2本目(1)プロ意識

                  2


「な~んて、この間は偉そうなこと言うたんやけれども……ゴホッ」


 部室でマスクを付けた笑美が申し訳なさそうにする。司が苦笑しながら尋ねる。


「大丈夫……ではないですよね?」


「ちょっとまだ熱っぽいかな……ピークは過ぎたから」


「無理に顔を出さなくても……」


「いや、ネタライブはもう週末やろ?」


「ええ、それで告知はしています」


 司は端末を操作しながら頷く。


「それなら一日も休んでられん……ゴホッゴホッ……」


 笑美が咳き込む。司が心配そうに声をかける。


「ああ、無理しないで下さい」


「こ、これくらいなんでもあらへん……」


「いや、見るからに辛そうですよ」


 何故か虚勢を張る笑美に司は困惑する。


「平気やって……」


「喋るのも辛そうじゃないですか。今日はもうお帰りになった方が……」


「ネタだけでも確認するわ」


「え?」


「どのネタで行くねん?」


 笑美が部室の脇に積み重なったネタ帳の山に目をやる。


「いや……」


「まだ決まってないんか? ネタ選びも大事やで、早う決めんと……」


「そうではなくて……」


 司が首を左右に振る。


「ん?」


 笑美が首を傾げる。


「今回も新ネタで行きます」


「えっ⁉ もう出来たん、新しいの……」


「はい」


「凄いスピードやな……」


「笑美さんをイメージすると、どんどん新ネタが浮かんでくるんです」


「ウチをイメージすると……」


「ええ、良い刺激を受けるんです」


「ええ刺激……」


 赤くなった顔で言葉を反芻する笑美を見て、司がハッとなって慌てる。


「あっ! へ、変な意味じゃないですよ⁉」


「! わ、分かっとるわ、そんなこと!」


「だって顔赤いし……」


「これは熱っぽいからや!」


「ああ、なんだ、熱か……」


「そうや、熱や……」


 ひと呼吸おいてから司が口を開く。


「って、また熱っぽくなってきたんですか?」


「ちょっとぼうっとしてきたかも……」


「もう今日は帰った方が良いですよ」


「だから、ネタだけ確認するって言うたやん」


「はあ……」


「どれや? 新ネタ?」


「この中から考えていまして……」


 司がまだ新しいノートを差し出す。笑美が受け取る。


「拝見します……」


「汚い字ですから、清書したやつを今晩にでもRANEで送りますよ」


「後で送って欲しいのはそうやけど……ウチ、こういうの見るの好きやねん」


「え?」


「作家さんの気持ちや魂がこもってるような気がしてな……」


「そんな……大げさですよ」


 司が照れくさそうにする。


「……この40ページまでのネタ……」


「も、もうそこまで読まれたんですか⁉」


「ああ」


「は、早い……もう半分……」


 感嘆とする司に対し、笑美がボソッと呟く。


「ボツな」


「え?」


 司が首を傾げる。


「せやからボツや、ボツ」


「ええっ、20個の新ネタ、ボツですか⁉」


「うん」


「な、何故?」


「おもろないもん」


「お、おもろない……」


 笑美のシンプルなダメ出しを受けて、司は肩を落とす。


「いちいち落ち込んでいる暇はないで~」


 笑美が笑う。


「え?」


「なんでアカンかというと……」


 笑美はノートを広げ、ボツネタの問題点を次々指摘していく。司がメモを取りながら頷く。


「な、なるほど……」


「分かった?」


「ええ、大変分かりやすい指摘です。そうか……演者側の視点が不足していたのか……」


「まあ、そうやね、独りよがりって感じが目立つっちゅうか……」


「一目見ただけで、こんなに問題点を見つけ出してしまうなんて……さすがプロです!」


「いやいや、プロ志望だっただけやから……」


「いや、プロ顔負けのプロ意識の高さですよ!」


「そ、そうかな~?」


 笑美が照れくさそうに後頭部を抑える。


「そうですよ!」


「ま、まあ、その辺はプロにも負けへんつもりだったからな……ゴホッゴホッゴホッ!」


 笑美が咳き込む。


「プロ意識が聞いて呆れるな……」


「ん?」


 部室のドアが開き、七三分けで眼鏡をかけた、見るからに真面目そうな風貌の男子生徒が入ってきた。司が挨拶をする。


「あ、おはようございます……」


「おはよう」


 男子生徒が司に挨拶を返す。


「えっと、今日は……」


「分かっている。窓際の席を借りるぞ」


「ええ、どうぞ」


 男子生徒が笑美の方を向く。


「……君、他の生徒に風邪を移したらどうするつもりだ? プロ云々は口だけか?」


 そう言って、男子生徒は席につく。笑美がムッとする。


「な、なんなん、あの人!」


屋代智やしろさとしさん、3年生……『セトワラ』の会員です……」


「ええっ⁉」


 司の言葉に笑美は驚く。

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