うおっ⁉」


 エタンからの質問に倉橋は思わず自身の胸を抑える。


「……どうなのダ?」


「そう言われると、自信がねえ……」


「フン、問答はこれで終わりダ……」


「くっ……」


「ふふん、エタンと倉橋くんもすっかり意気投合したみたいっすね」


「どこをどう見たらそうなるんすか⁉」


「ち、違うっすか?」


 突然大声を上げた倉橋に江田は驚く。エタンが口を開く。


「江田センパイ、そろそろ本題の方ヲ……」


「あ、ああ……二人は漫才をする上で大事なことって何だと思うっすか?」


「漫才をする上で大事なこと?」


「分からないナ……」


 倉橋とエタンが揃って首を傾げる。江田が笑って上半身裸になる。


「答えは『筋肉』っす!」


「ええっ⁉」


「さあっ!」


「い、いや、さあっ!じゃないっすよ! なにをわけわからんことを……なあ、エタン?」


「ウン?」


 倉橋が視線を向けると、エタンも既に上半身裸になっていた。


「ぬ、脱いでる⁉」


「ははっ! エタン! かなりの筋肉っすね!」


「と、当然ダ……トレーニングは欠かしてないからナ……」


「それでこそセトワラの部員っすよ!」


「どれでこそっすか⁉」


 倉橋が声を上げる。江田が首を傾げる。


「う~ん?」


「な、なんすか……?」


「倉橋くん、何故脱いでいないんすか?」


「い、いやいやいや! 俺なんかが脱いでもたかが知れてますから!」


 倉橋は右手を左右に素早く振る。


「そんなことを言うもんじゃないっす! さあ!」


「いや、さあ!じゃなくて!」


「サア!」


「エ、エタンまで⁉ あ~しょうがねえ、こうなりゃヤケだ!」


 倉橋も上半身裸になる。


「ほう……」


「フム……」


「ふ、二人で舐め回すように見るのやめてくんない⁉」


 倉橋は堪らず体を手で隠す。


「……悪くはないっすが、胸板が大分薄いっすね……それでは強烈なツッコミが来た時、肋骨が折れて、心の臓を圧迫されてしまうっすよ?」


「ど、どんなツッコミの持ち主っすか、そいつは⁉」


「腹筋も物足りなイ……これでは自分が面白過ぎるボケをかました時ニ、自分で自分の腹筋を崩壊させてしまう恐れがあル……」


「ど、どんな恐れだよ! そんなボケを思い付けるもんなら思い付きたいわ!」


「正直倉橋くんはまだまだっすね」


「だから言ったじゃないっすか!」


「しかし、その果敢なチャレンジ精神……良いと思ウ、倉橋センパイ……」


「! そ、それはどうも……」


 エタンの発言に倉橋は照れくさそうに鼻の頭をこする。


「じゃあ続いて行くっすよ! 今度は下半身、お尻まわりの筋肉っす!」


「ま、まだやるんすか⁉ お尻まわりが漫才にどう影響するんすか⁉」


「オーディエンスの爆笑を受け止め切れズ、尻モチをついてしまうことがあるからナ……」


「だからどんな状況だよ⁉ そんな爆笑取れるもんなら取ってみてえわ!」


 意外にも倉橋のツッコミが冴えわたる。それはそれとして、筋肉品評会は続く。

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